言論スタジオ

アジア・太平洋に1つの経済圏をつくる目途はついたのか

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2014年12月7日(日)
出演者:
河合正弘(東京大学公共政策大学院特任教授)
中川淳司(東京大学社会科学研究所教授)
菅原淳一(みずほ総合研究所上席主任研究員)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)



工藤泰志工藤:今回は、国際経済に対する政府の取り組みについて、評価作業を行います。安倍首相は衆議院を解散し、総選挙を行うことになりました。解散風がいつからか吹き始めてはいましたが、なんのための総選挙なのかという疑問を抱きながらも、私たちはこの評価作業を進めていきたいと思っています。

 今日は、TPPなど国際経済問題に詳しい三人の方をお呼びしております。まず、私たちの「東京-北京フォーラム」にいつもご参加いただいている、東京大学公共政策大学院特任教授でアジア開発銀行研究所所長も務められた河合正弘さん、みずほ総合研究所上席主任研究員の菅原淳一さん、そして東京大学社会科学研究所教授の中川淳司さんです。

 まず、皆さんは、この総選挙への動きをどうご覧になっていますか。

河合:ちょっと驚きといいますか、消費税引き上げの延期が、解散総選挙に行くほどの理由があるのかな、というのが正直な感想です。

菅原:政治の水面下の動きにさほど詳しくない身としては、やはり突然だったなという感があります。一体、何を争点にこの選挙を戦うのか、非常に興味深く見守っているところです。

中川:驚きでしたね。何が争点になるのか、大義名分が何なのか、まだ少し分からないので、気をつけて見ないといけないと思っています。

工藤:私も非常に驚いて、「どうしよう」と思いました。ただ、安倍政権の2年間の評価というものは、私たちは当初から考えていたので、この2年間を私たちもきちんと評価して、安倍政権の信任というものを問うべき選挙になるのではないかと思っております。

 それでは評価に入ります。アベノミクスの「経済成長」にも関係するのですが、海外のいろんな活力というものをどのように取り入れて、日本経済をさらに好転させていくかということが、非常に大きな課題だと思います。安倍政権もかなり積極的にいろんな取り組みをしているように、私たちにも見えました。ただ、こういう海外との経済連携とか経済交渉については、選挙の際にはいつも、保守的な公約を出してしまうために、政策課題の動きとズレが見えてしまう。このアベノミクスの海外経済への取り組みについて、皆さんはどのように評価しているか、という話から進めましょう。まず、総論として、安倍政権は海外経済という問題でどのように政策目標を設定していたか。これが非常に分かりにくい。あまりきちんと明確に話をしているわけではない。ただ、国会の所信表明演説の中で、「TPPやEPAなどを推し進めて、アジア太平洋に一つの経済圏をつくる」ということを何度か言っている。これが、上位にある政策的なビジョンだとすれば、その問題がアベノミクスの中でどう連動し、それがこの2年間でどのように進んだのか。河合さんからどうでしょうか。


「四つのメガFTA」 ――評価できる海外との経済連携の深化

河合:日本国内では少子高齢化が進み、市場はこれから高い成長がなかなか望めないので、やはり海外に出て行かなくてはいけない。そういう意味で、日本は、中国、インド、インドネシアなど非常にダイナミックなアジアの新興国に取り囲まれているわけですから、そういった国々と経済連携をもっと深めていく。そして、アメリカがアジアに関心を持ち始めたので、アメリカともTPPを通じて経済連携を進めていく。そして、主として「アジア太平洋経済圏」づくりを目指しつつ、ヨーロッパとも経済連携をしていくというアプローチがとられてきたと思います。安倍政権の下では、こうした交渉がかなり真剣に行われてきたのではないか。TPPもそうですし、ASEAN+6のRCEP(東アジア包括的経済連携協定)も交渉に乗り出している。その前提となる日中韓の経済連携協定の交渉にも入っている。あるいは、モンゴルなどとも交渉を開始する、というようなかたちで、今の安倍政権は、海外との経済連携をもっと深めていこうという方向を明確にし、その努力をしているということは、客観的に認めていいと思います。全体的な評価としては、かなり高い点数をあげていいのではないでしょうか。

