【vol.44】 横山禎徳 論文『日本の対アジア戦略をどう構築すべきか 最終回』

2003年9月02日

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■■■■■言論NPOメールマガジン
■■■■■Vol.44
■■■■■2003/09/02
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●INDEX
■ 論文 横山禎徳(社会システムデザイナー)
  『日本の対アジア戦略をどう構築すべきか 最終回』


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■ 論文『日本の対アジア戦略をどう構築すべきか 最終回』
  横山禎徳(社会システムデザイナー)
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先のイラク戦争は世界の与件が大きく変化したことを物語っている。今や「大国の混
迷の見本」となった日本は、こうした外的な環境変化だけではなく、内的環境の変化
の中で、国家戦略の見直しの時期を迎えている。現在、フランス在住の横山禎徳氏は
国家戦略の立案の枠組みを提示、その中で日本が持つべきアイデンティティの一試案
として、日本がアジア諸国の「Thought Leader」になることだとし、そのギャップ
を埋めるための日本の強さの徹底活用を主張する。


●ギャップを埋めるための日本の強さの徹底的活用

戦略立案の第4のステップである「ギャップを埋めるための日本の強さの徹底的活
用」を、それこそ徹底的に考えることによって、高く設定したアイデンティティ願望
に現実感を持たせることが必要だ。

先に述べたように、国内で直面する課題をまず解決してみせることが、世界の先進的
課題を解決する能力があることを示すことになる。その結果としての日本的な「豊か
な生活」と「伝統と融合した先端性」とのバランスが、魅力ある具体的な姿として世界
に提示される。そして、その裏に一般市民の生活の規律と精神の安定のよりどころと
して、一神教とは違う宗教観と価値観もあり得ることを示すところまで達成すること
ができれば、世界的注目を浴び、日本の思想的求心力が高まるだろう。そのために必
要な戦略施策は何か。

最小限必要なことは、今まで持ってきた蓄積とエネルギーを維持し続ける基盤を確保
することではないか。日本の知的資産の大きさと大衆文化の厚みとを既に述べたが、
それは単に人口規模だけでなく、都市の集積度の効果でもあると考えるのが妥当だろ
う。その集積度の最大な地域は首都圏である。

ちなみにフランスではパリを中心にした50キロから60キロ圏の「イル・ド・フラン
ス」と呼ばれる地域に約1000万人住んでいるが、同じくらいの広さに首都圏では約
3000万人が住んでいる。この集積度の差が人口全体より大きい可能性がある。ま
た、筆者が「拡大首都圏(GreaterTokyoMetropolitanArea:GTMA)」と呼んでいる
100キロ圏には、フランスとほぼ同じ人口の5700万人が住んでいる。その経済・文化
的迫力は巨大である。

もし、「衰退しながら成長する」ことが可能であるとすると、日本全体は人口が縮小す
るが、「拡大首都圏」は発展することがその答のひとつであり得る。そしてこのこと
は、多くの識者が好む分散型の地域構造と矛盾しないのである。なぜなら、それは
「拡大首都圏」と地方の2ヵ所に居住する「一人二役」的生活をする日本人を大量に増
やしていくことと、観光、ビジネス、研究、学業などにかかわる外国人の短・中期滞
在人口を飛躍的に拡大することによって達成できるからである。

伝統的な常住人口依存ではなく、実質的に活動し消費する人口が拡大しているという
姿である。そして、国対国の抽象的でプロトコルの大事な関係だけでなく、「拡大首都
圏」と「上海経済圏」あるいは「大連経済圏」とが実質的結びつきを強めれば、エネル
ギーに満ちた複合経済地域として世界的プレゼンスは高まるだろう。

それが近隣諸国から人を引き付けるだけでなく、あらゆるタイプの投資を含めて、こ
の地域経済圏への各国のVestedinterestが重層的に膨らんでいき、それがそれぞれ
の国の社会的ネットワークと直接的に絡む状態にまで組み立てることができれば、地
政学的な安全保障の面でも効果があるだろう。誰にとってもこの地域経済圏を破壊し
失うことの影響の大きさを考えるようになるからだ。

