首相の退陣間近で、改めてこの国の政治を考える

2011年8月17日

今回の「工藤泰志 言論のNPO」は、ゲストに、世界的な石油会社の社長を務めた後、環境問題のNGOに転職、現在ロンドンで活躍している脇若英治氏にインタビュー。海外からみた日本の今の政治状況などについて議論しました。

ゲスト:脇若英治氏 (クリントン財団 マネージャー )

(JFN系列「ON THE WAY ジャーナル『言論のNPO』」で2011年8月17日に放送されたものです)ラジオ番組詳細は、こちらをご覧ください。


首相の退陣間近で、改めてこの国の政治を考える

工藤:おはようございます、言論NPO代表の工藤泰志です。毎朝、様々なジャンルで活躍するパーソナリティが、自分たちの視点で世の中を語るON THE WAY ジャーナル。毎週水曜日は「言論のNPO」と題して、私、工藤泰志が担当します。

さて、この8月中旬の最大の関心事は、菅政権がどうなるのか、です。ひょっとしたら、この放送が流れているときには、菅政権は変わっているかもしれません。確かに、今の政治の状況はかなり緊迫しているのですが、しかし、私はこうした政局以上に考えなければいけないことがあるのではないかと思っています。

私がこの間、最も気になったのは、確か、7月22日だったと思うのですが、参議院の予算委員会で菅さんが、自分達のマニフェスト、つまり、選挙の時に約束したマニフェストがうまくいかない、ということを初めて認めて、国民に謝罪した、ことです。

今のメディアはこの謝罪を政局のひとコマのように扱って、あまり取り上げられなかったのですが、実はとても大きな問題を国民側に提起していました。国民との約束を断念することは、謝罪で済ませられる問題なのかと。衆院選時の民主党のマニフェストというのは、4年間で16.8兆円の新しい支出をするという計画でした。しかし、その計画自体が杜撰で財源を捻出できず、次々に修正や断念に追い込まれていく。それを途中の2年でもうダメだということを認めてしまう。すると、これからの2年間というのは、今の政権が国民の代表として存在している正統性はどこにあるのだろうと。


ロンドンで働く日本人に、日本の民主主義を聞く

こういうことを悩んでいたら、マニフェストの発祥の地であるロンドンで働く、ある私たちの仲間が、ぶらりと事務所に来られたので、この問題を聞いてみました。

脇若英治さんと言う方なのですが、非常に面白い経歴の持ち主で、世界的な石油会社の日本のトップをやっていた経営者なのですが、2年前にイギリスのクリントン財団という世界的な環境団体に転職して、今、地球温暖化の問題のマネジャーをされています。
その脇若さんに今の日本の政治を、イギリスの民主主義と比べて、どのような状況なのだろうということを、ズバリ聞いてみました。

今日は、海外で働いている日本人の目を通して、「日本の民主主義や政治がどうなっているのか」について、みなさんと考えてみたいと思っています。
まず、10分間ぐらい、脇若さんとの議論の様子をみなさんに聞いてほしいと思います。
   

工藤:脇若さんは2年間イギリスにいましたね。3月11日に震災が起きて、今、日本はかなりの国難に遭遇しています。その中で政治が機能していません。


日本の政治は民主主義以前の問題なのではないか

脇若:僕は日本に住んでいないので、新聞やテレビの情報でしか判断できませんが、イギリスの政治を見れば見るほど、逆に日本の政治が機能していないように見えます。国民に選ばれているのにも関わらず、国民の意思がレフレクト(reflect、反映)されない状況になってきています。イギリスの場合は議会政治が長い間続いてきて、ここにきて若い保守党の党首が就任し、大蔵大臣に30代の若い方がつきました。彼らはポンドの威信もなくなるし、国としてのレイティング(rating、評価)も下がるから、緊縮財政をやらないといけないといってやっているわけです。それをマニフェストに書いて、頑張ってやりますが、駄目だったら野党に戻ると言っています。民主主義が非常に働いています。

