「社会保障と税の一体改革」を評価する

2011年12月10日

2011年12月5日(月)収録
出演者:
鈴木亘氏(学習院大学経済学部経済学科教授)
西沢和彦氏(日本総研主任研究員)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)

第1部:初めの一歩にすぎない「一体改革」

 工藤:こんにちは。言論NPO代表の工藤泰志です。さて、今日は、野田政権の12月の最大のテーマになっている「社会保障と税の一体改革」について評価をしようということで、話を進めさせていただければと思います。

まず、今日のゲストの紹介です。お隣が学習院大学経済学部経済学科教授の鈴木亘さんです。鈴木さん、よろしくお願いします。

 鈴木:よろしくお願いします。


工藤:そのお隣が、よく出ていていただいているのですが、日本総研主任研究員の西沢和彦さんです。西沢さん、よろしくお願いします。

 西沢:よろしくお願いします。


工藤:まず、この社会保障と税の一体改革というのは、そもそも何なのか、ということから話をしていただきたいのですが、鈴木さんからお願いできますか。


社会保障財源の穴埋めが、今回の「改革」の柱

鈴木:政府の説明という意味では、社会保障と税の一体改革ということで、「社会保障」が前にきていますので、社会保障改革をして将来も持続可能な社会保障制度をつくる。そのための財源として消費税を5%上げる、という説明の流れになっています。ただ、私の理解で言えば、まず、この議論の出発点は非常に大きな財政赤字が発生していて、その中心として社会保障が財政赤字を発生させている。具体的には、高齢者3経費と言いますが、高齢者医療、介護、基礎年金ですね。これにかかっている金額に消費税を5%充てるということが、出発点となっていたのです。ですが、今は、高齢者3経費に対して、消費税で賄っている分が全然足りなくて、その額が丁度10兆円ぐらいの金額になるわけです。この10兆円という金額が、消費税でというと5%のうち、国が使える分の4%に大体あたりますから、それを何とかしようというのが出発点です。財政赤字が広がっていますが、それによってちょっと歯止めをかけようということです。ところが、それを財政再建の為だけに、要するに高齢者3経費で穴が空いているので、それを消費税で埋めます、という理屈では国民が納得しないだろうということで、社会保障の機能強化といいますか、社会保障をもう少し充実させるので、それをエサに消費税を上げさせてくれ、というのが出発点だったと思います。しかし、思いの外、エサに使うものが随分話が広がっていった。もちろん、財政再建に残る部分も少しはあるのですが、実は、消費税を5%上げても、社会保障で出ていくもの、あるいは何もしなくても、これからどんどん増えていく「自然増」と呼ばれているものが随分あります。

工藤:毎年1兆円ぐらいですよね。


消費税5%増税は、あくまでも負担増の第1歩

鈴木:そうです。ですから、これをエサに、消費税を5%上げるというのでは、全然足りなくて、もし上げるとしても最初の一歩ぐらいの話であるというのが、この税と社会保障の一体改革というものだという風に思います。

西沢:スケジューリング的なアウトラインを補足しておきますと、自公政権の時に所得税法の改正の附則104条で、2011年度中に消費税引き上げの法案を準備すると既定されていました。これは、民主党政権になっても引き継いだ形になりまして、鈴木先生がおっしゃったように、この社会保障をエサに消費税を上げるという仕組みもそうです。ですから、今の野田政権は、必死になって消費税を上げようとしているわけです。2011年度中ですから、来年の通常国会に出さないといけないので、一生懸命やっているという状況です。消費税率の引き上げ自体は、2010年代半ばまでにということです。民主党は選挙を経てと言っていますので、衆議院選挙の後に、1回か2回、3回に分けて引き上げる水準を考えているのだと思います。

工藤:鈴木先生のお話の中にあったのですが、高齢者3経費が10兆円ぐらいあるということでしたが、本来、今回の消費税引き上げでそれを埋められればいいのですが、それを埋める形ではなくて、その他に社会保障の自然増分、それから基礎年金の国庫負担の2分の1とか、機能強化とか色々なことが入ってきて、本来、高齢者3経費の穴埋めということで、全部を賄うという状況ではなくなってしまったということですか。

