書籍『言論外交』に込めた思い

2014年4月11日

動画をみる

書籍『言論外交』に込めた思い

聞き手:田中弥生氏 (言論NPO理事)


⇒ 動画をみる


田中:工藤さん、こんにちは。

 さて、この度、『言論外交』という本を出されたようですが、なぜこの本を出版されたのか教えていただけますか。

「言論外交」の主役は当事者意識を持った国民


工藤:昨年10月末に中国との間で「不戦の誓い」を行いましたが、この誓いをなぜ行ったのか、また、私たちが取り組んでいる「民間外交」とはそもそも何か、ということを多くの人たちに知ってほしいと思い、今回の書籍の発売に至りました。私たちが行った「不戦の誓い」は、元国連事務次長の明石康さん、元駐中国大使の宮本雄二さん、元日銀副総裁の武藤敏郎さん、私の4名で文面の作成などを行いました。今回の書籍は、明石さん、宮本さん、私の対談を中心に、武藤さんを始め多くの方からの寄稿いただきました。その中で皆さんが口を揃えていることは、今、民間外交が非常に大きな役割を果たす局面にきたということです。おそらくこの本を読むと、政府間外交ではなく、「民間外交」の役割が必要だということがとてもよくわかると思います。

今回の書籍の発売にあたり、私たちが取り組んでいる「民間外交」とは何なのだろうと問い直しました。政府間外交がなかなか動かない背景には、エモーショナルな世論の存在があります。世論が過激になり、ナショナリスティックになることによって、政府間外交が機能停止に陥ってしまう。それが、今の東アジアで起こっている現象の要因です。

この状況を解決するために、きちんとした世論をつくることが必要です。課題解決の意思を持つ声、それを私たちは「世論」と区別して「輿論」と呼んでいますが、この輿論が大きくなったときに、政府間外交に大きな影響をもたらすのです。多くの人が課題解決のために当事者として取り組む、そして、こうした「輿論」を喚起する民間の外交を、私たちは「言論外交」と名付けたのです。

私たちは、日本と中国、韓国との対話を行っています。対話を行うこと自体も重要ですが、対話だけでは課題解決はできないと思っています。政府間外交が停止している状況の中で、課題解決に向けて動いていくためには、課題を解決したという強い意思を持った声がより大きくなることが必要です。私たちは、東シナ海において今もなお紛争が起こるかもしれない、という危機的な状況の中で、どんなことがあっても戦争に発展するようなことは避けようということで、日中間で「不戦の誓い」を提起しました。そうした問題提起が、国内や国境を越えた輿論になり、国際社会の声になったときに政府間外交を動かせるのだと思います。その輿論をつくりだすために必要なのは課題解決をするという個人の意思なのです。だから、私は「言論外交」の主役はあくまでも国民の当事者意識だと書籍に書きました。当事者として、今、日本が直面している状況についてどう考えるか。その中には、今の東シナ海におけるアジアの緊張関係という問題、ひょっとしたら地域の問題やこの国の将来の問題があるかもしれません。そうした問題について、当事者として考え、発言し、行動していくことが、結果的に民主主義や市民社会を強くすることになり、健全な世論をつくり上げることに繋がっていくのだと思います。この「輿論」に支えられた政治、「輿論」に支えられた外交が、まさに民主主義の強さであり、機能する外交となるわけです。そのためにも、輿論を喚起する責任ある議論が必要だと思いました。それが「言論」なわけです。だから、言論というものの外交に対する意味を重要視して、「言論外交」としたわけです。

田中:今のご説明を逆説的にとれば、偏狭的な世論が政府の政治や外交を機能させなくしてしまう、という現象があるということでしょうか。


民間の新しいアジェンダ設定から、課題解決に向けた動きをつくり出す

工藤:そうです。民主主義というものは、個人の基本的人権や平等を生み出す仕組みです。しかし、仕組みができるだけではだめで、それが十分に機能する、ことが大事なわけです。民主主義を機能させるためには、有権者側の不断の努力がどうしても必要です。しかし、有権者が政治にお任せし、無関心になってしまうと、これが機能しないだけではなく、民主主義の仕組み自体を壊しかねないということを理解する必要があります。今の日中関係や日韓関係、東アジアでも同じ問題が起こっています。政府は主権を譲ることはできませんし、それは当然の行為です。しかし、それだけにこだわると、ナショナリスティックな声や感情的な対立を生み出し、政府間外交自体が身動きできない状況をつくり、機能停止に陥ってしまう。世界中が東シナ海での紛争を懸念しているのはそのためです。こうした状況を、私たちは「政府間外交のジレンマ」と呼んでいます。

その状況を乗り越えるためには「輿論」をつくらないといけない。政府間外交がうまくいかないのであれば、市民や有権者などの民間が新しいアジェンダを設定し、課題解決に向けた今の状況を変えていく局面をつくり出さなければならないのだと思います。こうした状況をつくり出すために、今、我々は様々な形で、中国や韓国だけではなく東アジア全体の対話を始めようとしています。こうした新しい動きをどうしても多くの人に知ってほしいし、多くの人たちが当事者として、日本の将来やアジアの問題を考えるきっかけになればと思っています。
「どんなことがあっても戦争を起こしていけない」ということは、ほとんどの人が合意できるはずです。私たちは『言論外交』という書籍を通じて皆さんにその問題提起を広く行いたい、と考えているのです。

田中: 3月29日に「言論外交」をテーマにシンポジウムを行いました。この点についても少し報告していただけますか。


「言論外交」の本格始動に向けたキックオフ

工藤:中国は閣僚経験者、韓国はシンクタンクのトップが来ました。それから、アメリカとイギリスとシンガポールのシンクタンクから識者を東京に招きました。彼らを招いてみんなで考えたかったことは、一体、誰がこの状況を解決できるのか、という点です。東シナ海では偶発的な事故から紛争の可能性があるのに、政府間外交が全く機能していない。そして、日中韓の当事国だけではなく、アメリカやイギリス、シンガポールの人たちがこの状況をどう見ているのか、ということをオープンな形で議論したかった。

シンポジウムの冒頭には三ツ矢外務副大臣にも来ていただき、政府間外交と民間外交の問題についても討論しました。今回のシンポジウムでは、一人ひとりが当事者意識を持ち、この状況に取り組む、キックオフにしたかったのです。そのために、『言論外交』という書籍の発行をこの日に間に合わせました。私たちの『言論外交』は、日本と中国、そして日本と韓国ですでに始まっており、その関係改善や紛争回避の取り組みだけではなく、将来は東アジアの新しい平和的な秩序作りのために対話を広げたいと考えています。

日中、日韓の間には様々な点で誤解があります。私たちはそうした誤解を、一つひとつ明らかにしていければと思っています。一方で、国境を越えて多くの人の課題解決に向けた声を適宜オープンにしていきたいと思っています。そうしたことを通じて民間が東アジアやアジアの未来に対してきちんと考えていくというような議論を始めたいと思っています。

『言論外交』という書籍の表紙の絵は、第一次世界大戦が終わったあとのパリ講和会議のものです。オープンディプロマシーということをアメリカの大統領が主張しましたが、結局、実現できませんでした。「世論」という問題が外交において非常に重要だということを象徴する絵です。これを表紙に掲げました。外交においても、主役は私たちだということを考えることが重要だと思っています。ぜひ多くの方に読んでいただけたら、と思います。

田中:今の工藤さんのメッセージをぜひ『言論外交』の本の中で咀嚼をしていきたいと思います。そして、皆さんとの議論の題材になればと思います。ありがとうございました。