菅原:総論としては、河合先生がおっしゃったこととほぼ重なっているかと思います。通商政策という観点から見ますと、河合先生からご指摘があったように、「アジア太平洋地域を中心としつつ、グローバルに貿易や投資の自由化を進める、地域の経済圏づくりを進めていく」という政策目標は、政権交代前の自民党、その後の民主党政権、そして今度の安倍政権が、一貫した変わらぬ目標として掲げてきています。今、日本は「メガFTA」と呼ばれているものを四つ、並行して交渉しています。TPP、RCEP、日EU・EPA、さらに日中韓FTAの交渉です。これらはいずれも、第2次安倍政権になってから交渉が開始されています。そういった意味で、安倍政権は大変通商交渉に前向きであると高く評価しています。

 ただ、TPPを除くものについては、かつての自民党政権、民主党政権でしっかり準備が進められていたものが、安倍政権になって実際の交渉に入ったということで、種は以前にまかれていたものです。TPPに関しては、民主党政権下でTPP交渉への参加問題が浮上しても結局、決断できなかったものを、安倍政権になって、昨年3月15日に交渉参加を決断したということです。これは大変大きな意味を持っていると思います。安倍政権の成長戦略、アベノミクスの「第三の矢」にも密接にかかわってきますし、今後の日本の様々な政策のあり方の方向性においても、TPP参加を決断したことは大変大きな意味を持っていると思います。こうした点から、安倍政権のこれまでの通商政策については、私も基本的には高く評価しています。

中川:私からは、背景事情として二つのことを申し上げます。国際通商政策を考える上で、サプライチェーンがグローバル化しているという状況をきちんと踏まえる必要があります。ということで、貿易も投資も、グローバルに自由化を進めるというのがいいのですが、背景事情の二つ目として、WTOのドーハ交渉がほとんど動いていない。始まって14年くらいになるが、うまくいっていない。となると、ある程度戦略的に、特に重要な成長が期待できる地域に絞って、重点的に通商交渉をやっていかざるをえず、ここに掲げられたような政策が出ていると思います。安倍政権の公約の成長戦略の柱の一つとして、粛々とやっていくしかない。日豪のEPA交渉が妥結し、TPP交渉についても交渉に踏み切ってどんどん進めているということで、その点は評価できるのではないかと思います。

工藤:今、四つのメガFTAが同時に進んでいるのですが、四つを同時に進めることが戦略的な展開なのですか。それとも、どれかを基軸にして活路を開いていくなどの展開をするべきなのでしょうか。


スピードアップの相乗効果のある同時並行交渉

菅原:四つを進めているということが一つの戦略であり、その中でもTPPが主軸だということです。世界的に見るともう一つ、アメリカとEUが交渉しているTTIP(環大西洋貿易投資パートナーシップ)があります。今動いているメガFTAは、世界でこの五つくらいしかありません。その五つのうちの四つに日本が参加しています。しかも、四つのうちTPPにはアメリカが参加していて、RCEPと日中韓FTAには中国もいます。アメリカとも中国とも、さらに新興国ともメガFTA交渉をしているのは今、世界で日本だけという状況をつくり上げています。これは、戦略的に大変良いことだと思います。逆に言うと、それだけ日本の責任が重くなっているということでもあり、安倍政権としてはその責任を自覚して、TPPやその他の交渉についてしっかりと進めていく必要があります。

工藤:日中韓FTAですが、これは韓国と中国のFTAが先行していて、日本はようやくこの間、習近平主席との首脳会談ができたぐらいで、当初の計画と比べてけっこう違う展開になっているという状況でしょうか

河合:日本としては、日中韓の3ヵ国でFTAを同時に決めたかったのですが、韓国は日本よりも早く中国市場を手にしたいということで、韓国と中国のFTAが先に進んだ。これは仕方ないと思います。ただ、これが合意に向かっているので、これで韓国ももう少し真剣に、日本とFTA交渉をしていこうという方向になるのではないかと思います。