鈴木:もちろんそうですね。それから、いつの間にか高齢者3経費ではなくて、社会保障4経費ということになっていて、子育て支援も1兆円ぐらい乗っかってしまっているので、それでは全然足りない状況です。

工藤:ということは、今回5%の消費税の増税になると言われていますが、それだけでは終わらないという段階になってきているわけですね。ここに関して、付け加えてお聞きしたいのですが、私の理解では、今、政府は3つ約束があると思っています。1つは、2015年には、プライマリー赤字を半減する。赤字を半分にするためには15兆円ぐらい減らさなければいけない。一方で、社会保障の自然増はそのまま容認する、ということですね。そして、その先には国際公約になっているかはわからないのですが、2020年までにプライマリー赤字をゼロにする。先日の内閣府の試算を見ると、その頃にはまだプライマリー赤字が17兆円ぐらいあるのではないか、と言われている。そして、世界ではEUの経済危機をベースにして、財政に対する信用リスクに、かなり市場が敏感になってきている。そういう環境下にあるという中で、こうした社会保障と税の一体改革が動いているという理解でよろしいのでしょうか。

鈴木:そうですね。国際公約と厳密に言えるかどうかというところについては、私は疑問に思っていて、菅さんの時には確かに、2020年度までのプライマリーバランスの黒字化、プライマリー赤字をゼロにすると言っていたのですが、その後、震災が起きて色々と状況が変わりました。今回、野田さんがG20に行って、色々と言いましたけど、むしろ日本が1人で喋ったというだけの話で、相手がいて話していたというのではない。今回は、むしろヨーロッパの危機の話が中心だったので、どこまでそれが日本の公約として注目されているのか、という点は疑問です。が、基本的にはそういう流れの中の一部と考えていいと思います。

工藤:その視点で見ると、社会保障から外れて財政の視点になるのですが、例えば、今、私が非常に気になっているのは、消費税を5%上げたとしても2015年の段階で、かなり赤字が残ってしまう。一方で、社会保障の経費はどんどん増加する状況に歯止めがかかるわけではない。その状況の中で、とりあえず5%を上げて進めるということになると、私たち国民から見ると、このプロセスは、まず初めにこれから始まる増税に「覚悟」を決めて、スタートしないといけないという感じがしているのですが、そういう説明が、政府側から何もありませんね。どうなのでしょうか。


今のままで出発点もゴールも分かりにくい

西沢:自公政権の時には、プライマリーバランスがゼロになるまでを最終目標にしていました。例えば、自公政権では2011年度にプライマリーバランスはゼロというシナリオを描いていました。プライマリーバランスがいいのかどうかは別にしまして、本来であれば少なくともプライマリーバランスがゼロになるまでのゴールを定めた上で、その途中経過として、今回の消費税の増税がありますということを説明しないといけないと思います。野田首相が消費税増税に命をかけるとおっしゃっていますが、これで政治も国民もボロボロに疲れ切ってしまって、次のステップに進めないのが、一番怖いことだと思います。それが、工藤さんが先程おっしゃった「覚悟」だと思います。

工藤:確かに、全体的なゴールがいまいち見えないですよね。つまり、財政再建なら政府としてこういう目標を実現したいので、国民にこういうことを理解してほしい、と。それから、社会保障に関しては、こういうゴールがあるから、それに対して国民に理解してほしい、とか、そういう説明を聞いたことはまだありません。

