【vol.9】 論点『日本のデフレをどう考えるか―政策当事者の認識と対策を公開する―』

2002年12月11日

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■■■■■言論NPOメールマガジン
■■■■■Vol.9
■■■■■2002/12/11
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●INDEX
■ 論点『日本のデフレをどう考えるか
        ―政策当事者の認識と対策を公開する―』工藤泰志・言論NPO代表

■ 山口日銀行副総裁インタビュー
  『デフレ脱出に向け先ず需給ギャップの縮小を 第1回』

●TOPIX
■ 岩田一政内閣府政策統括官 論文
  『恐慌的デフレ・スパイラルをどう回避するか』

■ 黒田東彦財務省財務官 論文『日本のデフレは金融的な現象』


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■ 論点『日本のデフレをどう考えるか ―政策当事者の認識と対策を公開する―』
                          工藤泰志・言論NPO代表

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デフレというのは、一般の物価が下落する現象を意味する。このデフレの問題を一体
どのように考えればいいのか。このデフレをどう克服するのか。それともそれを覚悟
して構造改革を進めるべきなのか。この問題については、私たちはこの数ヶ月、政策
当事者の議論も含め様々な議論を行なってきた。世間ではこれを当面の景気の問題と
混同する議論が目立つが、物価の下落が始まった90年代後半から、景気の循環は短い
ながらも二つのサイクルを描いて上下を繰り返してきた。問題なのは、その間も継続
して物価は下がり続けてきたという事実である。私は、短期的な景気と価格の継続的
な下落というデフレの問題は分けて考えなくてはならないと考える。日本が直面する
持続的な長期の物価の下落は戦後の先進国では極めて異常な現象だからである。

デフレの問題に対しては、われわれ国民の間でもなかなか危機感が共有できていな
い。過大な債務を抱える企業や銀行には価格の下落は重圧となって影響をもたらす
が、債務を抱えないサラリーマンや年金生活者は物価が下がることで、より快適な生
活ができると信じている。この点については内閣府の白書でも分析しているが、だ
が、今の状況はデフレの進行が企業収益にも影響し、賃金の下落が物価の低下よりも
進み、実質賃金は下がっている。年金給付も今の水準を今後も中長期的に維持できる
ことは難しい。つまり、快適さは一時的な錯覚に過ぎず、価格の下落はさまざまな
チャネルで経済を縮小させるのである。こうした状況の中で、不良債権処理や企業の
再生といった経済の手術ともいうべき構造改革が進められようとしている。

私自身は、別にデフレがあるから不良債権処理が進まないという、銀行側の意見を全
面的に支持するわけではない。むしろ経済の体質改善をこれまで遅らせてきたこと
が、この国の潜在的な成長可能性を損なわせていると考える。だが、デフレのこれ以
上の進行やデフレスパイラルへの転化は、こうした経済の新陳代謝を一層激しいもの
とし、国の負担をより多くするものになりかねない。経済の構造改革は必要だが、そ
れと合わせてこのデフレの問題についても真剣に考え、どのような立場でこの構造改
革に臨むのか、民間側にいる我々も議論の方向を定めなければならないと考えた。し
かも目前の経済運営を考えた場合、不良債権処理の加速とアメリカの景気の後退、あ
るいはイラクへの攻撃というリスク要因が迫る中で、このデフレについての対応は軽
視できない。

だが、今なおデフレ論議はその認識と原因について混乱している。デフレ対策を巡っ
て、政府と日銀は「デフレ阻止」で動き始めてはいるが、政府部内でもまだその政策
形成やデフレの認識について温度差があり、意思統一ができていない。デフレについ
ての認識が共有化できなければ、足並みを揃えた対策を生み出すことは不可能だと私
は考える。議論の混迷を打開し、建設的な議論の形成を促すために、言論NPOでは経
済政策の運営に携わる政策当事者に、デフレに対する認識やその原因、さらに打開策
に対する見解を求め、それを公開することで議論を立て直そうと考えた。

