【論文】マーケットはなぜ小泉政権の改革を疑問視するのか

2001年8月04日

sheard_p020710.jpgポール・シェアード
Sheard, Pau

1954年生まれ。オーストラリア国立大学にて博士号取得。スタンフォード大、日銀金研、阪大等在籍、経済審議会部会委員を歴任。著書に『メインバンク資本主義の危機』(サントリー学芸賞受賞)、『企業メガ再編』。

要約

マーケットは、小泉政権の構造改革に対して不安を抱いている。

■マーケットが小泉内閣に対して抱く3つの不安

その理由は、第1に、今回の「基本方針」が過去の金融システム関連政策が犯した過ちに陥りかねないということだ。2001年4月6日に緊急経済対策が決定された時点では、不良債権処理を最重要課題として掲げ、「措置を講ずる」、すなわち問題解決に向けて政府が強く関与していくことを示していた。ところが、今回の小泉政権の基本方針では、こうした不良債権処理が「金融機関の自主的な判断で進められる」となっている。しかし、金融監督庁、あるいは旧大蔵省の行政下で行ってきた自主的な処理では進まない、というのがこの10年の教訓ではなかったか。

第2に、不良債権処理の枠組みが不在だということだ。金融再生委員会をこの1月に廃止し、3月には資本増強の枠組みが期限切れとなってしまった。一方でその6日後には、不良債権こそ日本経済の最大の問題であり、この問題に集中的に取り組むことを表明している。4月1日からは、金融危機対応枠組みが使えるようになっているので、仕組みが全くないというわけではないが、この枠組みは危機が起きないと使えない。その意味で、問題の重大さに対する認識と、制度的枠組みの間に大きな空白ができているといえる。

第3に、政策の優先順位がおかしくなる可能性がある。所信表明演説で、小泉総理は、1は不良債権問題の解決、2は規制緩和、3は財政再建というポリシーミックスを打ち出している。これはおおむね正しいと思う。しかし実際の動きを見ると、不良債権処理が後退して、財政再建が優先順位の上にこようとしている。このポリシーミックスが危険だということは、橋本政権の失敗が証明しているとおりだ。こうして、今は"不思議の国のアリス"のような経済政策になっている。

■構造改革の2つのやり方

問題なのは、基本方針がこれらの問題点を抱えているために、政策の大きな方向性が見えにくくなっていることだ。構造改革には、大きく分けて2つのやり方がある。ひとつは政府が主導権を握り、期間を区切って進めるというもの。もうひとつは、マーケットに任せるという、ハード・ランディング型のものだ。

筆者は、これほど金融問題で公的関与が強まっているからには、前者のアプローチを採用すべきだと思っているが、現実は、この2つの選択肢の中間を進もうとしているように見える。つまり危機が起きれば、マーケットの動きを封じ込めるような形で対応するという、従来型のやり方を繰り返す方向に動いているのではないか、という気がしている。しかし、それでは問題は解決しない。

一時的に政府が強力に関与し処理を進める、というやり方をとった場合には、公的資金の再注入も避けられないかもしれない。ところが、小泉政権は財政再建を重視しているために、そうした流れをつくりだすことができないでいる。むしろ、財政再建を強調していることによって、本気で不良債権処理に踏み込む覚悟が固まっていないのではないか、とも見えてしまう。

■管理型経済からの脱却を

小泉総理が掲げている、「構造改革なくして経済再生なし」というスローガンは、まさにかつて筆者が拙著のなかで主張したものだ。問題は、その内容と政策の順序づけである。不良債権処理を断固として進め、早く現在のような管理型の経済から脱却すべきである。


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