 もう一点、日本はTPP交渉に去年7月、参加しましたが、これは中国や韓国もそこまでは予期していなかった。日本がTPPに入って交渉することになって、中国もRCEPを真剣に進めなくてはいけないということになってきています。RCEPを真剣にやるには、日中韓FTAを進めなくてはならず、RCEPのスピードが速まってくると、TPPの交渉スピードにも良い影響を与えるかもしれない。すべてを同時に進めるということは、非常に大きな意義があると思います。


交渉が進まないTPPの障害は何なのか

工藤:中川さん、TPPについて、努力をしているのは報道でもよく分かりますが、最終的に日米の動きがなかなかうまくいかなくて、交渉の目処がついていないように見えます。これは、合意の方向に向かっているのですか。それとも、本質的な大きな課題にぶつかっているのでしょうか。

中川:TPPの交渉に参加しているのは12ヵ国ですが、日米の2ヵ国で貿易額の8割を占めています。TPPは、実質的には日米の自由貿易協定であるという面があります。日本は聖域5品目の農産品を抱えていますし、アメリカも自動車や砂糖などセンシティブな品目があります。2国間の貿易自由化交渉が決着しないことには、動いていかないと思います。

 TPPに限らず、貿易交渉の途中経過というのはほとんど情報が外に出されず、非常にデリケートな部分です。今、どこまで交渉が進んでいるのか、正確にはよく分かりませんが、昨年7月、日本が交渉に参加して以来、日米2国間の並行協議で関税交渉が行われています。もう1年数ヵ月たっているのですから、かなり絞られてきているのではないかという感じは持っています。仮に、日米の関税交渉が決着すれば、それによって一気に、TPP交渉が最終的な妥結に向けて進むのではないかと見ています。

工藤:日米で妥結できないという可能性はありますか。

中川:最終的にまとまらないという可能性は否定できないでしょう。TPP交渉全体が失敗するということになれば、同時に進めている他の広域FTAの交渉にも悪い影響があります。また、WTOのドーハ交渉が動いていないので、通商政策としては非常に先行きが暗いということになり、失敗は許されないということではないでしょうか。

工藤:今、世界で五つのメガFTAが動いていて、日本はそのうち四つに入っている。それぞれのFTAの実現の優先順位とか進め方が、ただ同時に動いているだけではなくて意味があるのではないかと思いました。菅原さん、ちょっと付け加えてください。

菅原:先ほど、「四つのメガFTAを同時に進めていくことが戦略的で、中でもTPPが柱である」と申し上げたのですが、TPPは、交渉の開始も2010年3月とメガFTAの中では最も早く、また自由化率においても、つくられるルールにおいても、他のものに比べて極めて高水準です。そういった意味で、TPPが他のメガFTAの動きを牽引している、刺激しているというところがあるので、まずTPPを進めるということが重要で、その勢いでRCEPとか日中韓とか日EUといったものを後押ししていく。その中で、できる限りTPPに近いルールをつくることで、メガFTAでつくられる自由化水準、ルールの水準を引き上げていくことが重要になってくると思います。


RCEPの2015年年末の交渉妥結目標へ向けて

工藤:河合さんと中川さんにお聞きしなければいけないのは、RCEPの実現の目標が来年末ということになっています。となると、日中韓FTAがその前に動いていることが重要でしょう。日中韓FTAは今、韓国と中国が交渉し、ようやく日本が「どうするのか」というかたちになっている段階で、RCEPの目処である来年末までに、今度は日中韓FTAが動かないといけない。そして、今の菅原さんの話では、その前にTPPが少なくとも合意して動いていないといけない。ということになると、この目標はかなり難しいのではないかという気がするのですが、どうでしょうか。予定から遅れているのではないですか。

河合:日程は非常にタイトになると思います。日本にとって今、一番重要なのはTPPであり、RCEPがどうなろうが、日中韓の交渉がどうなろうが、TPPはちゃんと進めなくてはいけない。

