日中共同世論調査の結果から、今の日中関係を読む

2011年8月18日

2011年8月15(月)収録
出演者:
高原明生氏(東京大学大学院法学政治学研究科教授)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)

第1部:自国のメディアを通じて形成されがちな世論

工藤: こんにちは。言論NPO代表の工藤泰志です。さて、言論NPOでは「言論スタジオ」と題して3.11の震災のときからさまざまな議論を行っております。今日は、8月11日に私も行ってきたのですが、北京で公表した日本と中国の共同世論調査の結果について、分析してみたいと思っております。そこでゲストとして、中国問題に非常に詳しい東京大学大学院法学政治学研究科教授の高原明生先生に今日は来ていただきました。高原先生、どうぞよろしくお願いします。

高原:よろしくお願いします。

工藤:さて、言論NPOでは2005年からこの世論調査を中国と共同で行っています。2005年当時というのは、小泉首相の靖国参拝もあって、中国が非常に騒然とした雰囲気で、反日デモがあった、そういう時でした。そのときに僕たちはこの世論調査をやりたいということを中国に提案して、実現しました。ただ実を言うと、この世論調査というのは中国でそう簡単にできるということではなくて、その実現のためには大変な苦労がありました。始めはかなり反対されました。しかし、どうしても私たちは、相互理解を深めるためには、お互いの国民の認識をきちんと理解するところから始めなければいけないと主張し続け、共同の世論調査を実現させたのです。まず高原先生、中国で世論調査をやるということの意味というか、それをどういうふうにとらえればよろしいのでしょうか。

高原:中国で世論調査をするのは大変に難しいのですね。ですからそれを長年にわたって毎年続けてこられたというのは、とても意義のあることだと思います。と言いますのは、日本ですと政府も定期的によくやっていますし、メディアだってしょっちゅう世論調査をやるので、我々にとっては普通のことなのですけれども、中国ではそういうのはほとんどないわけですね。中国のメディアというのはご存知のように共産党の考えを庶民に伝えるための道具、それが中心ですから、メディアは普通そういうことはしません。政府としても定期的にやるということをこれまでやっていなかったので、そういう土壌のない、背景のないところで色々なご苦労があったのではないかな、というふうに思っております。

工藤:私もやるときは、高原先生がおっしゃったような事情をあまり知りませんでした。ある意味で素人でその怖さを知らなかったのですが、専門家からは、そんなことを言い続けたら捕まるのではないか、とまで言われました。ただそれでも、やはりやってよかったと思っています。やってよかったというのは、やはり中国の国民が日本に対してどういう基本的理解をしているのか、ということがこの調査ではっきりわかったんですね。そこのフリップから見ていただきたいのですが、僕たちが世論調査の1回目をやって一番初めに驚いたのは、中国の国民の約60%が今の日本を軍国主義だと思っているということだったのですね。日本が平和憲法を持っていて平和主義と思っている人は10%程度でした。私たちは日本というのは平和憲法下で民主主義の国だと思っていたのですが、中国の国民はそうは思っていなかったということに非常にショックを受けたことがありました。

それでどうしてなのだろうということで、この世論調査を色々と見ていったら、そもそも日本と中国の国民はお互いの国を訪ねた経験が本当に少ないのですね。そうなってくると、日本に対する認識は自国のメディアに依存してしまうということがありまして、メディア報道の役割ということも非常に重要になってきたわけです。こうした傾向はその後は減少していますが、それでもまだ36%の中国の方が、現在の日本を軍国主義と見ているといます。