今回、公開するのは、為替当局の財務省の黒田東彦財務官、さらに経済政策を取りま
とめる立場にある内閣府の岩田一政政策統括官(東京大学教授)、通貨当局日銀の山
口泰副総裁の三氏の見解である。黒田、岩田の両氏は今のデフレが金融現象であり、
日銀が物価安定のために徹底的な国債の購入を行なうことを主張。特に岩田氏は個人
的な見解と断りながらも、金融の抜本的緩和や減税幅の拡大も含めたパッケージ的な
デフレ対策が早急に必要で、それが実現しないと日本は恐慌的なデフレスパイラルに
陥る可能性があると主張した。

これらの見解に対して否定的な日銀の山口泰副総裁は、最優先の課題は需給ギャップ
の解消であり、減税を含む財政政策への期待を表明した。これらの見解の全文公開は
会員限定となるが、日銀の山口副総裁の発言は日銀からの要望もあり一般公開するこ
とにした。次週はこれらの見解を踏まえて別の視点からの議論を公開する予定であ
る。


●記事の全文はウェブサイトに掲載されております。
https://www.genron-npo.net/jp/summary/frameset/021211_o_01.html

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■ インタビュー『デフレ脱出に向け先ず需給ギャップの縮小を 第1回』
  山口泰(日本銀行副総裁)
                       聞き手 工藤泰志・言論NPO代表

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日本で進行するデフレの原因とそれに対する対策は、政府側にそれが貨幣的な現象で
あり、金融政策での対応が可能との見方があるものの、日銀はデフレの原因は需給
ギャップの拡大にあり、需要を強化して成長率を高め、それを縮小することとしてお
り、認識が微妙に食い違っている。政府が日銀と足並みを揃えて、デフレ対策と不良
債権処理に踏み出そうとしているなかで、日銀の考えるデフレに対する見解は何か。
日銀の山口副総裁に伺った。


工藤 今の日本の持続的なデフレ、物価の下落現象については、内閣府の岩田一政さ
   んも財務省の黒田財務官も、戦後、世界的にもあまり例がない異常な現象だと
   いう話をされています。このデフレへの認識やその原因について、どうお考え
   になっていますか。

山口 デフレというのは一般物価の持続的な下落ということを指して言う言葉です
   が、物価のことですから、やはり需要と供給のバランスが崩れている、あるい
   はコストが顕著に下がっているということが原因になっているのだろうと思い
   ます。そのように見ていきますと、まず原因については、私の見方は大体次の
   ようなことになります。

   第一に、やはり需要が弱い。その結果として、需要と供給との間に大きな
   ギャップが生じている。そういう状態がここ何年間かの日本経済の中で続いて
   いますから、それが物価に反映されてきている。こういう面が一番大きいので
   はないかと思います。特に需要と供給のギャップということをさらに突っ込ん
   で考えていくと、企業部門の中で貯蓄と投資のバランスが貯蓄超過の方向に大
   きく変化してきているということが大きく影響している。これは、日本の企業
   セクターにとっては恐らく第二次大戦後初めてのことで、高度成長期は言うに
   及ばず、その後相当期間にわたって、企業セクターは投資が貯蓄を相当上回
   る、投資超過の状態がほぼ恒常的に続いていたのですが、最近はむしろ、
   キャッシュ・フローのレベルよりも投資のレベルの方がかなり下回る貯蓄超過
   の状態に至っている。そういうところに需要の弱さが典型的に現れているので
   はないかと思います。

   第二に、日本経済の中でコストの構造も急速に変化してきており、それが物価
   に影響を及ぼしているということも言えます。これについては、日本銀行はか
   ねてから、国内で様々な合理化、特に流通面における合理化が進捗しており、
   コストの低下が可能になっているということを指摘しております。ここには、
   当然ですが、IT技術を駆使した技術進歩の影響も含まれていると思います。
   そのほかに、やはり国内品よりも圧倒的に安い輸入消費財が大量に流れ込んで
   きているということの影響を無視できません。実際、消費者物価指数のなか
   で、この後者の方、すなわち流通過程の合理化や技術進歩の影響、それらによ
   る価格体系の変化ということは、程度の差こそあれ、世界的に生じている現象
   ではないかと思います。現に、最近ではアメリカのような国でも今後デフレに
   なるリスクはどれぐらいあるのだろうということがかなり強く意識された議論
   が行われるようになってきています。それだけでなく、実際に物の値段をとっ
   て見てみますと、アメリカ、イギリスといった比較的需要の強い国においてさ
   え、はっきりとデフレ傾向が見られます。そういう意味では、グローバルに財
   の価格の下落傾向が生じている、そのような世界的な環境の中で日本のデフレ
   という現象が進行しているのではないかと思っています。


