第13回目の日中共同世論調査の結果をどう読むか

2017年12月14日

⇒「第13回日中共同世論調査」結果
⇒「第13回日中共同世論調査」結果発表記者会見報告

言論NPO代表 工藤泰志


 言論NPOは12月14日、2005年から毎年実施している「日中共同世論調査」の13回目の結果を北京で公表した。中国で継続して実施されている世論調査は世界でも他に存在しておらず、世界のシンクタンクやメディアがこの調査結果を参考にしている。

 ここでは、13回目の世論調査結果をどのように読み解けばいいのか、私の見解を述べたいと思う。

 今回調査の最も大きな特徴は、日本と中国の国民間に、現状の日中関係に対する意識で改善傾向がより鮮明になってきたということである。


鮮明になってきた現状の日中関係に対する意識の改善

 現状の「日中関係」を「悪い」とみる日本人は44.9%と7年ぶりに50%の水準を切っており、昨年の71.9%から、30ポイント近くも改善している。

 この日本人の改善傾向は、過去13年間の経年変化でみるとより鮮明である。両国民の現状の日中関係への意識は、日本政府が尖閣諸島を国有化した2012年以後一段と悪化したが、日本国民の意識は数値上、この尖閣以前に戻った形であり、また過去13回の調査では3番目に低い数字である。

 中国人も日本との関係を「悪い」とする見方は64.2%とまだ6割を超えているものの、昨年の78.2%から14ポイントも減少している。 

 ただ両国民は、現状の日中関係を「良い」と判断したわけではない。両国民共にこの「良い」という判断は昨年よりは好転しているが、それでも日本では6.7%(昨年1.9%)と1割にも達せず、中国人は22.8%(同14%)と日本人よりは多いが、2割程度にすぎない。
つまり、悲観的な見方が大きく減少したことが、現在の日中関係に対する意識の大きな改善要因なのである。

 ではなぜ、悲観的な見方が、特に日本で大きく減少したのか。まず言えることは、両国の政府間でこの一年、対立的な問題が表面化しなかっただけではなく、日中両国政府首脳間の交流などに進展があったことである。
昨年の調査から現在までに日中間に大きな問題は浮上しなかった一方、首脳会談は4回、外相会談は7回開催されている(計11回)。前回調査期間(計6回)を大きく上回る形で政府が両国関係の改善に動き始めており、メディア報道を通じて政府の関係改善の動きを、多くの人が知る機会が増加している。

 さらに、日本では北朝鮮の核開発に伴う、軍事的な脅威感が高まっており、またそうした報道が多く、それが、相対的に日中関係の安定性を際立たせたということも言える。
中国国民もこうした状況は共有しているが、中国の国民は日本ほどに北朝鮮に脅威感を抱いておらず、日本自体に歴史認識や軍事的な脅威感を持っていることが、この差につながっている。


中国国民に対日印象の改善が急速に進んでいるのはなぜか

 今回の調査のもう一つの大きな特徴は、中国人の日本に対する印象の改善が際立っており、改善が遅れる日本人との間で異なる傾向を示しているということである。

 両国民の相手国への印象は、尖閣諸島の日本の国有化後の調査となった2013年に一段と悪化している。その後、中国国民の日本に対する印象は改善に向かうが、日本国民の中国に対する印象はなかなか改善しないという対照的な傾向が続いている。

 今回の調査でもその傾向は続いているが、中国人の日本に対する印象は今年もさらに大きく改善し、日本に対して「良くない」という印象を持っている人は今回66.8%(昨年76.7%)と、昨年から10ポイントも改善し、これもまた5年前の尖閣諸島の対立前の水準まで戻っている。
また、日本に対して「良い」印象を持っている中国人も31.5%(昨年21.7%)と3割を超え、これもまた2012年の調査時点の水準に回復している。

 これに対して、日本人の中国に対する印象は依然悪いままで、今年は昨年よりはわずかに改善したものの、88.3%(昨年91.6%)と依然6割近い人が中国にマイナスの印象を持っている。


