【インタビュー】デフレ前提に長期戦の覚悟

2002年10月15日

takahashi_s020710.jpg高橋進 (日本総合研究所調査部長)
たかはし・すすむ

1953年東京都生まれ。76年一橋大学経済学部卒業後、住友銀行に入行。90年日本総合研究所着任。現在同社調査部長。98年立命館大学経済学部客員教授、2000年より早稲田大学大学院アジア太平洋研究科客員教授に。現在、財務省アドバイザリー・グループ・メンバー、公正取引委員会金融研究会委員、法務省出入国管理政策懇談会委員を務める。テレビ東京系「ワールド・ビジネス・サテライト」などに出演。

工藤 政府が取り組まなくてはならない経済問題の核心はどこにあると思いますか。

高橋 不良債権の処理をしなければ景気がよくならない、経済の再建が出来ないというのは長期的に見れば正しいと思いますが、各国の例と比べても大きな与件の違いというのは、日本がデフレになっていることです。足元を見ていると、不良債権の処理が遅れて過剰債務の企業が生きているから資源の再配分が進まない、再配置が出来ない、ということもありますが、同時に、景気が悪いから新たな不良債権が発生しているということも事実です。

これを銀行の話で言えば、破綻懸念先以下に分類される企業、これが過剰債務を抱えた企業ですが、ここの処理はそれで当然やるべきだとしても、一方で、要注意先と分類される企業、これは必ずしも過剰債務を抱えている企業ではなくてデフレの中で業況が悪化している企業も多い。もう少し構造的に見ると、中国との競合の中で再編あるいは再生を迫られている企業、または例えば大企業との系列関係が切れてしまうとか、あるいは、企業に対する選別が非常にひどくなっていく中で資金繰りが厳しくなっている、そういう企業がたくさんある。銀行ベースでいくと、そういう要注意先に分類される企業に対する債権残高というのは80兆円ぐらいあるわけです。恐いのは、この過剰債務を抱えた破綻懸念先以下の企業が潰れいていくということもさることながら、要注意先に分類されるような企業債権がどんどん劣化していくことです。日本の最近の不良債権の発生を見ていると、景気が悪くなると10兆円を超える規模でどんどん不良債権が発生します。その問題を解決しなければ基本的には不良債権の問題は解決しないと思っています。

工藤 現在の政府の経済対策への検討の方向性についてはどう考えていますか。

高橋 竹中さんが今後、出してくるであろう案というのは、結局、過剰債務の企業の整理やその結果としての銀行の整理、あるいは公的資金をつぎ込んで銀行経営の悪化をなくす、ということだと思うのですが、それで不良債権の発生が止まるかどうか、というのは、これは全く別問題ではないか、と考えています。事後処理としてはそれでもいいのかも知れないけれども、新規の不良債権の発生を止めるという政策をとらないとこの問題は解決しない。

では、どうするのか、ということですが、そこでは前提とすべきことがいくつかあります。ひとつは、よく銀行の経営者が言うのですが、景気が悪いから不良債権が発生する、だから景気を良くすればいいのではないか、という発想です。ただ、そこで考えなくてはならないのは、どんな手を打ったとしても日本は簡単にデフレから脱却できない、ということです。まずそれを大前提に考えなくてはなりません。公共事業中心の財政拡張策が一時的効果しかないのはもとより、いろんな構造政策、減税だとか規制改革だとかそういうことをやったとしても、それが効果を発揮して再生につながっていくまでには最低でも4~5年はかかると思います。つまり、どういう手を打ったとしてもデフレは続くということをまず大前提にして、長期戦を覚悟してそこから議論を開始しなくてはなりません。

二つ目に、公的資金を入れて金融システムを安定化させるというけれども、かたや株が下落していくという中で金融機関の経営不安が出ている。結局、金融機関は自分の経営不安が恐いので不良債権の処理にも踏み込めないし、思い切ったことが出来ないという状況になっています。したがって、金融システムをきちんと安定させるということが同様に必要になっています。日銀がこの前にやった株の買い取りというのは、株についての金融の不安をなくすという意味で、フォローの政策ですが、それであれば、モラトリアムと言われようが、異常な事と言われようが、例えば会計制度で言えば、時価会計を一時凍結したって構わない。それぐらいの状況だと思います。

それから、もう一つ言えば、デフレを阻止するということでは、不良債権の処理をすると同時に、それ以上の力をもってデフレから脱却するための経済を活性化させる政策を一緒にとっていかないとならない。マクロ政策はそれはそれで必要ですが、その効果は限られているということは認めざるをえないわけです。そうなると、マクロ政策だけではダメで、ミクロ政策を一緒に組み合わせていくしかありません。それは何かといえば、企業再生のための取り組みのために金を使っていくことではないかと思います。例えば新たな金をつぎ込んで新規事業の方向に向かわせるとか、過去の債務を損切りさせるとか、いろんな形で企業再生のための取り組みを別途ミクロベースでやらなければいけない。例えば大手スーパーみたいな企業を整理するということを考えると、まあ一旦は潰さなくてはならないかもしれないけれども、その後、大量の店舗とか雇用を持っている企業というものをどう再生させるかということが非常に大きな課題になってくるわけです。一旦そういう整理淘汰の対象になった企業をどう再生させるか、あるいは、どこかの傘下に入れるにしても当然金がいるわけですから、そういう過剰債務を抱えた企業の再生ということもありますし、要注意先に分類されるような中堅・中小企業の再生ということもある、それらも含めてミクロベースで再建企業をどうするかということを別途考えながら、この数年間をしのいでいかないと、マクロ政策だけでは出口がないと思います。