 一方、RCEPの2015年の交渉妥結目標は、ASEANの経済共同体が2015年末にできるということと符合した動きになっています。一つ難しいのは、RCEPにはインドが入っているということです。インドはWTOのバリ合意でも、それをひっくり返してしまいましたし、RCEPの中でも自由化率が非常に低いものしか提案してこないので、インドが本当に真剣なのかどうかが疑われる状況です。日本としては、やはり日中韓FTAを進めるとともに、インドに対してもいろいろなかたちで説得して、ちゃんとRCEPをつくっていくというようなことをしっかりやっていく必要があるのではないかと思います。

工藤:TPPを戦略的な中軸にした上で、FTAの展開に関する安倍政権の第2期の取り組みというのは、方向は正しいのですが、十分な成果を上げていないということが言えるのでしょうか。それとも、方向は正しいのだけれども、ある程度遅れているのはやむを得ない問題ととらえればいいのでしょうか。

河合:日中間の問題、尖閣諸島ですとか歴史をめぐる問題が、どこまでRCEPを遅らせてきたのかということはよく分かりませんが、日中に問題があった中でもRCEPの交渉は始まったということで、安倍政権はそれなりに貿易交渉をちゃんとやってきていると思います。ただ、やはり相手があります。TPPの場合はアメリカがありますし、RCEPでは中国がありインドがあるということで、必ずしもスムーズにいく問題ではないかもしれないと思います。


TPP交渉は最終局面? その行方は。

工藤:菅原さんはどうですか。タイムスケジュールから見て、かなりタイトな状況になっているのですが。

菅原:厳しいことは確かです。TPPは本来、もっと前に合意していていいはずですが、やはり「21世紀型のFTA」と言われるように、これまでにない高水準の自由化とルールづくりをやっています。しかもそこに12ヵ国、しかも入っている国は経済発展水準を含めて大変多様であることを考えると、時間がかかるのはやむを得ないでしょう。

 甘利大臣は、今回のTPP首脳会談が終わった後の記者会見で、「外から見ると、情報もあまり開示できないので、どこまで進んでいるか分からないかもしれないが、実際には交渉はかなり進んでいるのだ」という趣旨のことをおっしゃっています。これはおそらく事実で、TPPは今、最終局面で"あと一押し"というところまで来ているということでしょう。安倍政権としては一生懸命頑張っていると思います。

工藤:中川さんにお聞きしたいのは、TPPの評価です。例えばマレーシアで「そういうものに参加してよかったのか」といった議論があったり、ネガティブな声が聞こえてきますが、菅原さんがおっしゃったような、かなり高水準の自由化のレベルでTPPをやるということが、その理念通りきちんと動いているのか、それとも変質しているのか、TPPというものの優位性が担保されているのか。それが、今後の世界の自由化を大きく牽引できる一つの流れになりえるのか。その視点から安倍政権も評価してほしいのですが、どうでしょうか。

中川:TPPに関して、日本ではどうしても、日米の関税交渉の話ばかりが言われていますが、TPPの一番の中核は、21世紀のグローバル化の進んだ世界経済にふさわしい、非常に高水準のルールをつくるということです。マレーシアが一番抵抗しているのは、おそらく、国有企業に対する優遇をやめろというところなのです。国有企業に対する財政とか規制上の優遇というのはたくさんあり、それが市場をゆがめるのでやめろ、と。アメリカはそれをTPP交渉の一つの目玉にしています。この交渉が非常に難しい。日本にも国有企業はないわけではなく、アメリカにもありますが、そういうものに対する優遇はなるべく減らしていく。認めるにしても、例えば国別に例外リストのようなものをつくって、それだけに限るかたちでやっていこうというところだと思います。他に、例えば知的財産権に関しても、アメリカは非常に高水準の保護を求めていて、それに対しては、例えば医薬品がその対象になると、後発医薬品がなかなか出せなくなるので問題ではないか、という議論があります。

 いくつか、ルール面で難航しているところはあります。しかし、最終的に交渉がまとまり、アメリカが意図したようなルールが出来上がれば、21世紀の世界経済が全体として新しい規制環境の中でバージョンアップして展開できるわけで、意味があると思います。