●デフレは金融的な現象なのか

工藤 中国市場やグローバル化などを含めて世界的な構造的な変化が起こっている。
   榊原英資さん(慶応大学教授)は21世紀はデフレの時代に入ったとおっしゃっ
   ていましたが、そのような現象に加え、日本では要因は需給ギャップが拡大し
   ているということですね。

山口 そうです。そういう意味で整理しますと、やはり日本に固有の事情というもの
   があり、これはバブル崩壊以後の低成長の中で需給ギャップが累積的に拡大し
   てきているという問題だと思います。そのような状態が続いている間に、グ
   ローバリゼーションの下でモノの価格に強い低下圧力がかかる、また世界的に
   一種のバブルの崩壊が起き、先進国共通に財価格の下落傾向が顕著になってき
   ている。これらが二重写しになっている状態ではないかと思います。

工藤 この原因については、内閣府や財務省などいろいろなところで話を聞きました
   が、別の指摘がありました。つまり、今のデフレというのは極めて貨幣的な現
   象、マネー的な現象なのだということです。これは金融政策で対応ができると
   いうものです。岩田さんも黒田財務官も、この金融的な現象という点について
   は同じ認識を示しています。これに関連して、特に90年代前半の金融政策につ
   いても、財政拡張の中での金融引締めという金融政策上の過ちがあったのでは
   ないかという指摘がありました。こうした議論についてはどうお考えですか。

山口 90年代の初め、特にバブル崩壊直後の金融政策についていろいろな議論がある
   ということは承知しております。たまたま今年8月に行われたカンザス・シ
   ティー連銀主催のコンファレンスでもそれが一つの大きなテーマになりまし
   た。私自身そこでパネリストとして参加して、この問題を論じてきました。そ
   の骨子を申しますと、第1に、バブル崩壊から間もない時期に、数年後のデフ
   レ傾向を正確に予知して「大胆な」金利引下げを実施すべきであったという類
   の議論は、あまり現実的でないこと。第2に、90年代の日本経済に対する影響
   という点では、一般物価のデフレよりも、資産価格のデフレの方が重要と思わ
   れること、などです。ただ、その問題と、ここ最近生じてきている消費者物価
   の持続的な下落の傾向、これに対して金融的な影響、特にマネー・サプライ、
   通貨というものがどういう影響を及ぼしているのかということは、ひとまず別
   に論じることができるのではないかと思います。

   現在の日本の消費者物価の下落率は、年間で0.8%ないし0.9%で、この程度の
   いわばマイルドな物価下落について金融的な現象、通貨的な現象が支配的な影
   響を及ぼしているという見方については、私はかなり懐疑的です。もちろん、
   物価に対してマネタリーな影響がドミナントになるというケースは歴史上幾ら
   もあったわけですが、通常それはかなり高い物価上昇率、ハイパー・インフレ
   とか、そこまではいかなくても、かなり高いインフレが生じたようなときに、
   あまりにも緩和的な金融政策あるいは金融市場の状態というものが支配的に大
   きな影響を及ぼしたということではなかったかと思います。