日本の話を聞くと、民主主義の前の問題だと言われます。党の中でもコンセンサスがなく、与党と野党というレベルの戦いではなくなってきています。日本は民主主義が始まって100年以上が経過しますが、機能していない。良く言えばこれからの課題でしょうし、悪く言えば、100年以上も経過しているのになぜ民主主義が働かないのかと。外から見れば歯痒い感じですね。

日本がどうすればよくなるかといったら、答えはわかりません。一般的に言うと、政治家も半分、国民も半分、責任があると思います。イギリスの場合は、国民が物を申す雰囲気があります。デモなどのやり方もありますが、いろいろなチャネルを通じて話ができます。それに対して日本の場合は、最近デモなんて見たことないと思います。皆が我慢してしまうわけです。それから、自分たちが選んでいるわけですから、選ぶときによく考えればいいのに、メディアに扇動された意見で政権交代が起きてしまっています。あるいは、あまりふさわしくない人を選んでしまったりするわけです。ですから、メディアを悪く言ってはいけないのですが、国民もきちんとした人を選んでいません。政府、政治の方はそのような自覚をもった人が少ないと思います。普通の人が選ばれてしまっている感じがします。もっとシャープで仕事ができてリーダーシップを持っている人が何人かいれば、この国は良くなると思います。それが今ないので、責任は政治家半分、国民半分かなと思います。

ただ、順番としては、日本の政治家でどなたか言っていましたが、要するに「自助、共助、公助」でしょう。まず自分で何ができるか考えましょう、という自助。それでもできないときに社会として何ができるか考えましょう、という共助。それでもできないことは国がサポートしましょう、という公助。この順番でやればよいのですが、今の政治家はそれの逆をやっており、子ども手当等全部国でやりましょう、となっています。個人がやることをエンカレッジ(encourage、促進)していません。ですから国民皆が国に任せてしまうということになります。何かうまくいかなかったら、あなたの責任だということになってしまいます。人をどんどん非難することになり、モンスターペアレントも出てきてしまいます。もっと個人のレベルで責任を持つような社会にしていかないといけません。さっき言ったように、責任の半分は国民にあります。そのような教育やシステムを作っていかないと、本当の解決はないと思います。


海外では震災での日本人の行動に対する驚きや賛辞は高いが・・・

工藤:日本では3.11に東北地方に巨大な震災がありました。全国のいろいろな市民がボランティアで被災地に行きました。課題に対して政治に期待してもしょうがない、自分たちでやりましょう、という動きがあります。

脇若:イギリスやヨーロッパで評価が高かったのは日本人の礼儀の正しさ、徹底的にお互い助け合う精神ですね。それらに対する驚きや賛辞がすごかったと思います。それに対して、政治はまったく評価がありません。最近起きた閣僚の交代劇を見ていると、呆れています。FT(フィナンシャルタイムズ)の2,3週間前の社説で、日本はもう駄目じゃないかと言われていました。非常にいいという半面、今回、日本がどのような形で立ち直ってくるのか本当に世界が見ているわけです。ですから、いくら民衆レベルや社会レベルで個人個人が頑張っても、外にアピールする力がないとわからないと思います。
 我々はロンドンに住んでいるので、被災地の方に何もできませんが、少なくとも10回以上はドネーション(donation、寄付)のディナー、ランチ、音楽会などに出ました。

工藤:それはどこで。

脇若:ロンドンでやっていますよ。Japan Societyというグループがあります。それのチャリティランチでは、一人当たりかなりお金を出して、立派なレストランでご飯を食べるのですが、その収益が全部ドネーション(donation、寄付)なのです。あと、バイオリニストの葉加瀬太郎さんは何回もストリート(通り)などで活動しています。それによって、震災のために募金をしています。本当にいろいろな形で皆が活動しています。まあそれしかできないのですが、これだけの問題ではないのですが、皆ものすごいサポートをしています。したがって、ある意味メディアのいいところではありますが、津波の映像を見たら、皆がびっくりしますよね。それで日本が立ち上がってくれるのであればいいし、そのために助けましょう、時間かかりますが頑張ってください、ということで、ものすごいと思います。

