「抗空気罪」への宣戦布告 /安嶋 明(日本みらいキャピタル株式会社代表取締役社長、事業再生実務家協会 常務理事)

2010年3月11日

安嶋 明(日本みらいキャピタル株式会社代表取締役社長、事業再生実務家協会 常務理事)

1955年生まれ。79年東京大学経済学部卒業。同年日本興業銀行入行。国内外で主に投資金融業務を担当。プライベート・エクイティ部長を経て、01年12月同行退職。02年2月、日本みらいキャピタル株式会社を設立。事業再生実務家協会常務理事。経済産業省早期事業再生研究会委員他を歴任。日本エッセイスト・クラブ会員。


 ここのところ気持ちが悪くてしようがない。慢性の二日酔いではない。ますます激しくなっている世論の振れのためである。タマゴとニワトリどちらが先か分からないが、大手メディアも相変わらずの振れようである。ケインズの一般理論にある「美人投票」の例え話(注1)さながら、小選挙区下の有権者がこれまで以上に風向きを見ているということなのか。

 多くの人の努力もあり、マニフェストは市民権を得つつある。昨年の選挙でも、言論NPO他さまざまなグル-プが各党のマニフェストを評価、分析したのは記憶に新しい。しかし、だからと言って一般の有権者がマニフェストを読み込んで投票行動をとったとは考えにくい。前々回の衆議院選が郵政民営化の是非のみを問う選挙であったのと同様、前回の選挙も政権交代に対してイエスかノ-かの二元論であった気がする。要するに国民は自民党の政治に飽き飽きしていたのである。したがって有権者は民主党のマニフェストのすべてに賛同したわけではない。ある事柄には賛成だが別の件には反対というのは極めて自然なことである。まして選挙後になって連立相手のマニフェストに書いてあると言われても、それは後出しじゃんけんのようなものではなかろうか。

 ある経営者が、「現代は朝令暮改では遅すぎる」と言ったらしい。つまり、変化の激しい現代においては意思決定もこれまで以上に迅速かつ臨機応変でなくてはならないということで全く同感である。もちろん同時にしっかりした座標軸がないとどこかに飛ばされてしまうことも事実である。すでに指摘されているように、マニフェストの元祖英国では議論の中心は国家の基本戦略に関する事柄であり、政策細部の運用は弾力的であるとも聞く。対して我が国においては、例えばガソリン税など個別政策の実行の有無が必要以上に取り沙汰される一方で、国防の基本方針についてはほとんど議論されていないことが目下の迷走につながっているように思われる。

 戦後初めて国民の意思による政権交代が実現したのだから、政権与党には頑張ってほしいが、危惧されるのは今回もまた有権者の失望を買うこととなり、更なる好ましからざる振幅が生じることである。故山本七平氏は著書「空気の研究」で我が国には「抗空気罪」という妖怪がいると指摘した。(注2)理性で間違っていると分かっていても世の中の空気に逆らうことは難しいという指摘だが、そのような空気のもとで民主主義が危機に陥る可能性は歴史の示すとおりである。

 話は変わるが、10年近く企業の再生業務に携わって感じることは、危機に陥っている企業全般にみられるおおよその共通点である。ひとつは危機意識の欠如であり、いまひとつは他者(他部門であったり経営者であったり、ときには世の中全般であったり色々だが)への不平と不満が充満していることである。そして当然社員は将来に対して不安を抱いている。一見すると危機意識の欠如と不安は相矛盾するようにも見えるが、事実を見つめるのが怖いから目をそむけ、その結果問題に正面から向き合わないから更に不安になるということで根は同じである。こうした不安を解消することは容易ではないが、私は「心配なときは、とりあえず今日一日会社を良くするために何ができるか自分自身で考え、そして具体的に行動しよう」と言っている。もちろん我々自身も一緒に行動することは言うまでもない。書生的と言われてしまうかもしれないが、実は日々の不安を個々人レベルで解消するにはそれしかないような気がする。いま世の中を覆う漠然とした不安や悲観論を解消するには、政府や政党に頼るのではなく、一人ひとりが自分自身で今日できることを実行していくしかない。それが漂いつつある「抗空気罪」という妖怪を阻む唯一の方法ではないか、そう思うのである。

(注1)「雇用、利子および貨幣の一般理論」で投資家の行動パタ-ンを表す例え話として示されたもの。美人投票で、もっとも票を集めた候補者に投票した人に賞品を与えるとした場合、人々は自分自身が美人だと思う人に投票するのではなく、平均的に美人だと思われる人に投票すると指摘した。
(注2)戦後、軍の最高指導者が過去の無謀な作戦に対して、「当時は、ああせざるを得なかった」と答えているのは、軍の「抗命罪」故でなく、我が国における「抗空気罪」つまりそれに反すると「村八分」刑に処せられるからであると分析した。

 ここのところ気持ちが悪くてしようがない。慢性の二日酔いではない。ますます激しくなっている世論の振れのためである。タマゴとニワトリどちらが先か分からないが、大手メディアも相変わらずの振れようである。ケインズの一般理論にある「美人投票」の例え話(注1)さながら、小選挙区下の有権者がこれまで以上に風向きを見ているということなのか。