 では、なぜ、中国の国民の日本に対する印象が、大きく改善しているのか。私たちがこれまで行ってきた世論調査では、相手国に対する印象に最も影響を与えるのは、自国のニュースメディアの報道、特にテレビだということが明らかになっている。相手国に対する直接の交流チャネルは両国間に乏しく、相手国への認識は自国のメディア報道などの間接情報に依存しているという構造である。

 ところが、中国ではこうした認識構造に大きな変化が始まっている。中国人の日本への訪問客は、2013年の131万人から毎年増え続け、2016年には637万人にまで5倍近く増加している。そして、その影響が世論調査にも反映され始めた。この13年間の調査で、中国人で日本に渡航経験がある人は2013年から急カーブで上昇を続け、今年の調査では15.7%(昨年は13.5%)になっている。

 この日本に渡航経験がある層だけに絞って分析すると、日本に「良い」印象を持つ人は59.8%と6割近くになっており、渡航経験のない人の26.2%を大きく上回っている。
また、渡航経験がある中国人は、そうでない人よりも日本人を「礼儀があり、マナーを重んじ、民度が高い」あるいは「日本人は真面目で勤勉で努力家」と思う人が多い。これが、中国の国民意識の改善に大きく寄与している。

 もう一つ、注目しているのは、相手国に対する印象を年代別でみると、中国人と日本人では異なる傾向をみせているということである。

 例えば中国の20歳代未満で日本に対して「良い」印象を持つ人は61.9%と半数を超え、20代でも40.6%と高く、60歳以上の16.2%などと比べても突出している。

 一方、日本人では、中国に対する印象に関する世代別の違いは、そう顕著ではない。 


 中国の若い層がなぜ、日本に対して好印象を持つのか。今回の世論調査をいくつかのクロス調査で分析してみると手がかりはある。例えば中国では、若い年代ほど携帯機器(携帯電話、スマートフォン等)を通じたニュースアプリと情報サイトから、日本や日中関係の情報を得る人が増えており、20代未満では57.9%と6割に近づき、20代でも43.8%と4割以上になる。これは年代に関わらずテレビを主要な情報源とする日本人とは大きく異なる傾向である。

 しかも、この携帯機器によるニュースを情報源とする人だけに限ってその意識をのぞいてみると42.2%と4割を超える中国人が、日本に「良い」印象を持っているのである(テレビは25.4%、新聞は20%)。

 これに対して、日本人では携帯機器によるニュースを情報源とする人で中国に「良い」印象を持つ人は14%しかなく、テレビを情報源とする人の10.9%とそう大きな違いはない。

 これは渡航経験という人と人との直接交流と、自国ニュースの情報源の多様化が、相手国への印象を好転させる方向に寄与していることを意味している。残念ながら、日本ではそうした変化が十分に始まっているわけではない。


改善は今後も進むのか

 次に、こうした日中関係や相手国に対する意識の改善は今後も進むのかを、今回の調査結果から少し概観してみる。

 まず、何が、「日中関係の発展を妨げているか」を両国民に尋ねると、相変わらず、「領土問題をめぐる対立」を選ぶ人が両国で多く、それぞれ6割と最も多くなっている。

 しかし、「両国民間」や「政府間」に信頼関係ができていないということを選ぶ人も、その二つを合わせると日本人では6割(66.9%)を超えており、中国でも半数近く(47.4%)になる。

 さらに、「日中関係の向上のために何が有効か」という設問では、中国側には、「尖閣諸島に関する領土問題」や「歴史認識問題」の解決を求める声は4割程度存在するものの、「両国政府間の信頼向上」への取り組みが有効と考える日本人は40.7%、中国人で30.2%も存在し、「首脳間交流をより活発にする」ことも、日本で20.1%、中国で27%となっており、それぞれ日本と中国の国民の6割程度が政府間の信頼向上に向けた取り組みを有効だと考えている。