   日本の場合は、ここ数年間、マネタリー・ベースという最も狭義の通貨は、年
   7~8%程度伸び続けていました。ここ1年間ほどは年2~3割という非常に高い
   伸びを示しています。さらに、より広義のマネー・サプライ(M2+CD)を見て
   も、年間3%程度は増え続けていました。そういうところから見て、通貨の供
   給不足というものが今日のデフレの主たる原因であったとは思っておりませ
   ん。恐らくそういう論を張られる方々は、マネーをもっと大幅に供給すれば物
   価は上がるはずだという議論をしておられるだろうと思います。その種の議論
   に対するコメントとしては、まずその場合のマネー、通貨というのは一体何な
   のかということがあります。最も狭義の通貨、マネタリー・ベースであれば、
   ここ1年ぐらいの期間、年間2~3割という非常にシャープな伸びを示してお
   り、それに対して物価は格別何の反応も示していないという状況です。

   では、より広義のマネー・サプライについてはどうか。これは年間3%ぐらい
   の伸びに変化はありませんが、マネーの供給を増やしさえすれば状況は変わる
   のだと言う場合には、この広義のマネー・サプライというものも中央銀行が自
   由自在に変化させ、供給させることが可能であるという前提が暗黙裏に入り込
   んでいるように思います。実は、そこがあまりよく理解されていないように思
   います。広義のマネーというものは、企業や家計が必要と感じて保有する通貨
   のことですから、そういう通貨保有が増える背後には、やはり所得が増える、
   経済活動が強くなる、あるいは資産価格が上昇するということが通常は必要な
   のです。ですから、それを抜きにして、そういう状況でもないところにいきな
   り広義の通貨供給量を増やすということは、中央銀行といえどもなかなかでき
   るものではありません。この点は、現在のように銀行システムの信用仲介能力
   が弱っている時にはとくに重要です。教科書の世界では、日銀が銀行システム
   に対する準備金の供給を増やせば、広義マネーが比例的に増える筈ですが、日
   本の現実は全く異なっています。

   さらに、インフレがマネタリーな現象であるという命題をよく考えてみます
   と、実は、それは因果関係としてはまず金利の変動というものがあり、金利が
   大幅に下がり、経済活動が活発になり、マネーに対する需要が増え、結果とし
   てマネー・サプライが増えていく、物価が上がるということが順序立てて起き
   ていく。それらの中間をすっ飛ばして観察すると、あたかもマネーと物価が対
   応しているように見えるというケースが多いのではないかと思います。現在の
   事態は、残念ながら金利の低下余地がもはやなくなっている状況で、こういう
   ときにマネタリー・ベースという流動性だけ増やし続けても、なかなか経済活
   動の面に効果が出てきにくいということは、ここ1年半の量的緩和という中で
   私どもが痛切に経験していることです。この経験をぜひともよくよく吟味して
   いただきたいと思います。


                          ──次号へつづく──


●記事の全文はウェブサイトに掲載されております。
https://www.genron-npo.net/jp/summary/frameset/021211_i_01.html

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●TOPIX
■ 論文 『恐慌的デフレ・スパイラルをどう回避するか』
      岩田一政(内閣府政策統括官)

経済財政諮問会議は2002年1月の「中期展望」でデフレを2003年度中に収束させる
と目標設定した。だが、政府や日銀の足並みは具体的に揃ったとは言い難く、むしろ
デフレ・スパイラルへの懸念が高まっている。デフレを覆す政策パッケージと政策協調
のあり方は何か。日本経済はデフレ均衡の不安定な経路上にあると語る、内閣府の岩
田政策統括官はメッセージの公表は早ければ早いほどいいが、政策を総動員しないと
デフレは収まらないと語る。

https://www.genron-npo.net/jp/summary/frameset/021211_a_02.html


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■ 論文 『日本のデフレは金融的な現象』
      黒田東彦(財務省財務官)
 
黒田財務官は、日本の不良債権処理の成功は日銀がデフレを本気で止めようとするの
かにかかっている、と主張する。持続的な物価の下落は金融的な現象に過ぎず、日本
社会にビルトインされたデフレマインドを覆すためには、日銀が伝統的な金融政策の
大転換を図るべきだと考える。黒田氏が期待するのは日銀が物価安定目標を設定し長
期国債の買いオペを物価が安定するまで続けること。物価の下落が続く限り、新規の
不良債権は増え続けるからだ。

https://www.genron-npo.net/jp/summary/frameset/021211_a_01.html


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