「地方の再生」と地域提携 3知事座談会 / 第3話:自立への道筋を探る

2008年3月21日

080112_tottori.jpg2008年1月12日
福祉フォーラム実行委員会主催 「Japan'sea 福祉フォーラム8 in とっとり」



出席者:平井伸治鳥取県知事、古川康佐賀県知事、溝口善兵衛島根県知事
コーディネーター:言論NPO代表工藤泰志

自立への道筋を探る

工藤 3人のお話を聞いて、非常に可能性を感じ、楽しみだなと思いました。しかし、私も青森県が故郷で、田舎に時々帰るのですが、地域のバスにしても本当に高齢者ばかり。地方は仕組み的にはなかなか自立する段階まではいっていない。今、条件整備という話もありましたが、本当に、地方が国も超えて世界に向けて動き出すために、どういう仕組みの設計が求められるのか。

古川 江戸時代の末期のころ、佐賀藩も財政難になっているのです。しかたがないからみんなが、今風に言えば、ベンチャー(ビジネス)をやったわけです。例えば、江戸時代の佐賀県の主産業は焼き物(陶磁器類)でした。17世紀半ばごろ、中国は明から清に変わって国内が混乱したので、陶磁器の輸出ができなくなる。そのすきをねらって、伊万里、有田がヨーロッパとかオスマントルコ向けを中心に輸出を始めて、これが主産業になっていくわけです。よく考えると、当時もそうやって域外の富のあるところに自分たちの製品を持っていき、それで富を得て、何とか財政需要を賄っていたわけです。

 そんなことがどうしてできたのかというと、江戸幕府は、実は跡継ぎのこと以外は、あまり細かなことにほとんど興味を持たなかった。珍しい政権だと思うのですが、だから、ある意味放っておいてくれたわけです。

工藤 今は余り放っておいてくれないわけですね。

古川 今はものすごく丁寧に気を使っていただくものですから。でも、例えば、境港の港湾整備のあり方は、わざわざ江戸の幕府に考えていただくよりも、平井知事にお任せするとか、または、もっと身近なところにお任せするほうがむだなこともせずに済む、必要なことが早くできるのではないかと思います。だから、自分たちの目の届くところで、そうしたきちんとした判断をしていく社会にすることが、やりたいこと、やらなければいけないことができることにつながると思う。その意味での分権ということなのだろうと思います。

「国の一律行政が地域の活力を失わせる」

平井 国全体で一律にやろうというのは本来無理があると思いますし、活力を失わさせている原因にもなっているのではないかなと思います。

 例えば、ゲーテは1828年にドイツの主権はすばらしいという話をしている。それはフランスをばかにしているのですが、フランスはパリへの一極集中で、地方には文化がない。ドイツの場合はミュンヘンに、あるいは至るところにそれぞれの領主がいて、その領主は自分のところに美術品を集めたり、あるいは学校を開いたりする。だから、ゲーテは自慢をするわけです。ドイツは主権がきちんとそれぞれの地方に存在しているから、学校がない町はない。そういうことを言うのです。

 これは、実は現代にも通ずる話ではないかと思います。1つのところで全部考えをまとめて、すべてのことを行き渡らせようというのはそもそもシステムとして無理があるわけです。小さな島国とはいえ、1億2000万人の人が住む国ですから、なかなか難しい。

 障害者の自立支援も、もっと現場の感覚で物事を組んでいくようにしなければならないと思います。例えば障害者の問題でも、今3つの障害を1つの対策でやろうというのは理想としては正しいと思いますし、例えば職業を持てるようにしていこう、お金もうけができるようにしよう、それで最低賃金ぐらいは障害者の方も稼げるようにしようではないか。これは方向性としては正しいのですが、ただ、東京で通用することと、鳥取とか佐賀とか島根で通用することとは必ずしも一致しません。

 例えば、こちらは人口が少ない。介護保険であれば、青森もそうですが、高齢化が進んでいるので、高齢者は一杯います。ですから、介護保険のお客様もいて、ある程度のスケールメリットは地方でも大都会でも成立し得る。しかし、障害者ですと、発生率の問題ですから、人口が希薄な地域では、障害者へのサービスを効率よく、といっても、限界があるわけです。例えば、広いところから集めてこないと、20人の施設はできない。そうであれば、実際に送迎のサービスをやらないと、その施設はもたないことになります。これは多分、島根も佐賀もそうだと思います。