工藤:その方向に今、動いているのですか、それとも変質して動いているのですか。

中川:最終的にどういうかたちになるかというのは、交渉がまとまって結果が公表されてみないと分かりませんが、非常に難航しているというのは、まさにその方向に向けてギリギリの交渉が行われているのだろうと見ています。ですから、最終的な結果に関しては、アメリカの肩を持つわけではないですが、それほど悲観していません。

河合:TPPが急速に進むということになると、中国もRCEPをなるべく早くまとめたいというプレッシャーが生まれてくるでしょう。ですから、日本としては、今の牛肉と豚肉の交渉、特に豚肉の場で、何とか決着をつけてほしいと思います。そのためには、国内で農家に対するちゃんとした政策をやっていかなくてはいけないわけですが、これはそれほど難しい問題ではないと思います。


「聖域には手をつけない」の解釈は ――交渉結果で判断を

工藤:自民党は選挙のときに、「TPP交渉は、聖域なき関税撤廃が前提の限り反対」という公約を出しました。私たちは、この言葉がよく理解できなくて、「言っていることがおかしいのではないか」と思っていました。TPP交渉は、聖域なき関税撤廃が前提の時はダメだが、とにかく参加して合意に向かっていくというのが政策目標だとしたら、これは予定通り動いているという考えでよろしいのですか。それとも、「どうなるか分からない」と判断すればよいのですか。そのあたりは菅原さん、どうでしょうか。

菅原:2012年の衆院選のときに、「聖域なき関税撤廃を前提にする限りは交渉参加反対」ということだったのですが、2013年2月に安倍首相が訪米して、オバマ大統領との首脳会談で、「聖域なき関税撤廃は前提ではない」という言質を取ったと日本は解釈して、3月にTPP交渉参加を決断する。そういう流れになっていますから、自民党・安倍政権としては、公約通りに動いてきたと考えているでしょう。

工藤:すると、参加する中で、あとは、「聖域」という問題を考えながら、どれくらい実現の方向へ努力しているかということですね。

菅原:586品目あると言われている「聖域」の1品目にも触れないというのは難しいことは、今の議論を見ていても分かると思います。日豪EPAでは実際に牛肉を大幅に自由化していますから、TPPにおいても、聖域については手をつけざるを得ないと思います。ただ、政権がよく使う言葉で、「守るべきところは守る」というのがありますから、一体どこをしっかり守っているのかというところは、交渉の結果を見守るしかない。「基本的に聖域に関しては手をつけない。再協議や除外にするというかたちで、国内の農業に大きな打撃を与えないようにする」とうたわれた衆参両院の農林水産委員会の決議もありますから、その決議を守っているかどうかというのは、基本的には国会議員が政府の交渉結果を見て判断するということになると思います。

工藤:TPPで自民党政権が言っていることを、中川さんは、どう評価しますか。

中川:「関税の撤廃」というのは、関税をゼロにするということです。自由化率というものが議論される場合は、即時にゼロにするだけでなく、「10年以内にゼロにする」場合に、関税撤廃、自由化をしたということなのです。10年を超えてゼロにするケースもありうるわけですし、10年以内に、例えば100だった関税を30にするというように、ゼロにはしないけれど下げるというかたちで交渉が進むことはあり得ます。関税を撤廃したことにはなりませんが、自由化に向けた交渉の進展はあったということで評価はできると思います。自民党の「聖域なき関税撤廃を前提にする限り」という書き方で見ると、そういうかたちで縛られるのは非常に限定的な場合です。現在の交渉は、伝えられているところでは関税を下げる方向には進んでいる。しかし、必ずしも10年以内にゼロにするとは限らないということなので、自民党の政権公約には沿ったかたちになっています。あとは、どこまでそれを自由化の方向で進めるかというかたちで、交渉は進んでいるのだと思います。

工藤:2013年のJファイルという政策集では、「重要5品目などの聖域を確保する」という書き方です。二つ目は、「自由貿易の理念に反する自動車等の工業製品の数値目標は受け入れない」、「皆保険制度は守る」、「食の安全・安心の基準を守る」、「ISD条項は合意しない」、「政府調達・金融サービス業は我が国の特性を踏まえ」と言っています。これはどうですか、公約とは違う展開になっていませんか。