こういう中国側の基本的な理解に関して、高原先生はずっと中国を研究されておりますので、どういうふうに考えればよろしいのでしょうか。


日本の企業、大学や官庁は中国語で議論発信を

高原:おっしゃるように、来年は日中国交正常化40年になります。40年も国交があって、往来があったはずなのです。日本も国際交流基金を中心に色々な文化交流を行い、それから日本の大学もたくさんの留学生や研究者の受け入れをやってきたのですが、なかなか日本理解が浸透しないという現実があるわけです。それはなぜなのか。日本側ももっと努力をするべきであって、例えば、今、中国もインターネット文化ですから、情報伝達としてテレビももちろん大事、伝統メディアももちろん大事なのですけれど、インターネットを見ている人が増えています。しかし、中国語でホームページを持っている会社が、今の日本にどれだけあるか、大学がどれだけあるか。政府部門があるか。まだまだ努力が必要だというところもあるでしょうし、それから基本的にはそういった伝統メディアというのは共産党の統制下にあるので、共産党が伝えたい日本のイメージ、これを報道するほかはないのですね。ですから共産党支配というところがこれまでは強かったわけで、そういった諸々の理由から中国側の日本理解が進まなかったのではないでしょうか。


中国はもっと文化外交の努力を

日本側から見ると、もっと中国は文化外交的なこと、つまり、日本がこれまでやってきたことのような交流の努力をしてほしいと思うのですね。日本の観光客は中国に行っていないことはないのですが、例えば大学の教員やジャーナリストでもいいのですが、日本から中国に積極的に招いたり、国会議員を招いたりする。今までもやってきたというふうに言われるかもしれないけれども、こういう結果を見ると、まだまだ足りないのではないかということがよくわかると思います。

工藤:高原先生のところにも留学生が来られていると思うのですが、僕たちも中国の留学生と話すと、「これが日本だったのか」ということを言って帰っていきますよね。今までと全然認識が違うと。だから実際に目で見るということが非常に重要ですね。

高原:そのとおりで、観光客が中国から来る人も増えている。これはとてもいいことですよね。印象がすごく違うと思いますね。

工藤:そういう状況で、なんとなく僕たちから見ると、近くに中国の方もいらっしゃるので、すごくいっぱい来ているような感じがあるのですが、そもそも中国は人口がすさまじく多いわけです。この世論調査はもう7回やっているのですが、やはり中国から日本に来られた方というのは10%にも届かない。まだ1割未満という状況です。

私たちの世論調査では、日本の有識者、中国は大学生を対象に、世論調査と同時にアンケート調査をやっています。この人たちの属性というのは日本に何回か来ている人とか、日本に友達がいるとか、それから日本の有識者というのはビジネスで色々と直接的に中国の現状を知っている。そういう人たちにも調査を実施し、世論調査と対比してこの7年間を分析をしてきたわけです。そうすると、先程言った日本のことを軍国主義だと思っている人が少ないなど、色々な問題が少しは納得できるような数字になっているわけです。そういうことを比べながらやったのですが、ここもまた問題が最近出ていまして、今まではメディアに依存して認識を作っている人と、直接的な経験がある人との違いが、この基本的な理解でかなり見られたのですが、最近では直接的な交流がある人のほうが、何となく中国に対する脅威感が増えている。つまり、相手国を知ることでその違いが見えてきたということがあって、過去の世論調査とは異なった傾向が鮮明になり始めている。この傾向を、どういうふうにご覧になりますか。

高原:日本から中国を見ますと、中国を理解するというときに、古代からの伝統中国、中国文化、我々もなじみ深い色々な小説等がありますよね。旅行に行ってもそういう名所旧跡をまわるという理解と、現実の今まさに昇竜のごとく勢いよく台頭する中国の現実という両面がありますよね。なので、その後者のほうをよく知っている人からすれば、色々と気をつけなければならない点もある、という理解のほうが先に立つ人が増えている。そういうことかなと思います。

工藤:そうですね、あとメディア報道に関しても、7回も世論調査をやっているとちょっと変わってきました。中国の人は、自国のメディアがかなり公平で客観的だという人が相対的に多い。最近はちょっと減ってきているのですが、日本の国民は、有識者もそうなのですが、中国問題を報道している既存のメディアの報道が、客観的で公平だというのは確か3割もいかないという結果になっています。このメディアに対するお互いの認識というのはどのように見ればよろしいのでしょうか。


