新しい公共の担い手とは

2010年5月19日

新しい公共の担い手とは

聞き手:田中弥生氏 (言論NPO 監事)


田中: 工藤さん、こんにちは。ずいぶん久しぶりの工藤ブログですが、この間何をされてたんですか?

工藤: 東京-北京フォーラム関連で中国に交渉に行っていたり、「エクセレントNPO」の議論作りのための準備をして、ずいぶんと大変だったんです。ただ、もう参院選が迫っていますし、これまでのように政策やマニフェストを評価して、言論NPOが考えていることをどんどん伝えていきたいと思います。

田中: 各党がマニフェスト作りを急いでいますので、皆さん工藤さんの発言を待っていると思います。そういう意味では、鳩山さんが予想以上に力を入れていた政策に、「新しい公共」があります。すでに、4月8日に寄附税制に関する税制改正の中間報告書が提出され、そして5月14日に「新しい公共」円卓会議から「宣言文案」というものが記者発表されていますので、今日はこれを中心にお話しいただければと思います。

工藤: 僕はこの前その宣言文案や政府の取り組み方針を見て、正直言って、かなり驚きました。というのは、鳩山さんは所信表明演説では、多くの市民やNPOの力を「新たな公共」と呼んで、それを支援することによって自立と共生を基本に人間らしい社会を作りたいという言い方だったんですが、円卓会議での議論を見ると、市民の「し」の字もないし、市民社会の視点が欠如し、非常に軽く見られてしまっている。政府税調の中での税額控除を含めた支援税制の問題もありましたが、それは何のためにやるのか。本来であればそれは、新たな公共の担い手のためにやるためなのに、政策目的と政策手段が全く連動していない。

田中: 最初にNPOをターゲットにして、所得税の税額控除という思い切った寄附税制を入れて、広く寄附認定資格を与えましょうと言っているわりには、当の非営利セクター、NPOセクターにどういう役割を期待するのかということが、何ら記されていないわけですよね。

工藤: そうです。これをみると、NPO全体の状況分析、課題分析ができていないし、HPを見ても課題の認識、抽出が甘い。担い手についても、企業とか行政との協働という概念を出してくることによって、「行政のスリム化」ということに話を矮小してしまった。本来新たな公共の担い手ということの、大きな意味での設計、ビジョンはどこに行ってしまったのか。このようなパッチワーク的な流れを続けていくと、市民の自発的参加を唱えたNPO法そのものがなくなってしまうのではないかという大きな危機感を持っています。

田中: 寄附税制に伴い認定NPO法人制度をいじったわけですが、これにより、認定と認証の基準の差はほとんどなくなってくるので、一体NPO法そのものはどうなるのかという問題もありますし、要件緩和を続けるうちに不特定多数の利益というところも消えてしまっている。NPO法の目的と精神が解体されるのではないかと私も懸念しています。

工藤: 鳩山さんが言っていることが本当に正しいのであれば、この政策の目的は、新たな公共の担い手としてのNPOを多くの市民が支えることによって、人間らしい社会を作っていきたいということだったはずです。それに対する答えが非常に曖昧になってしまったわけですね。つまり、NPOや市民社会の可能性を軽視し、あまり期待していないということが見えてきたわけです。
 ではどうやって担うのかというと、今の政府にある発想は、所詮は「行政のサービスをだれが担うのか」ということです。行政のサービスのうち収益性が高いところに関しては、行政じゃなくて企業にやらせましょう。そうでないところに関しては、行政の協働という形にして、行政の範囲をカバーしようという発想なのです。これは田中さんがよく指摘している「行政の下請け化」ということですよね。
 しかし、私たちは「行政をだれが担うのか」という話をしているのではなくて、「公共をだれが担うのか」という話をしているのです。市民がつくっていく公共というのは、行政が考える公共サービスの概念を超えるんですよ。その可能性があるんです。行政が肥大だから市民社会が小さくなっているのではなくて、行政だけでは本当に必要な公共サービスが提供できない限界があるから、市民が公共サービスに参加しているのです。ただ、その参加するための受け皿が弱いために、それをどうするのかということが、「新たな公共」の制度設計の思想だったはずです。
 今回の政策では方法論が大きく崩れてきたので、これはかなり大きな問題になってくると思っていますね。

田中: そうですね。円卓会議の議論を聞いていても、行政の下請けが問題になっているということは多くの方がおっしゃっているのですが、その解決方法は、行政からの委託金の出し方を修正すれば下請け化はなくなるという発想なのです。しかし、いま問われているのは、非営利組織、非営利セクターの生き方そのものだと思います。

工藤: その通りです。まさにそれがNPO法の精神だったし、NPOが「新しい公共」の担い手として本当に機能するかが問われていたんです。
 だから僕たちは「エクセレントNPO」という形で、NPO自体が質の向上を目指さないと、本当の意味での公共の担い手になれないということを主張したんです。逆にいえば、NPO側にも問題があったんですが、その中でも大きな変化を作ろうという動きはすでに始まっています。その動きと政府の新たな公共を連動させると、強い市民社会ができると私は期待したのです。
 NPOの中にも、政府にすり寄っていくような動きがあって、非営利セクター側の問題もある。しかしやはり、市民社会と政府の距離というのはあるんですよ。政府に何でも依存するのではなくて、市民社会の一員として自発的に公共の担い手になるということが、私たちに求められた、未来へのヒントだったんです。
 私はここまで来ると、こうした政策について、市民に声を聞く段階に来ていると思いますね。この政策決定プロセスでは危険です。

田中: そうですね。政策決定プロセスが見えないというのは、現政権が行うすべての政策に言えることですが、こと市民の、当事者の政策ですから、プロセスを開いていくことが必要ですよね。具体的にいえば、幅広くパブリック・コメントを求め、私たちの方も、曖昧な政策については説明を求めていく。そのうえで、きちんとした議論の場を作っていく必要がありますね。

工藤: 私たちが声を大にして議論を始めないといけないと思います。言論NPOはこれを契機に各政策の評価をやっていきたいと思いますし、皆さんと一緒に公開型でも議論する場も創っていきますので、ぜひ期待してほしいと思います。

田中: 宜しくお願いします。今日はありがとうございました。

(文章は、動画の内容を一部編集したものです。)

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聞き手:田中弥生氏 (言論NPO 監事)