工藤:イギリスは財政問題や社会保障も含めて、課題がありますよね。課題に対して必ず答えを出すということですよね。それが不人気であっても、それを約束したら実現して、駄目だったら政権交代すると。日本でも課題は同じだと思います。

ただ、そういう課題に関して政治が答えを出さないといけないことを普通にイギリスの世界ではやっているので、その落差を感じているわけですね。

脇若:そうです。財政問題、社会保障の問題、医療の問題、教育の問題、外交の問題、これらは全部にイシュー(issue)があって、それぞれの党がどのようなポジションを持っているかをきちんと説明して、工藤さんもご承知のように、マニフェストも2年ぐらい前から一生懸命準備するのです。それをことあるごとに国民に話をするのです。

工藤:与党も野党もマニフェストを出すわけですよね。


日本の民主主義は成熟するプロセスだと思うべき

脇若:そうです。日本も野党にシャドーチャンセラー(shadow chancellor)やシャドーミニスター(shadow minister)等がいるわけですよ。「シャドーなんとか」という影の内閣の人は、実際政権が起きたらほとんどがミニスターになります。

工藤:ところが、日本では民主党があまりにもいい加減なマニフェストを作ったので、もうマニフェストはいらないのではないかと言っているのですが、それはどうでしょうか。

脇若:さっき言ったように、民主主義がマチュア(mature、成熟した)ではないので、マチュアになるプロセスだと思わないとまずいと思います。そうでなければ、国民は判断できません。

工藤:マニフェストがないといけませんよね。そのようなことを今民主党が直すなら直して、新しく再設定すればいいし、自民党だってそれを出さないと駄目ですよね。

脇若:そうですね。

工藤:それから見るとまだまだ甘えていますよね。

脇若:今言われた話は2つあって、今の政党がいいとしたらそれをベースに二大政党制をだんだん作っていくのか、まあそれが今までの考え方ですよね。あるいはよく言われるように、今の2つの政党をガラガラポンやって作り直していくかというところに来ていると思います。外から見ていると、残念ながら答えが見つからない感じがします。

工藤:日本は出口、未来に対して、答えが見えないということですよね。ということは、もう終わってしまいますよね。

脇若:でもそういうわけにいかないと思います。さっき言ったように、世界は地震の災害の問題だけではなく、バリューチェーン、サプライチェーンだけをとってみても、日本の今回のおかげで、例えば、この前聞きましたがBMWの車がヨーロッパで作れなくなったと言っているのです。要するに、日本の中に部品工場があるのです。サプライチェーンは結構グローバルになってしまい、東北の問題だけではないのです。それが世界に大きなインパクトを与えたのが今回よくわかったのです。そのような意味では世界は単にこれから日本がどのようにリカバーするかを見ているだけではなく、自分たちの問題として見ていると思います。そのためには、先ほども申し上げたように、政治のリーダーシップとよく言われますが、きちんと世界に英語で物を申せる、ちゃんと発信できる人がいないといけません。大勢はいりませんが、1人か2人がきちんとやればいいと思います。

工藤:私は、今の脇若さんとの議論を通じて、一番、心に残ったのは、今の民主主義がマチュアというか、成熟に向かったプロセスだと思わないとまずいのではないか、と言っていることでした。

つまり、今の日本の政治は首相の謝罪から始まって、何も国民との間で約束がない状況になっているのですが、だからマニフェストはダメだ、ではなくて、今の混乱は、国民との約束に基づいて政治が機能する、そうした当たり前の民主主義に向かう過程だと思わないと、ならないということです。