 ただ、ここまで障害者自立支援のシステムは予定していないわけです。東京や大阪であれば通える。少なくとも保護者の方とか周りの人が通わせるお手伝いをすればいいということになっていますが、山の奥のほうからどうやって行くのかということになると、これは通用するものではありません。

 あるいは、児童のデイサービスもそうです。障害のある子供で、しかも、学齢期未満の、学校へ入る年頃の前の障害児を鳥取県で集めようすると、人口がそんなに多いところではありませんから、東京や大阪みたいにはうまくいかない。しかし、これは全国一律の要件になっていますから、なかなか適応ができないということになる。

 だから、それぞれの地域なりの福祉の姿があっていいと思うのです。例えば、私どもであれば、障害者のサービスも、高齢者のサービスも、児童のサービスも、みんな一緒に1つの施設で提供するということを考えたい。しかし、現在の国の制度では、託児の施設と障害者とか高齢者のサービスとは相入れないものになっていて、1つの施設にまとめると、補助金返還の問題が生じてしまう。そういう矛盾があるのです。

 この辺は、国のほうの哲学なり法律なりの考え方はわかるのですが、そうはいっても、現場はこうだよというところから物事をつくり上げていくことが必要なのではないか。これが、分権が必要だと言われる本当の理由だと思います。そういうことをぜひ、江戸幕府のころのように、本来は地域の自主性で物事を動かせるように変えていく必要があるのではないかと思います。

「きめ細かなところまで霞が関で決めるのか」

古川 平井知事の児童デイサービスの決まりがおかしいではないかという話ですが、先日、政府主催の全国知事会議のときにも官邸で発言されました。私はなるほどな、と思って、あのときの発言要旨をいただいて、佐賀県はどうだろうと思って調べてみたのです。佐賀県の場合、比較的平地が多くて、大都市がないという点では共通していますが、割とみんなが自由に行き来できる地形的な環境があって、そういう問題はありませんでした。

 つまり、いろいろなのです。だから、この人口の場合はこうだとかと、それもまた一律で決めたらおかしいということなのです。本当に事情はいろいろなので、それをきめ細やかに補助金を配るときの要綱で決めてしまうのは、どうしても無理があるのではないでしょうか。おかしな使い方はだめ、そのときにはピシャッと厳罰が下るとしても、だからといって、そういったきめ細かなところまで霞が関でお決めになるのはどうかと本当に思います。

 サービスを複合させるという話がありましたが、佐賀県は宅老所とか、地域共生ステーションと呼んでいるところで、例えば介護保険なら介護保険のサービス以外のものも必ずやってほしいと、子供でも障害者でもお年寄りでも、そういった人たちをとにかく理由を問わずに預かるというものを、小学校単位で1か所ずつ整備していこうということでずっと進めてきています。

 こうしたことの共通点ではないかなと思うのは、比較的人口が散らばっている地域だと、1か所のところがいろいろな機能を果たさないといけないということです。専門のものをいっぱいつくろうとすると、どうしても遠くから集めないといけない。無理がない形にするには、何でも屋さん的に、コンビニエンスストア的にいろいろなことをやります、やっていいですという仕掛けにしていかないと、サービス提供がなかなかできていかないでしょう。

 今の制度では、それはいいよと国が言わないとできないということになっている。それはいささかおかしいのではないかということをずっとこれまでも訴えかけていて、少しずつ改善はされています。

溝口 おっしゃるように、具体的な仕組みは、地方が創意工夫できるようにしないといけません。その点で遅れているところがありますから、それを進めるのが我々の大きな課題です。

 もう1つは、私も外国に住んでみて感じたのは、日本の地形は山や川で分断されていて、ヨーロッパやアメリカなどと比べると、平坦なところが少ない。つまり、発展の条件は良くはない。そういう後進国が先進国に追いつこうとするときは、大体、先進国の高い技術・文化がまず入ってくる大都市から発展していく。今、アジアでそれが起こっています。中国では上海とか北京といった大都市が発展して、農村は貧しいままということが起こる。これはある意味で発展するときの1つのパターンです。