 このことは、政府間で始まっている関係改善の動きが今後も続けば、両国関係への国民の意識をさらに好転させる可能性が高いことも示唆している。国民間の相手国に対する印象改善も、こうした政府間の取り組みを反映したメディア報道によってある程度は進むと考えられる。


 また、中国国民は、日本に「行きたい」という人が、今回の調査でも44.2%と昨年の40.9%を上回っている。中国人の日本への観光客の増加が今後も続くとなると、中国国民の中にみられる日本への印象の改善は、今後ともさらに進むだろう。

 ただし、日本では、「中国に行きたくない」という人が逆に7割を超えており、日本人の改善はそう簡単なものとは思われない。


基本的理解にはまだ多くの課題が残されている

 今回の調査結果は、お互いのマイナス意識の改善が今後進んでも、本当の意味でプラスの意識に変わるためには、まだまだ多くの課題があることを示している。

 まず、お互いの国に対する基本的な理解の問題である。日本人は、半数が中国を「社会主義・共産主義」の国とみており、3割以上は、中国を「全体主義」で「一党独裁」の国とみている。

 中国人は、日本のことを「資本主義」の国だが、「軍国主義」で「覇権主義」の国だとそれぞれ4割近くがみている。日本を「民主主義」の国だとみている中国人は、9.7%と1割にも満たず、しかも昨年の18.2%からこの一年間で半減している。


 もし、自国がそうみられていることに違和感を覚えるのであれば、それが違うということをお互いに説明していくしかない。また、そうした理解を国民の中につくり出していることを両国のメディア関係者はより真剣に考えることが必要だと思う。こうした相手国に対する理解が、相手国のマイナスの印象をつくり出しているからだ。


中国人の中でさらに大きくなった歴史問題の存在

 歴史認識の問題も依然、両国間の大きな障害だというということを今回の調査は教えている。「歴史認識が日中関係の障害か」という今回の設問において、日本人の意識には昨年から大きな変化はみられない。しかし、中国人では「歴史問題はほとんど解決しておらず、日中関係には決定的に大きな問題」だと考える人は56.3%と半数を超えており、しかも昨年の47.8%を大きく上回っている。これに「ある程度解決したが、依然大きな問題」だと考える人(30.9%)を加えると8割以上もの中国人は、今も歴史問題が日中関係の障害だと考えていることになる。

 また、両国政府が、関係改善に動き始めている中で、中国人では、歴史問題が解決しなければ、両国関係は発展しないと考える人は51%と半数を超え、昨年の45.9%より増えている。

 この一年、歴史問題で政府間の大きな対立があったわけではない。にもかかわらず、歴史問題に対する意識が高まった理由は別のところにあるのかもしれないが、中国の国民の意識の中で歴史問題が大きな比重を占めている構造にあることは留意が必要である。


安全保障面では認識のズレがみられるものの、領土問題では明るい材料も

 軍事的な脅威に関する国民の見方も、この北東アジアの将来のために考えるべき課題である。日本人で、この一年で北朝鮮に脅威感を持つ人が、89.2%と9割近くにまで増加したのは、北朝鮮の核開発や、日本周辺に向けたミサイル発射を強く意識したからである。それに伴うメディア報道が、日本では連日行われており、その結果、中国に軍事的脅威を感じる日本人は、この一年で20%も減少している。これは、中国の軍事的な脅威よりも、北朝鮮の脅威に日本の国民の関心が高まっているからである。

 私たちが理解しがたいのは、軍事紛争の危険が相対的に高い北朝鮮に対して、軍事的な脅威を感じる中国人はわずか13.1%しかなく、韓国へ脅威を感じる人の方が25.6%と倍近くも存在していることである。

 中国人の、安全保障に対する意識は、米国と日本が連携して中国を包囲するという構造をもとにつくられている。そのため、多国間の協力が問われているときに、中国では依然、二国間としての意識構造が表面化する。

