中国経済の現状と日中経済の行方

2016年9月26日

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出演者:
河合正弘(東京大学公共政策大学院特任教授、元アジア開発銀行研究所所長)
駒形哲哉(慶應義塾大学経済学部教授)
三尾幸吉郎(ニッセイ基礎研究所上席研究員)
司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)

 「第12回東京―北京フォーラム」の開幕を間近に控えた9月16日、東京大学公共政策大学院特任教授で、元アジア開発銀行研究所所長の河合正弘氏、慶應義塾大学経済学部教授の駒形哲哉氏、ニッセイ基礎研究所上席研究員の三尾幸吉郎氏をゲストにお迎えして、「中国経済の現状と日中経済の行方」と題して言論スタジオが行われました。

構造調整の現状

2016-09-22-(5).jpg まず冒頭で、司会を務めた言論NPO代表の工藤泰志が、現在中国政府が取り組んでいる構造調整の現状について尋ねました。

2016-09-17-(15).jpg これに対し河合氏は、「投資主導型から消費主導型へ」の転換が緩やかなかたちで起きているという点では一定の評価をしたものの、過剰生産能力の問題については「あまり進んでいないのではないか」と懐疑的な見方を示しました。


2016-09-17-(2).jpg 駒形氏も同様の見方を示しつつ、現在の中国経済を考える上での「4つの視点」として、「経済の循環、中長期的な成長モデルの転換、リーマンショックの後始末の問題、制度改革」を挙げました。駒形氏は成長モデルの転換は可能としつつも、過剰生産を生み出したリーマンショックの後始末と、過剰の大きな部分を抱えた国有企業の制度改革については、これをどうクリアしていくのかは今後の大きな課題であると語りました。

2016-09-17-(10).jpg 三尾氏も両氏も見方に同意しつつ、需要面の「投資から消費への移行」と、供給面で起きている工業を中心とした発展モデルからサービス産業への移行という2つの動きが「うまく順回転を続けられるかが、今後の注目ポイントだ」と解説しました。


課題が山積みの国有企業改革

 次に、駒形氏が指摘した国有企業改革の現状について議論が移ると、河合氏は「なかなかスピード感を持って進めることができていない」と述べ、さらに「中国も本当は、国有企業ではなく民間部門をもっと促進したいと考えているが、民間部門が弱いので結局、国有部門を使って最低限6.5%の成長を維持しようとし、そこでかなり無理なことをやらなければいけないという問題がある」と出口戦略の難しさを指摘しました。

 駒形氏は「中国政府も国有企業改革に力は入れている」としつつ、その一方で「国有企業は共産党一党独裁政権の経済的な基盤なので、根本的な部分でどこまで改革できるか。現状では生産性の低い国有企業に集中的に資金が回るなど『ゾンビ企業』の生存のために無駄な資金が投じられている。これは成長率の観点からも大きな問題だ」と述べました。さらに、民間企業については、「民間企業の振興は当然必要だが、民間企業を発展させていくと、結局、国有企業を中心とする国体とぶつかってしまう。民間企業ももちろん発展させたいが、それよりも国有企業に資本を集中させてグローバルに競争力のある企業を持ちたいという方向にかなり気が回っているのではないか」と改革の行方に対して慎重な見方を示しました。

 三尾氏は、中国も今後は民間企業の発展が経済の中核になっていかなければならないものの、「2013年の三中全会を見てもまだまだ国有企業が中心の経済なのが現状だ」と指摘しました。また、「世界に打って出るという意味では、有力な国有企業を合併させることによって体力を増強することは、国内企業同士が海外で競合してしまうのを避けるという点で良い。一方、国内での競争がなくなってしまい、民間企業がニッチな市場でも良いから獲得しようと思っても、なかなかその余地がなくなってしまうというデメリットもある」とジレンマを指摘しました。

金融安定のためにも経済成長が必要

 続いて、工藤が金融面での安定性について尋ねると、河合氏は、中国当局が資本流出規制を課していることも奏功して、資本流出は比較的落ち着いてきたと評価する一方で、「10月1日から人民元がSDR(IMFの特別引出権)の構成通貨に入るので、あまり露骨な資本流出規制を長い間続けていくことは難しくなってくる」と指摘。その中で、国内の金融安定を進めていくためには、ある程度の成長も必要になってくると語りました。

「ハードランディング」はないが、不安定要因はある

 最後のセッションではまず、工藤が中国経済のハードランディングがあるのか尋ねると、河合氏は、構造改革自体は難航するものの、「6.5%以上という成長率目標が2020年までは設定されていますので、中国当局はそれを何としても死守すると思う」と、述べ、ハードランディングはないとの見方を示しました。