ただ、その際に脇若さんが言っていたのは、民主主義と言っても、結局、個人が責任を持つ社会になっていかないと、本質的な解決はできないのではないか、ということです。
選挙の際にマニフェストを政党が提案する、ということは8年ぐらい前に始まりましたが、その目的は、今までは何でも政治家にお任せしていたのですが、そうではなくて、政党が出しているマニフェストを本当に実現できるのか、それから、どういう風に約束してくれるのかを有権者が自分で判断して、自分達が政治を見ていく、または選んでいくという関係に、大きく変えることが一番のミソだったわけですね。


日本のマニフェストは国民主体の政治に変える試みだった

ところが、去年の参議院議員選挙の時に、民主党のマニフェストの内容はあまりにもひどいのでマニフェストという言葉を外そうという政党もありました。そういう失望感があるのはわかるのですが、ここで必要なのは、有権者が自分達で責任を持って、この政治を自分達でつくっていくというサイクルを作り出せるかどうか、ということが、今、問われているわけですね。

脇若さんもおっしゃっていましたが、イギリスでは、2年ぐらいかけて党でマニフェストをつくって、党首選があり、そして、政府が国民の約束に変えていって、その約束が実現できたかどうか、自己評価まで行うのですね。

その結果できなければ、大臣が辞めたり、政権交代が行われる。つまり、国民に信を問うとか、そういうサイクルがちゃんと出てきているわけですね。

しかし、残念ながら今の日本の状況を見ると、約束が果たせませんと首相が謝罪をしても、何か他人事なのですね。私も首相が謝罪した前後の各紙の新聞を見てみたのですが、これを国民との約束の断念として大きく話題にしている記事はありませんでした。
この謝罪自体、首相が辞める3条件の特例公債法案を成立させるためには、野党がマニフェストを修正してくれと言っているので、それに乗らないとなかなか法案は通らないという国会上の都合でした。


全てが政局話でしか語られない,日本の政治でいいのか

でも、それは国会の都合ではあるけど、国民に対しての約束だったわけです。本当なら、有権者を何だと思っているのだという筋論があってもいいのですが、あまりない。

今の日本の雰囲気が全体的に政局化してしまっている。こうした国民との約束に対する首相の謝罪も、政局の一コマとしか報じられない。そんな政治でいいのか、ということを私は、ぜひみなさんに考えてもらいたいと思うのです。

つまり、今、首相が国民に約束が実現できないと謝罪しても、では約束をどう作りかえるのか、その説明もない。この状況は、国民が非常に軽視されている政治だと思うのです。この流れを変えるということを、今考えなければいけないと思うのですね。少し青臭く聞こえるかもしれませんが、間違いなく、有権者が主役になるような社会にしていかないと何も変わらない、という状況だと思います。

冒頭に言ったように、今、政局はまさに大詰めです。菅首相はまもなく退陣するでしょう。しかし、私たちは政治の世界で、首相が変わるだけで納得してはいけないと思います。 私も、脇若さんが言われるように、日本の政治は民主主義以前の状態にあるように思います。でも、私たちが考えないとならないのは、本当の意味で、国民に向かいあった新しい政治が生まれるかどうかは、私たち次第なのだということです。
だから、私たちは、本当に目を覚まさなければいけない。

ということで、時間です。今日は、海外で働いている人の目、これは意外に真実をつく場合があるのですが、その目を通して、日本の政治、民主主義をどう考えればいいか、ということを考えてみました。さて、みなさんはどう考えたでしょうか。ありがとうございました。

今回の「工藤泰志 言論のNPO」は、ゲストに、世界的な石油会社の社長を務めた後、環境問題のNGOに転職、現在ロンドンで活躍している脇若英治氏にインタビュー。海外からみた日本の今の政治状況などについて議論しました。
ゲスト:脇若英治氏 (クリントン財団 マネージャー )