中国人は、官製メディアの議論を素直に受け入れる

高原:中国の人たちのひとつの特徴かもしれませんけれども、自分の国の中の政治に関する報道は、眉に唾をつけて見る、聞くという習慣があるようですけれども、国際報道に関しては、比較的官製メディアの情報を素直に受け入れるという傾向があるのではないかと思いますね。やっぱり官製メディアのほうも非常にパワフルで巧みと言いましょうか、メディアというのは強い影響力を持っているなというふうに思います。一例を挙げますと、改革開放という概念がありますよね。改革開放30周年だと2008年にさかんにやったわけですね。1978年のある会議で改革開放が始まったということになっていますよね。みんなそれに、強い言葉を使えば洗脳されてしまっているわけですね。どころが、人民日報で最初に改革開放という概念が出た年は何年か、これは中国人も誰も正解は答えられない。中央文献研究室という中央の大事な文献を集める総本山みたいなところもわからない。これは実は1984年なのですよね。いつの間にか、私たちはそう思い込まされている。やっぱりメディアの力というのはものすごく強いなと、中国のメディアを私の場合よく見ているのですけれども、そういうことを本当に強く感じます。

工藤:僕は中国に行って、ホテルでテレビを見ると、抗日戦争のドラマがよく放映されていますよね。ああいう問題というのもやはり影響しているのではないでしょうか。

高原:それは大きいと思いますよね。やはり学校で習うことを取り上げる方が多いのですが、それだけではなくて、広い意味での社会化の過程の中でどういう情報が入ってくるか、これが大切なわけだし、テレビはビジュアルな映像ですから、インパクトが強いわけです。ただ、ああいうことをあまりやると日中関係にとってはよくないのではないかと我々は当然思いますし、中国でも最近そういうふうに思う人が増えていますね。


なぜ、今の日本を軍国主義と見る中国人がいるのか

工藤:さっき軍国主義の話を例示で挙げたのですが、長年、中国を研究されてきた高原先生からみてどうなのでしょうか。僕は、非常にびっくりしました。何で今の日本が軍国主義だという意見が半分以上あるのかと。誰もがびっくりしたのですけれども、これはどういうふうに理解すればいいのでしょうか。

高原:さっき工藤さんがおっしゃったように、抗日戦争のイメージというのが繰り返し再生産されてインプットされてくる、というのが最大の理由だと思いますね。


日本では日中関係に関するメディア報道は信頼を失いつつある

工藤:なるほど。その中でさっき言った見るチャンスとか知るチャンスがまだまだ不足しているので、なかなか変わらないという状況ですね。それに対して日本は、国民のメディアへの信頼が失われてきているということなのですかね。

高原:そうですね。そうなのかもしれません。それこそグローバル化とともに日本の企業も海外進出をここ何十年か遂げてきて、日本人は、海外の情報に直接、接する機会が増えていますよね。そうすると、メディアとは別の違う角度から物事が見られるという人が増えている、そういうことが一般には言えるのではないでしょうか。

工藤:中国というのは非常に大きな像みたいなもので、たしかにどこから触るかでその部分は分かりますが、全体像はなかなか見えない。そういう経験はありますかね。

高原:それはそうですよね。日本のメディアの方も北京や上海や広州にいらっしゃいますけれど、もっと色々なところに順番に出て行く。これはメディアだけの問題ではないのですけれども、中国は今どこで何が起きているのかというのがよくわからなくなっているのですね。中国って今どうなっているのと聞かれて、まあ北京や上海に住んでいれば、その町の様子はわかりますけれど、一歩外に出るとよくわからない。それだけ色々な多様性がより強くなっている、それが今の中国だと思いますので、本当のところは中国中にいろんな人を派遣して調べてもらいたいくらいの気がします。

工藤:わかりました。ちょっと休息をはさんでですね、今年の7回目の日中世論調査の結果を分析していきたいと思います。じゃあ休憩に入ります。

   


8月15日、東京大学大学院法学政治学研究科教授の高原明生先生をお迎えし、先月北京で公表した日中共同世論調査の結果について議論しました。

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