中川:公約は、一言で「聖域なき関税撤廃を前提にする限り」というだけですが、さらに、交渉の実態に即していくつかの項目が挙がっていて、それらはいずれも、TPP交渉、日米交渉の中で争点になっているものです。例えば、「工業製品の数値目標をのまない」というのは、アメリカがTPP交渉で自動車の輸入目標を要求してきているわけですが、日本は受け入れないということです。

工藤:これをもし受け入れるということになると、自民党の政策とは食い違ってくるわけです。今、どうなっているか分かりますか。

中川:相当突っぱねていると側聞しています。

工藤:「ISD条項は合意しない」、これは、投資相手国の規制によって企業に損害があった場合に賠償請求できるというものです。それは、合意しないというかたちになっているのですか。

中川:これは、投資受け入れ国の主権を損なわないようなかたちであればいいということなので、ISD条項の適用条件でどういう条件付けをするかということだと思います。ですから、条件交渉をしているのだろうと思います。

工藤:菅原さん、自民党の政策はそこまで書いているわけですね。それから見ると、交渉の中身で、これにかなりぶつかり始めているという感じではないですか。

菅原:そうですね。ただ、聖域確保の分野を除けば、今のところ公約は守られていると思います。要は、聖域の確保をどう解釈するのか。先ほど申し上げたように、1品目も手をつけないというのは無理です。国内農業への影響を勘案しつつ、「ここまでなら大丈夫だ」というところまで自由化をして、「痛みが」が生じるところにはちゃんと補償措置とか改革のための手当てをするということであれば、それは「聖域を確保した」と解釈してもいいのではないかと思います。最終的には、国会議員、また有権者が判断するところだと思います。


「2018年FTAカバー率70%」、「インフラシステム受注30兆円」
  ――途方もない数値目標が並ぶ国際展開戦略だが

工藤:もう一つの課題が、「戦略的な海外投資や経済連携、国際資源戦略を展開する」ということです。公約では「展開する」という一つの行動規定だけで、目標設定がちゃんとしていない。これに関して、政府がその後出している成長戦略の中の国際展開戦略で、5項目くらいが出ています。

 一つが、「2018年までにFTA比率70%を目指す」。これは13年現在、日豪EPAを含めて22.6%なのですね。これを18年までに70%にできるのか。おそらく、アメリカや中国とのFTAなど、いろいろなことを織り込んでいるという感じがします。もう一つが、「2020年までに、海外企業の対内直接投資を35兆円に倍増する」というものです。13年では18兆円でしたので、まだ半分の状況です。それから、「2020年までに、中堅・中小企業等の輸出額で2010年比2倍を目指す」。2010年度が3.7兆円で、12年度は約5兆円になっているという状況です。それから「インフラシステムの受注を実現する」という項目があって、2020年では30兆円を目指す。これは、いろいろなところでトップセールスをしているのですが、それでもやはり、13年の受注金額は約9.3兆円です。あと、「放送コンテンツ関連の海外市場売上高を、2018年に10年度の約3倍にする」。10年度が62.5兆円、12年は62.2兆円ですから、ほぼ横ばいです。これを3倍にするというのは、とてつもない数字です。こうしたものが、先ほどの経済連携・資源戦略の具体的な政策目標数値になっています。

 これは予定通り進んでいるのか、その目標に向かって動いているのか、それとも厳しい展開なのか。それに対して何かを考えなければいけない局面なのか。分かる範囲でお話していただきたいと思います。菅原さんからどうでしょうか。