工藤 経済を活性化させるために具体的にアイデアはありますか。

高橋 一つは、今議論をやっている減税だとか規制改革だとか特区だとかはまだ非常に中途半端なので、さらに強化して実現させていく。それからもう一つは、やはり財政スタンスを変えるべきだろうと思います。中期的には財政を健全化しなくてはならない、そういう意味で、着実に公共事業を削っていかなくてはいけないと思ったら、これは一旦きちんと絵に描かないといけないと思うのですが、一方で、例えば「数年間」ということに決めて、その間に不良債権を処理するということであれば、その数年間については結果として財政赤字が拡大することを容認するとか、そこまで財政スタンスを変えなくてはならない。減税やるにしても何にしても原資が必要になるわけですから、それを赤字という形で拡大しても容認する、と。そういうふうに財政スタンスを変えるということは必要だと思います。

それから三つ目に、主としてミクロ政策になりますが、さっきも申しました企業再生への取り組みですね、再生ファンドを作るとか、昔から言われているけれどもなかなか出来ていないベンチャーとかを育成するための新しい資金供給の仕組みを整理していくとか、そういうことも一緒にやっていく。だから、マクロとミクロ政策を組み合わせて不良債権の処理という問題に対処していく、ということだと思います。ところが、今言われていることというのは不良債権処理をする時に、銀行にとにかく金を入れればいいんだ、と。それからもう一つは、処理していくとデフレ作用が出るから、中小企業を助けるためにまた公的に保証枠というのを拡大しようとか、そういうまた護送船団の話が出てきている、それはちょっと似て非なる対策だという気がします。結局、銀行に金を入れればいいんだという竹中さん流の考え方では、車輪の片方しか廻っていないし、それから、そこでデフレ作用が出るからといって「全部を救うんだ」と言って中小企業にセーフティーネットの網を全部かぶせるというのは、これはまた従来型の政策で、前の繰り返しになってしまう。そういうのではなく、取捨選択して再生できる企業だけを助けていくという政策を、別途とっていくということだと思います。

工藤 結局は、デフレとの同居を覚悟して、その中で経済活性化の対策とミクロでの企業再生の組み合わせということですか。

高橋 そうです。先ほど、どんな政策をとっても日本は簡単にデフレから脱却できないと申し上げましたが、世界的に見ても、やっぱり今大きな転換点に来ていて、冷戦が終わって新しい諸国が台頭してきて、そういう中で世界的にも供給過剰になっているわけです。従来型の政策ではダメで新しい政策をとっていかなくてはならないのですが、そこがなかなか出来てない状況の中では、世界的なデフレ傾向というのはしばらく続くんと思います。先頭を走っている日本は、物価のデフレと資産デフレと両方続いていくと。このことを前提として政策を組み立てなければいけない。不良債権の処理を先延ばしにすることが限界に来てしまっている以上は、そういうデフレと同居しながらこの不良債権の問題を処理していかなくちゃいけないわけです。そうだとすれば、一方の首を締めるような政策だけをとっていくと、どんどんデフレスパイラルに落ちこんでしまう。不良債権の処理をしながら同時に企業再生ということを考えていかないといつになっても良くはならないということです。

特に企業はここ数年間ずっとリストラの努力をしてきている、それでその成果は少しずつ上がってはきています。しかし、デフレで全体が沈んでいくので、ミクロとしての自助努力がマクロでは結局、合成の誤謬で縮小均衡を生んでしまっている。だから企業は、少しずつ自分の財務体力は良くなっているけれども、将来展望が非常に暗いということで、新規の投資を控えるという状況がずっと続いてるわけです。それが経済全体に跳ね返ってまた縮小均衡に陥る危険性をもたらしています。その間に、リストラはしてみたものの企業の競争力が落ちていくということになりかねない状況になってきているわけです。ある程度、企業の体力がついてきているのは間違いないので、それが前向きな投資に向かっていくような環境整備をしなくてはいけない、と思います。

今、日本の企業全体が赤字債務を抱えていて、もうにっちもさっちもいかないというようなトーンで言われることが多いのですが、必ずしもそうではない。過剰債務を抱えた企業というのは基本的に流通・不動産業などの業種に集中しているわけです。それ以外の所は大分、過剰債務処理が進んできていて、財務体力も少しずつ強くなってきている、収益体力も戻ってきている、ただしそれでも投資をしない。それはやはり先行きに対する悲観度が強い、期待成長率が低下しているということが大きい、ということだと思います。期待成長率を上げるためには、不良債権の処理と同時にそれ以外の構造改革に踏み込まなければならない。これはもうこれは避けられない事実だと思います。

(聞き手は工藤泰志・言論 NPO代表)

高橋 不良債権の処理をしなければ景気がよくならない、経済の再建が出来ないというのは長期的に見れば正しいと思いますが、各国の例と比べても大きな与件の違いというのは、日本がデフレになっていることです。足元を見ていると、不良債権の処理が遅れて