 そうした発展の過程で日本が行ったことは、そういう遅れた山間地域でも、大都市と同じような基礎的な行政サービスが受けられるようにするということです。それをずっと戦後やってきたのです。教育がその典型です。社会保障も同様です。その過程で、あまり平等というか、どこでも同じようにできるようにするために国の行政がやや細かくなり過ぎたから、そこを逆転しなければいけない時期に差しかかっていると思います。地域、地域で多様性を認めていい時期に差しかかっていると思います。しかし、まだ格差がありますから、その格差の是正は、国の地方に対する財政の手当ての充実という形で行っていかないといけません。近年、日本全体の経済が悪くなったため、効率性の追求にやや施策の重心を移してきましたから、それは少し戻してもらう必要がある。そういう動きが最近、少し始まりましたから、それを推し進めていく。それが1つです。

「若者がもう少し地方に残るような政策を」

溝口 もう少し大きい目で見ますと、島根もそうですが、そんなに就職の場が増えないので、若者は大都市に行って働き場を見つけようとする。大都市は刺激もあって、何でもあって、流行も早いし、チャンスもあり、若者の期待に応えてくれるような気がします。しかし、私は東京に長く住んでいましたが、大都市の環境とか、いろいろなことが影響していると思いますが、だんだん我々の子供たちが大都市に住んで子育てするのは難しくなっているように感じます。

 大都市に若い人たちが随分集まる。時々、東京に行って都心を歩くと、若者だらけで、我々は圧倒されるような感じがあります。しかし、日本全体を見ると、ややバランスを欠くようになっている。もう少し若者が地方に残るように国は政策として取り組まなければいけない。格差があるから支援をする、貧しいから支援をするという視野だけではなくて、日本全体が各地に生き生きした文化がある、生産の場がある、そういうふうにするためには何をしたらいいか、という、もう少し広い視点が必要です。それには、地方を住みやすくすることが必要です。地方のさきほど申し上げたような条件整備をもう少しやる、あるいは国立大学でも、大体、大都市にありますから、それを本当はもう少し地域分散をする、等々、いろいろなことがあり得ると思います。そういう目で国づくりをやっていく。これは島根県だけの問題にとどまりません。地方から声を上げていかなければいけません。

工藤 そこはどうでしょうか。地域に戻りたくても働き場がないというのも一方であります。たまに帰るのは非常にいい。ほっとするのですが、暮らせない。

溝口 そこに産業を起こさないといけませんね。それで、我々は産業を起こすのにどうしたらいいかと一生懸命なのです。

平井 確かに、溝口知事がおっしゃるこの論点が今の中心課題になってきたと思います。国は少し道行きを誤りつつあるのかなと思います。東京一極集中で全部集中していることは、子育てもやりにくくなったという話でしたが、それだけではなく、本当は高コスト構造も生んでいる。例えば、地代や住宅費、あるいは物価にしても高くなってくる。集中がゆえのコストがかかっている。よその国なら、こういうものは本来、地方に分散されて、それぞれに土地があり、それを活用し、そこの人を活用し、となっていく。そうならないとおかしい。

「いまは第2の過疎時代、国は産業再配置を」

平井 現在のように全国一律の制度だけでやっていくのは、どうもうまくいかないと思いますので、私は、ぜひ古川知事、溝口知事にもご理解をいただいて、産業を再配置するための改革手法を、国としてとるように働きかけなければならないのではないかと思います。例えば、企業が本社を佐賀県に移したら、それについて国は恩典を与える。税法上だとか補助金とか、そういうものを本来はやるべきではないかと思うのです。

 人口動態統計をみると、鳥取県は昨年、平成19年10月に60万人を切ってしまい、59万9830人です。ちょっと増えたり減ったりはしているのですが、まだ60万には届かない。なぜ減っているのか調べてみました。1つは自然減があります。少子高齢化ですので、お年寄りのほうが多くて、子供が少なければ、これはどうしても自然減になる。この自然減もだんだん大きくなっている。もう1つ特徴的なのは、平成14年くらいから社会減が起こっている。それまでは社会減は起きたり起きなかったりだったのですが。

 実は佐賀県も島根県も、平成13年、14年ぐらいから急に社会減が増えている。これは全国そうなんです。青森県も、秋田県もそうです。実は今は第2の過疎というべき時代なのではないか。今回は前の第1の過疎の時代であった高度成長期と違い、自然減と社会減が同時発生しているので、非常に深刻な状況だと思います。ようやく、ことしの正月になって、総務省が何かそうした地方への活性化の話を始めようとしているように見えるので、それはいいことだと思いますが、とにかく地方に産業を再配置するような新しいことを考えなければいけないと思います。