鈴木:それどころから、現状がどうなっているのかさえ今回は全く説明がないわけです。だから、年金の話で言えば、唐突に今の年金財政の状況がよくわからないのに、支給開始年齢を68歳から70歳まで上げるという話が出てきて、これまでは100年安心プランで大丈夫だったのではないの、という話になってしまうわけです。そうすると、その話を引っ込めたりするので、その出発点もわからない。ゴールもわからない。だけど、何だかわからないけど、消費税を上げたいということでは、覚悟を決めてもらうのは構わないのですが、国民も納得できないと思います。私が怖いのは、西沢さんが言ったように、疲れ切るということもそうですが、ここで終わりだ、これさえ乗り切ればいいのだという気分になってしまうのが怖いですね。その後、それでは足りないわけですから、まだまだ色々なことをやっていかなければいけない、本当に最初の一歩に過ぎないので、ここで終わりのムードをつくってしまうのはまずいと思います。

工藤:今の話は、非常にその通りだと思いました。西沢さん、その出発点も明らかにならない。なぜ明らかにしないのですかね。つまり、今、私たち国民が直面している財政、社会保障そのものの重さというか、どれぐらい大きな問題に僕たちは直面しているのか、ということを、政府はなかなか説明しませんよね。自公政権の時にも、何回言っても100年安心だよと言われてしまった経緯がありますが、どうでしょうか。政治としてもそこまで国民を説得するという自信がないということなのでしょうか。

西沢:その説明責任を端折っていると思うのですね。今の状況をつまびらかにすると、パニックや衝撃を受けるだろうと。それを冷静に説明しようという説明責任を端折って、100年安心と言ってみたり、あるいは当面5%と言ってみたりするわけです。本当に責任感があれば、今の財政状況を明らかにして、ゴールに向けて、皆さんこういったプロセスで進みましょうと言うべきなのに、そこまでの責任を負う気持ちもないし、能力もないのか、また国民のレベルを軽く見ているのか、とりあえず5%です、と。あるいは、100年安心です、と言って乗り切ろうとしているわけで、それを我々は胡散臭く感じるわけです。


今回の改革は、持続可能な社会保障を目指す布石でもない。

鈴木:もう1つは、政治主導ではないのですね。官僚主導であるという証しだと思います。つまり、厚労省はずうっと100年安心プランというのを言ってきたわけです。途中でリーマンショックなど色々なことがあって、さすがに100年安心プランは無理だろうと思っている状況下でも、色々な粉飾決算をして、100年安心プランというポジションを張ってきたわけです。それを1回崩さないと、これから大きな年金改革をやりますとか、税と社会保障の大きな改革をやりますということは言えないわけです。それは政治主導ではなくて、厚労省のペースで色々な内容が出てきていますので、厚労省サイドとしては、それは間違いでしたということは言えませんので、出発点が全然出てこないということは、まさに政治主導ではないということの証しだと思います。

工藤:今、僕らが直面している課題に今の政権に政治主導でできるものなのでしょうか。つまり、官僚主導、政治主導という言葉に、僕たちも新鮮な響きを感じがこともあります。しかし、政権交代をして、政治主導と言った政治主導がどこで実現したのか。小さい仕事を官僚と取り合ったり、そういうことだけですよね。

今の話について、私たちはアンケートをやってみました。そうすると、今の私たちの話で出たことが裏付けられるような感じでアンケートの答えがありました。まず、今回の「社会保障と税の一体改革を知っていますか」という質問を見ると、ある程度は知っているという人が7割ぐらいでした。ただ、「この改革が実現すると、安定した財源のもとで、持続可能な制度になると思いますか」と尋ねると、やはり6割近くがならないだろうと回答しています。それから、よくわからないという人も24%ぐらいあるという状況でした。昨日、テレビを見ていたら、京都で行われているILOか何かの総会で、野田総理が「私は少子高齢化でも対応できる、持続可能な社会保障制度をつくるために、今やっているのだ」とおっしゃっていました。しかし、これまでのお二人の話を聞いていると、今回の社会保障の問題は、そのためのプランニングではない、ということが分かります。この辺りは改めてどうでしょうか。鈴木さん。