 駒形氏もハードランディングはないとしつつ、不安定要因として、政治体制の問題とともに、「中国の経済政策のスキルが必ずしも高くない」ことを挙げ、「民間企業の成長を促進する根本的な策をとらなければ、持続的な成長はない」と改めて民間企業対策の問題を指摘しました。一方、駒形氏は、中国モデルの「国家資本主義」と、集中的な意思決定が可能な企業が競争力を持って「世界市場でシェアを伸ばしていく可能性は十分にある」とも語りました。

 三尾氏も、ハードランディングはないし、成長率6.5%目標もできるとしましたが、そのためには「中国のライバルである他の新興国が、中国にある工場を奪っていかないことが前提だ。もし奪っていってしまうと、中国国内で思ったよりも早く失業者が増えてしまうことになって、本来であればサービス産業などの新しい産業で雇用を吸収しようと思っていたのが、なかなかできなくなるなど、リスクがある」と語りました。

「日本の強み」を意識しながら、日中経済協力を深化させるべき

 続いて、議論は日中経済関係に移りました。工藤が日中協力の可能性について問うと、河合氏は「ポテンシャルは非常に大きい」とした上で、そのためには自由貿易協定がポイントとなるため、「中国はRCEPをしっかり進めていくことに強い関心を持っていると思うので、FTAの本格的な議論を進めていくことが非常に重要ではないか」と語りました。

 駒形氏は、「以前であれば、ほとんどすべての領域において日本が優位に立つ、また日本が資金や技術を提供する側に立っていたが、現在は経済協力あるいは経済活動の場が中国にあり、日本企業も中国でチャンスを得るという状況なので以前に比べればオプションが少なくなっている」と一定の難しさがあると指摘。その上で、日本としてはいつまでも昔の状況ではないことを理解し、「日本の強み」を意識しながら日中経済を維持・発展させていく必要があると語りました。そしてその「強み」としては、環境技術やそれに関連したサービスや金融を挙げました。

 三尾氏も駒形氏と同様の見方を示し、これから「世界の工場」を卒業し、「世界の消費地」になろうとしている中国では、環境技術だけでなくファッション産業や高齢化対策など多様なニーズがあると指摘。貿易量自体が増えなくても、「中国に貢献できるもの、あるいは中国で日本企業が儲けられそうなものは、過去とは違うかたちで増えてくるのではないか」と期待を寄せました。一方で課題としては、「知的財産権の管理がしっかりなされないと日本企業も安心して技術提供ができない」と指摘しました。

「第12回東京―北京フォーラム」で何を議論すべきか

 最後に、工藤は9月27日、28日に迫った「第12回東京―北京フォーラム」の経済分科会で何を議論すべきか尋ねました。

 これに対し三尾氏は、中国が構造調整を進めていく上で、製造業のリストラが不可避だとした上で、その受け皿となる新たな雇用をどう創出するのかなど、「そのあたりのアイデアの出し合いの中で、日本にとっても中国にとってもプラスになるWin-Winの関係を模索していくような議論をしてほしい」と期待を寄せました。

 駒形氏はまず、協力には信頼関係が不可欠の前提となるが、日中間は歴史や領土をめぐる対立によって政治レベルではその信頼関係が低くなっていると指摘。一方で、政府レベルの関係が悪くても、「民間レベルではきちんと互いに協力していくというマインドがあるということを確認してほしい」と語りました。

 フォーラムの日本側実行委員でもあり、経済分科会にパネリストとして参加する河合氏は、「ADBとAIIBのように日中間には考え方の違いもあるが、AIIBのプロジェクトをADBあるいは世銀と一緒にやっていくようなことも始まっているので、そういうことをもっと促進することが、長い目で見れば考え方の収斂の方向に向かっていく。もちろん、完全に収斂するというのは、政治体制の違いもありますから難しいが、基本的な考え方はそれほど違わないという方向に向かっていくことが決定的に重要だ」と語り、フォーラムへの意欲を見せました。

 議論を受けて工藤は、「フォーラムには、中国の国有企業やアリババのような民間企業のトップが参加するので、今日の議論のような話をズバリと聞いてみたい。それから、政府間のいろいろな対立はあるが、実態的には日中間はかなりつながっているので、実際に進んでいる人の往来、交流や、ビジネスの様々な展開を加速させて、それが日中間の雰囲気を大きく変えていくというかたちに持っていきたい。そして、新しい協力のあり方について議論したい」とフォーラムに向けた意気込みを語り、白熱した議論を締めくくりました。

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