竹中平蔵氏 第4話:「社会主義を目指して改革を進めているのではない」

2007年2月21日

070216_takenaka.jpg竹中 平蔵(慶應義塾大学教授,グローバルセキュリティ研究所所長 )
たけなか・へいぞう

1973年一橋大学経済学部卒。89年ハーバード大学客員准教授、90年慶應義塾大学総合政策学部助教授を経て96年より同教授。2001年経済財政担当大臣に就任後、金融担当大臣、郵政民営化担当大臣、総務大臣を歴任し06年9月に退任。11月に慶應義塾大学教授・グローバルセキュリティ研究所所長、 12月より現職に就任。

社会主義を目指して改革を進めているのではない

今の日本の状況というのは、10年前のアメリカのニューエコノミー論と非常に似ていると思います。ニューエコノミー論というのは90年代半ばです。それまで2%台半ばぐらいの成長力だろうと考えられていたアメリカで、いや、3%を大きく超える成長力があるはずだと一部の人が言いました。

それには2つあって、1つは平和の配当、もう1つはIT革命です。それで生産性が上がっているということです。当然のことながら、そんなにうまくいかない、成長力など簡単に上がらないという反論がありました。ところが、現実に何が起こったかというと、この論争は97年ぐらいに決着がついて、今、アメリカの政府も、正式に経済成長力は3.2%から3.3%だと言っている。つまりニューエコノミー論は正しかったということです。

翻って日本も、今、2%を若干下回るぐらいの潜在成長力があると言われていますが、実は同じようなことが日本でも可能になったのではないか。平和の配当はありません。ただ、改革の配当があり得る。もう1つはIT革命で、日本はアメリカを上回るような、最も安くて最も速いブロードバンドインフラをつくったわけです。それで今、システムもどんどん変わっているわけです。そういうことが可能だということを念頭に置いて、成長の可能性を追求しようと言うべきです。

これはアメリカで議論されたときと同じように難しいものです。そんなに簡単だとは思いません。また日本は財政の問題を抱えています。しかし、将来、名目成長率が3%、4%になれば目に見えて自然増収が大きくなってきますから、経済と財政の両立というのは極めて簡単になります。今はそういう面が出てきており、予想以上に自然増収が出てきています。こういうことが、経済が成長すればますます可能だということです。

私は、格差の問題とは、基本的には既得権益を持って改革に反対している人たちのキャンペーンだと思っています。ただ、政策論として考えると、1つだけやらなければいけないことがあります。それは貧困の問題です。格差というと上と下の問題で、上をどうするかという問題に手を入れるのか、ということになります。しかし、これをやれば社会主義です。サッチャーが言うように、金持ちを貧乏人にしても、貧乏人が金持ちになるわけがない。頑張る人には頑張ってもらえばいいのです。

問題は貧困なのです。貧困についてきちんとした調査を行って、それで貧困対策をやればいいと思います。ですから、格差などと言わないで貧困と言えばいいと思います。政府でも、「私たちは社会主義ではない」と言えばいいのです。これが戦略的アジェンダセッティングです。

参院選に向けて、今の日本で何が争点になるかという意味では、1つは貧困対策ですが、もう1つは、ゲートウエー構想だと思います。ゲートウエーのために何をやるかというのは5月に出しますから、これは7月の参議院選挙を明らかににらんでいますので、前向きの政策イシューを出していけばいいと思います。

加えて、私が政策としてぜひやってほしいと思うのは、労働市場改革です。安倍総理の総理指針というのは、その意味では非常に適切で、労働のパートタイムを保険に入れるようにしようということになりました。それはやるべきです。パートタイマーが保険に入れるようになるということは何を意味するかというと、正規雇用と非正規雇用の区別をなくそうということです。現実問題として、正規雇用と非正規雇用の格差はひどいです。同じ仕事をしているのに、片や生産性よりもはるかに高い賃金をもらい、片や生産性より、それを補うためにはるかに低い賃金でやっている。

このような格差は、ほうっておいてはいけません。ところが、これには労働組合が反対します。しかも、パートの人が保険に入るのに対して経営者も反対します。経営者はやはり自らの改革をすべきです。

ですから、安倍政権は労働組合にも経営にも、両方に厳しいことを言うべきです。法人税のことも、企業にだけ甘いと言われている。企業に対して厳しく言うべきところがあります。私は2点あると思う。1つは保険、もう1つは最低賃金です。最低賃金をもっと上げるべきです。そこを揺るぎない決意できちんとやれば、国民は総理を支持します。企業に甘くない、企業にも泣いてもらうところは泣いてもらう。規制緩和やホワイトカラーエグゼンプションだけが出てくるから、こういうことになるわけです。ホワイトカラーエグゼンプションとは、自由と責任なのです。経営には自由を持ってもらったらいい。その代わり、セーフティーネットの部分に責任も持て。ホワイトカラーエグゼンプションというのは自由の部分だけが出ているわけです。

安倍政権に必要なのは戦略的なアジェンダの設定です。そして参議院選挙に向けて前向きの政策イシューでの議論を私は期待しているのです。

竹中 平蔵(慶應義塾大学教授,グローバルセキュリティ研究所所長 )