鈴木:結論から申しますと、全く持続可能な制度になるための布石ではありません。

工藤:一方で、さっき鈴木さんがおっしゃいましたけど、本来、元々は3経費の赤字分を何とかしようとしていたのですが、結果としてそれを埋めるということに集中したわけではなくて、他の物、つまり基礎年金の問題とか、自然増に対応させるなどですね。そうなってくると、仮に財政のプライマリー赤字を2015年以降、ゼロにするという目標を入れなくても、穴埋め、それから自然増で、消費税を再び上げなければいけない。

鈴木:そうですね。今、自然増と呼ばれているものが、毎年1兆3000億円ぐらいずつ増えていますので、2年で消費税1%分という計算になります。そうすると、10年で5%となります。しかも、今回、機能強化と言って、また財政の支出増も入れていますので、そういうものを入れないとしても、自然増だけで、単純に10年で5%上げる必要があるということになります。

工藤:すると、さっきの穴埋めのところがそこに入るわけですね。すると、今回は、5%の内1%を使うという計算ですよね。

西沢:機能強化にも1%使う、という計算です。
工藤:すると、まだまだ穴埋めは結構ありますよね、消費税の増税は広がる。

鈴木:でも、それをしても、社会保障の穴を埋めているだけで、それ以外の穴も沢山あるという意味では...。

工藤:財政の国債を除いた税収と歳出が赤字になっているという構造は、まだ残っているわけですね。

鈴木:今言っている3経費というのは、社会保障の中の一部なので、それを埋めるのに消費税が5%必要だったという話で、他にも穴があいているというものは沢山あるわけです。それに加えて、社会保障だけではなくて、まだ他の部分でも穴が空いているので、それを色々埋めて、プライマリーバランスをゼロに持っていくという話になると、さっき言った、
5+5+5でも足りないわけです。


2020年には消費税が20%ぐらいには、なる

工藤:西沢さん、このシミュレーションをしたことありますか。プライマリーバランスをゼロにして、今の社会保障の穴を埋めて、自然増に対応させたら、2020年にはどれぐらいになると見ていますか。

西沢:消費税だと、普通にざっと見ても20%ぐらいになってしまうと思います。

工藤:それを越えちゃいますよね。その頃は、日本の個人金融資産があるとか貯蓄がまだあるとか言っていましたけど、20年までの間に、急速に悪化して厳しくなっていきますよね。すると、財政的に見ると、日本もEUと同様にかなり厳しい段階に入っていくということになりますよね。

鈴木:そうですね。それから、もちろん、増税ということになりますと、成長率も下がってしまうわけですね。それ自体が景気を悪化させる要因でもありますが、増税をして今の社会保障など、国がやっている官の部分を温存するわけですから、生産性は非常に低いわけです。むしろ、民間から資金を引き揚げてしまうわけですから、民の部分が小さくなるわけです。そうすると、長期的な成長率は下がるわけです。その成長率が下がった中で増税をする。そして益々苦しくなる、というような何重苦という構造に なっていくということですね。

工藤:西沢さん、かなり今、日本の未来に向けて本気で決断したり、考えなければいけない局面にあるのだ、ということですよね。

西沢:ただ、政治に対して、説明責任を果たせと我々も言いますし、きちんと増税を口にしろと言いますけど、偉人的なグレイトな政治家が出てくる期待を持たない方がいいと思います。むしろ、そういう政治家ではなくて、普通の人でも運営できるように情報を透明にして、制度をわかりやすくして、会計を整備して、国民が合理的に判断できる環境を整えていかないと、いつまで経っても政治のスーパースターの出現を待っているというのはリスクがある。先程の消費税も、例えば標準税率を20%にしたとしても、消費税の1%分の2.5兆円も次第に入ってこなくなります。限界的な税収は下がってきます。

鈴木:もう2.1兆円ぐらいともいわれていますね。

西沢:それから、軽減税率あるいは低所得者対策が必要になってくるので、自ずと増税には限界があるということを知ると、必然的に給付の方に目を向けて、抑えるところは抑えていかないといけないですね。

工藤:わかりました。ここでひとまず休憩を挟んで、次は社会保障そのものの議論を進めたいと思います。

   

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