菅原:コンテンツ輸出とかインフラ輸出などについて、安倍政権は、トップセールスも含めて大変積極的にやっていると思います。ただ、目標年限までにその数値が達成できるほどの状況になっているかというと、そこはやや怪しいところがあるのかもしれません。しかし、そのための環境づくりなどというのはしっかりできているのではないかと思います。TPPなどもその一部と言えます。例えば、TPPで相手国の政府調達市場を開ければ、インフラ輸出もしやすくなりますし、知的財産権の保護の水準が上がれば、コンテンツ輸出もしやすくなります。安倍政権が戦略として掲げているもののベースとなる制度的インフラというものを、TPP等でつくろうとしているということです。先ほどの論点と密接に関係していて、安倍政権はそのためのベースづくりでも努力している。TPP等に限らず、トルコなどとの二国間EPAを進めたり、投資協定を積極的に進めたりしています。この間合意した日豪EPAでは、鉱物資源エネルギー章とか食料安定供給章なども入って、資源をしっかり確保することに資するような条項も入っています。制度的インフラづくりというところでは、安倍政権は実績を既に上げていると思います。

工藤:「FTA比率が70%」という概念は、EUの首脳と2015年の早期締結で大筋合意してますが、TPPや日中韓などを含めたいろいろなFTAを含めると、だいたい70%になるということですか。

菅原:「FTAカバー率70%」というのは、日本の貿易総額のうち、FTA相手国との貿易額を積み上げていったときに、それを70%に達するようにするということです。日本がまだFTAを結んでいない、貿易金額が大きい国で残っているのはアメリカとEUと中国、あとは一部産油国なのですが今交渉しているメガFTA4つをすべて2018年までに発効させれば、おのずと70%は超えます。したがって、基本的には、今進めている交渉を18年までにしっかりと終わらせて発効させるというのが、目標になっているということです。

河合:FTA比率を70%にするというのは、菅原さんが言われたように、今、交渉しているものをちゃんとやっていくということ。中小企業等の輸出額を2倍にするというのは、着々と進んでいると思われます。インフラシステムも、アジアでのインフラ需要は非常に大きいものがあるので、安倍首相が中心になってインフラをいろいろな国に売り込んでいく。ミャンマーとかインドネシア、ベトナム等ですね。そして、中南米、アフリカ、30兆円の方向に向かっていると、私は思っております。

 外国企業の対内直接投資ですが、これがなかなか難しいかもしれません。日本はこれまで対内直接投資を何とか増やそうとしてきましたが、なかなか増えないので、ここをしっかりとやっていく必要がある。

工藤:インフラシステムの受注では、中国が、アジア開発銀行に対抗するアジアインフラ投資銀行をつくって、東南アジアを含めた大陸の方で、戦略的な狙いも含めて動こうとしているのではないか。そうした中国の動きが、この計画の中で想定されていなかったことはありませんか。

河合:そうですね。中国が積極的になりつつありますから、安倍首相としても、「日本として、もっとしっかりやっていこう」という方向には行くのだろうと思います。

工藤:アジアインフラ投資銀行に日本が参加するかどうか、そういうことも問題になっているわけですね。

河合:それは、日本がメンバーにならないとそこから受注することはできないのですが、AIIB(アジアインフラ投資銀行)とADB(アジア開発銀行)がジョイントで、あるいは世界銀行などと一緒にやることも含めると、当然、可能性は出てくると思います。

工藤:中川さん、今のこの動きはどのように評価しますか。

中川:「外国企業の日本に対する直接投資額」ですが、なぜ外国企業が日本に投資しないのか。これには複合的な原因があって、例えばFTAを結べばそれで達成できるということではないので、いろいろな原因分析が必要でしょう。例えば、法人税率を引き下げるということが決まりました。具体的な数字はまだ先の話ですが、日本の法人税率が他の国に比べて高いことが、日本に対する投資が少ない原因の一つだろうと言われてきましたので、そういう直接投資を増やす方向での政策変更にはなります。それから、国家戦略特区で、海外企業が日本国内でビジネスをする上での様々な規制・障壁を緩めるような特区の構想が盛り込まれました。これも、日本に対する直接投資を増やす方向での政策変更ということになりますから、数値目標を達成できるかは分かりませんが、その方に向けた政策というものは着実に進んできているのではないかと思います。


改めて問われるTPP

工藤:やはりTPPはかなり重要だなと再認識した感じです。世界の大きな自由化という新しい枠組みづくりになるような展開を感じます。それができるかどうか、安倍政権にとっての一つの大きな試金石になるような気がします。