 北朝鮮の核開発問題を含めた北東アジアの平和という課題に、日中両国がどのように協力していくのか、それがみえないことが、日本と中国の国民の意識のズレを拡大させている。それこそ、今、両国に問われている課題でもある。

 ただ、明るい材料がないわけではない。今回の調査では、日中間の領土問題に関しては日本人だけではなく、中国人にもやや落ち着いた傾向がみられ、中国人の中でも領土問題は、両国間で速やかに交渉し、平和的解決を目指すべきという意識が55.3%と初めて半数を超えている。


経済関係で消極的な意識が強い日本人

 日中の経済関係については、逆に日本人側に消極的な意識が強い。両国がウインウインの関係を築くことは難しいという見方は41%で最も多く、昨年の37.5%よりも増加している。しかも、日中間の経済や貿易が今後は増加するとみている日本人は10.7%(昨年8.2%)にすぎない。


重要な関係であるが、なぜ重要なのか、どういう関係を目指すべきか、みえていない

 今回の共同の調査結果は、両国政府間の関係改善の動きは始まったが、国民間の意識にはまだまだ過去と未来に向けた解決すべき課題が共存していることを示している。では、日中の二国間関係は、今後も重要なのか、なぜ重要なのか。それが最後の説明となる。

 日中関係を「重要」だと考える両国民は、日本が71.8%(昨年70.4%)、中国で68.7%(昨年70.8%)とそれぞれ7割もいる。この水準は、調査を始めた2005年と比べてもそう大きな変化はない。

 しかし、日中両国民の相手国が重要であるという意識は、米国と韓国を加えた三国関係の中でも、また世界の中でもわずかだが高まっている。

 例えば、世界の中で、自国の将来を考える上で最も重要な国はどこかという設問では、日本人は今回も米国が64.5%と圧倒的に多いが、中国もかなり離されているものの、7.3%となり、昨年の3位から2位に上昇している。中国人は最も重要な国としてロシアが32.6%で昨年同様最も多く、米国が28.4%で続いている。そして、日本が12%(昨年7.8%)と昨年の5位から上昇し、3位につけている。


 相手国の重要性がわずかではあるが、上昇しているのはお互いの国民感情の改善も反映している。しかし、では、なぜ日中関係は重要なのか。まだ両国民はその答えを見つけ出しているわけではない。

 日本人では、「アジアの平和と発展には日中両国の共同の協力が必要だから」が57%で最も多いが、中国人は「重要な隣国だから」が75.4%で圧倒的である。互いの回答がまだ一般的な認識にとどまっているのは、互いの重要性を具体的にイメージできていないからでもある。

 日中両国の将来に対しては、両国民の半数が、日中関係が将来、平和的な共存・共栄関係となることを期待しているが、実現するかわからないと答えている。重要な関係であるが、なぜ重要なのか、どういう関係を目指すべきか、まだお互いにみえない状態にある。それが現在の日中関係である。


新たな日中関係の展開に対する強い期待もみられる

 だが、今回の調査では、一歩踏み出そうという意識も見え隠れしている。背景には日中両国政府の間で始まっている関係改善の模索がある。世界の秩序が不安定化し、北東アジアでも平和に関する不安が高まる中で、日中はより強力な協力関係を構築すべきか、という今回初めて入れた設問では、日本人の59.2%、中国人の73.5%が「そう思う」と回答している。

 今回の調査は、両国の国民の意識に改善傾向がみられたが、互いの体制や考え方の違いや、歴史認識や平和の問題など乗り越えるべき課題も浮き彫りになっている。しかし、いくつかの設問で示されたのは、日中協力に対する国民間の強い期待である。また、政府間だけではなく、民間の交流に対しても両国民に強い期待があることも明らかになった。そうした民意をどう吸い上げて、協力を構想できるかが、今後の国民間の意識の方向を決めることになるだろう。