 それは無理やりと思われるかもしれませんが、実はそうではない。例えば、今、両知事にも飲んでいただいている「よなごの水」というペットボトルの水です。これはどこがつくっていると思いますか。これは米子市がつくっている。市の水道局の水をペットボトルに入れて売っているのです。

 実は、この会場でエコアジアという環太平洋地域などの環境大臣の会議をやりまして、そのときに米子市の水道局長が試みにつくってみたものです。そうしたら、なかなかおいしいということで、すっかりその気になりまして、そのうち売り出した。それがこの「よなごの水」です。今、この米子の水だけではなくて、倉吉市も水を売っていますし、本当のミネラルウオーターもコカ・コーラが既に工場を置いています。さらにことしの夏までには、サントリーが新しい工場をつくります。奥大山の水です。今、水と生きるというサントリーのロゴと一緒にコマーシャルが始まり、大山のすばらしい景観が全国に流れるようになっています。

 さっき溝口知事が強調されたように、見失われかけていたけれども、なるほど、本来、価値があることに今ようやく気付き始めている。ですから、食品加工業、あるいは伝統産業、そういうものも含めて、産業も新たな活性化ができる時代になってきたのではないかと思います。

 かつて新産業都市(建設促進法)などで産業分散をしたときに、各地域にそれなりの企業が立地しました。我々、鳥取県で言えば、電子産業や自動車関連の産業というものもありまして、技術もばかにならない。例えば、大画面のテレビの後ろ側にプラスチックのパネルがありますが、あの成形パネルをつくる型枠の全世界の8割を鳥取県の中小企業がつくっているのです。

 このように、それぞれの地域に、それなりの技術もあるので、決してできないことではないと思います。それぞれの人口規模、例えば70万、60万に合うような本社機能や産業機能の移転を、本来は進めていくべきなのではないかと思います。

工藤 つまり、地域にはそうした種がいっぱいある、それをうまく生かす仕組みをつくりたいということですね。

平井 そうです。実際企業誘致などに行ったりして、それでいろいろな手ごたえもないわけではありません。


Profile

080112_shimane.jpg溝口善兵衛(島根県知事)
みぞぐち・ぜんべえ

1968年東京大学経済学部卒業、大蔵省入省。77年から80年在西独大使館書記官。80年主計局主査、大臣官房企画官、銀行局企画官、85年世界銀行理事代理。89年国際金融局開発政策課長、国際金融局総務課長、93年副財務官。94年在米国大使館公使。主計局次長、総務審議官、官房長、国際局長を経て、2003年財務官就任。04年より国際金融情報センター理事長。06年退任。

080125_tottori.jpg平井伸治(鳥取県知事)
ひらい・しんじ

1984年東京大学法学部卒業後、自治省入省。福井県財政課長、自治省選挙部政党助成室課長補佐、カリフォルニア大学バークレー校 政府制度研究所客員研究員鳥取県総務部長、副知事、総務省自治行政局選挙部政治資金課政党助成室長を歴任後、2007年 2月に総務省を退職し、4月鳥取県知事選挙初当選、鳥取県知事に就任。

camp4_saga.jpg古川 康 (佐賀県知事)
ふるかわ・やすし

1958年生まれ。82年東京大学法学部卒業後、自治省(現・総務省)入省。自治大臣秘書官、長崎県総務部長などを経て、03年無所属から佐賀県知事に当選。日本で初めてマニフェストを掲げて選挙を戦った政治家の一人であり、当時全国で最も若くして知事となった。07年に再選を果たし、現在2期目。全国知事会政権公約評価特別委員長。「がんばらんば さが!」をキーワードに、「くらしの豊かさを実感できる佐賀県」の実現を目指して県政に取り組む。

071113_kudo.jpg工藤泰志(言論NPO代表)
くどう・やすし

1958年生まれ。横浜市立大学大学院経済学修士課程卒業。東洋経済新報社で、『週刊東洋経済』記者、『金融ビジネス』編集長、『論争 東洋経済』編集長を歴任。2001年10月、特定非営利活動法人言論NPOを立ち上げ、代表に就任。