 最後に、選挙の場合、このような自由化の議論は、国内のいろいろな保護の問題とぶつかって、「消費者」という問題はどうなっていくのか。どちらの立ち位置で、この改革を進めながら大きな自由化の議論をとらえるのか、曖昧になっている感じがします。日本が今後変わらないといけないということに対し、有権者の支持というものが見えなくなるような気がしています。この国際経済の改革が日本の将来にとって重要だとすれば、選挙では政党は何を語るべきなのかということをお聞きしたい。菅原さん、どうですか。

菅原:TPPとかその他のメガFTA交渉について、政府の説明が果たして十分か、という点についてはいろいろ言われていますが、これまでのEPA交渉等と比べても、TPPについては政府ができる限り説明をしているとは思います。ただ、肝腎な情報が出て来ないので、外野はやきもきしています。政府としては、細かい中身についてはオープンにできないにしても、「日本としてはこういうかたちでまとめるのだ」という方向性を打ち出すということは、やはり必要でしょう。それが十分できているかというと、例えば、先ほどの「聖域なき関税撤廃を前提とする限り反対する」という文言で、一体どの程度の方がその意味を理解できるのかということは、やはり疑問を持たざるを得ないところです。もう少し明確なメッセージを発する必要があるのかなという気がします。

工藤:中川さん、TPPに反対している政党はまだあります。日本は、市場をクローズドにしていくということは今後も可能なのでしょうか。可能ならば、どのように可能なのかと説明しなければいけないと思いますし、もし開かないといけないとすれば、それについて説明しないといけないでしょう。政治が国民に全然語っていないという気がしています。次ぎの選挙で、TPPの問題はどう考えればいいのでしょうか。

中川:与党に限らず反対する野党も、その理由はやはり、TPPで経済を開くと農業が持たなくなるのではないかということだと思います。では、閉じたままで日本の農業はこの先やっていけるのかというと、傾向的に衰退の状況にあるのは間違いない。高齢化は進み、小規模化というところで、非常に先行きが厳しい状況にあるのは間違いないので、構造改革なり、てこ入れが必要であるということです。グローバル化が進む中で、日本経済全体が、閉じたかたちで国の経営をやっていくわけにはいかないというのは事実です。ですから、与党も野党も、日本の農業をこの先、さまざまな政策でもって存続可能なかたちで運びながら、同時に国を開いていく、ということを打ち出していく必要があるのではないかと思います。


"守りの農業"だけでいいのか

工藤:農業の具体的なビジョンなりその展開を、TPPを前提にして政治はきちんと語らないとダメですよね。「消費者」に対するメッセージがない。そこがいつも気になるのですが、河合さん、どうでしょうか。

河合:消費者の観点から見ますと、日本の農業は非常に大きなポテンシャルを持っていると思います。食の安全という観点から見ても、日本の農産物に対する信頼性は莫大です。もう一つ、農業を輸出できる産業にしていくということで、「守る、守る」ではなくて、もっと積極的に産業として育てていくという観点が必要です。意欲のある農家の方々、とりわけ専業農家の人たちにもっとてこ入れをして、農地集積等を含めて、本当に生産性の高い農業に変えていくことができるという方向を、しっかりと見極めて進めていくということが、非常に重要だと思います。「守る、守る」だけではいつまで経っても自立しませんから、しっかりと自立した農業になってもらうということで、農業分野の改革を進めていただきたい。ですから、解散して総選挙をするよりは、むしろこういった問題に切れ目なく取り組み、なるべく早く成長戦略に戻ってもらいたい。

工藤:「ばらまいて保護する」という時代は終わっているのですが、それを支持する有権者なり世論が改革には必要なのですね。ただ、なかなか国民にきちんと説明しないと、不安だけになってしまう。だから、政党政治は、「国を開く」ということであれば、農業のビジョンをどうするかということを併せて説明していかないといけない。どちらかだけをつまみ食いして言っているのでは、有権者が付き合いきれないような感じがするような気がします。今日は、総選挙が行われるという急展開の中でのTPPの評価となりました。

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