これまで日本が世界的普遍性と伝播力を勝ち得た分野は、言葉による説明があまり要
らない分野が多い。電子機器や自動車、そしてファッションや料理、アニメやゲーム
ソフトであった。最近は野球もその中に入れてよいのかもしれない。しかし、今後は
日本人が言葉を通じて語る哲学や思想が普遍性を持つところまで達することが求めら
れるだろう。日本が先端的課題に対する解決策を見つけたとき、実学的には実現した
姿を見せればよいが、その背景の哲学は言葉を通じて説明する必要がある。また、一
神教と異なる価値観に説得性と普遍性を持たせるところまで到達するにはかなりの言
語能力が必要だ。

しかし、一方で今世紀中、最大の知的資産は英語であり続けることは確実なようだ。
それはアメリカの影響力が続くか衰えるかに関係なく、世界の共通語である地位がよ
り強化されるだけのクリティカル・マスを超えたと考えたほうがよい。ノーベル賞受
賞者の田中耕一さんは極めて日本的な人に見えるが、彼はちゃんと英語ができた。日
本人の英語に対する弱さは「古くて新しい問題だ」などと言っている暇があったら、
速やかに実際的な対策を立て、お金を使うべきだ。外国語習得は個々人の能力とは全
く関係なく、単純にかけた時間と努力の関数でしかない。これに関しては議論の余地
はない。

日本全国とは言わないが、せめて「拡大首都圏」の住民のかなりの部分が英語と北京
語か上海語のいずれかとの2つの外国語を話せるような状況を作り出す意志を国とし
て持つべきではないか。「なんと非現実的なことを考えているのか、英語もままなら
ぬのに2つの外国語までとはとんでもない」という反論がすぐに予想される。しか
し、英語だけだと完璧にしようとするが、2つ覚えないといけないとなると、それぞ
れが必要な範囲で適当に使えるところで抑えるという逆説を理解すべきだ。オラン
ダ、ベルギー、スイスと比べると人口の規模が巨大な国の国民の半分くらいが曲がり
なりにも3ヵ国語を話す、というユニークな状況を願望として持ってはどうか。「開か
れた国」とは具体的にこういうことではないだろうか。

このような環境の下に多様な外国人が多方面で活躍している「拡大首都圏」ができ上
がり、世界でも有数の活力を持った地域になる。その中で揉まれた日本人の中から、
優れた多言語表現能力を持った個人が世界的に目立つ存在になってくるだろう。彼ら
はこれまでのビジネス、技術、学術を超えた広い分野で、日本が作り出した価値観を
日本語以外の言葉で説明できる人たちである。


●むすび

これまで述べてきた戦略立案の第1ステップから第4ステップまでの内容は、既に断っ
たように筆者の試案、あるいは戦略の一選択肢の提示である。その内容に納得しない
向きも多いだろう。当然、もっと違った見方、そして多様な戦略の選択肢があるはず
だ。より詰めた議論をすべきであることは間違いない。ただし、単なる批判は避ける
べきだろう。例えば、「拡大首都圏」重視の発想に対して一極集中の弊害という反論
は建設的ではない。それを語る多くの識者が既に一極集中している首都圏の「弊害」
の中にいるにもかかわらず、地方に移住しないのはおかしい。それぞれが自分の案を
提示し、立場と責任をはっきりさせるべきだ。

筆者の試案より前向きでダイナミックな選択肢が提示されることを期待する。「戦略
立案の5つのステップ」を共有している限り、議論は拡散しない。あいまいな論点が
あれば前のステップに戻って検討すればよいだけだ。そして、それらの選択肢をそれ
ぞれ第5のステップである永続性のある優位の確立につながるかどうかの物差しで評
価をすればよい。それによってアジア戦略、そして国家戦略の最適解が抽出される。
このような枠組みをまず認知した上で議論するところから、今後の活動を始めてはど
うだろうか。

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