日中関係の潮目は変わったのか

2015年8月28日

2015年8月28日(金)
出演者:
伊藤信悟(みずほ総合研究所アジア調査部中国室室長)
川島真( 東京大学大学院総合文化研究科教授)
宮本雄二(元中国大使で宮本アジア研究所代表)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)


今後、政府間レベルでは何が問われていくのか

工藤:先程、宮本さんから、2012年の前後で日中関係の構造が変わった、とのご指摘がありました。確かに、日本では集団的自衛権を中心として、安全保障政策が転換してきている。その中で、中国を明示的に意識しているということではないにしても、少なくとも、北東アジアのパラダイムシフトの中で、日本の安全保障を考えなければいけないという状況です。
一方で、中国についても「中国の夢」など、勢力拡張的な動きについて、ある程度考えなければならない局面がある。その中で、今後の日中関係を、良い形に持っていくために、どのような知恵が、政府レベルには問われてくるのでしょうか。

宮本:日中関係のマネジメントは、今後ますます米中関係のマネジメントに似てくるわけです。ですから、9月の習近平主席の訪米、そして、オバマ大統領との首脳会談は、東アジアの今後にも大きく影響する重要な出来事になると思います。例えば、南シナ海の問題で、米中はどういう形で決着するのか。すなわち、中国が既成事実を押し付けて自分の立場を強固にすることを、アメリカはどこまで認めるかということです。これは今後の東アジアの秩序の形成上、相当大きな影響を及ぼすことになります。

 そういう大きな流れの中で、日中関係の今後についても考えていくということになりますが、私は、中国の方々と話をする機会があるたびに、「軍事力を全面的に出して秩序が作れると思っているのか。軍事力を使って一体何を達成させようとしているのか」と問いかけています。実は、軍事超大国のアメリカも、軍事力によってできることは、基本的な国際社会の秩序の維持くらいです。それを超えて、アメリカの何らかの政治目的を達成するために、アメリカの強大な軍事力は大して役に立っていない。ベトナム戦争から始まって何回も何回も失敗してきたでしょう。そういう中で、軍事力を使って何をするつもりなのか、ということを、中国の方々には考えていただきたいと思います。彼らがちょっと考え方を修正してくれれば、我々も共に協力することができるし、協力の空間がぐんと広がっていく。これは非常に大きなカギだと思います。これができないと、軍事安全保障のロジック中心の東アジアの秩序ができてしまいますが、これは経済のためにもマイナスになっていきますし、この地域の平和と繁栄にもマイナスになっていきます。

川島:軍事・安全保障においては、リアリズムでやっていく。しかし、そこで日本が中国に対する敵対関係を煽っている、と国際社会に受け取られてはならないわけです。日本は、国際社会に対しては必ず、「平和構築が第一。中国とも平和にやっていきたいのだけれど、中国がああいう対応をしているから、こちらとしてもやむを得ずにこういう対応をしているのだ」というイメージづくりをする。その上で、中国と折り合いをつけていくべきだと思います。


北東アジアに平和で安定した環境をつくるために、民間が政府に先行して議論していく

工藤:言論NPOは、2005年に日本と中国の間の民間対話「東京―北京フォーラム」を立ち上げましたが、翌2006年8月に東京で行われた第2回フォーラムでは、翌月の自民党総裁選で当選が確実視されていた安倍官房長官が参加し、メッセージを寄せました。そして、首相就任後の10月には電撃訪中をし、日中の戦略的互恵関係を打ち出しました。要するに、私たちの対話は、日中関係が非常に悪い局面で、それを変えるきっかけとなる大きな役割を果たしたわけです。そして今、再び安倍さんが新しい展開をする状況にあります。今後、北東アジアにおける安全保障面での構造が変化していく中、新しい環境をつくっていくために、民間レベルでの役割も問われている、と私は考えています。

 3年前、北京で行われた「第9回東京―北京フォーラム」では、日中両国の間で「不戦の誓い」を合意しました。これを「北東アジアの平和的な秩序づくり」に活かすという課題が、私たちにも残っています。両国が目指すべき理念や価値観なども議論の遡上にのせながら、アジアの将来的な枠組みづくりのために取り組もうと考えていますが、民間側から動き出すということは意味のあることなのでしょうか。

宮本:大変大きな意味があります。3年前を思い返しますと、特にネット上では、勇ましい論調があふれていました。特に、中国では「日本を攻めろ」というのが結構あったわけです。そういう国民社会の雰囲気の中で、日中の一部であるけれども、しかししっかりとした考えを持っている有識人たちが集まって、「戦ってはいけない。あらゆる問題は平和的に話し合わなければならない」ということを両国社会に発信した意義はものすごく大きいです。そういうふうに政府間外交の一歩先を行って、両国社会に「こういう考え方もありますよ」「我々が共に頂くべき理念としてこういうものがあるのではないでしょうか」ということを、両国の有識者が議論をして、一つのコンセンサスにできれば、それは素晴らしいことです。

工藤:川島さん、北東アジアに平和な環境をつくっていく上で、政府をバックアップしていくための民間の役割には、どのようなものがあるのでしょうか。

川島:尖閣海域では、海上連絡メカニズムの構築では話は進んでいますが、空の問題については進んでいません。日中間では残念ながら他にもいろんなところにいろんな問題があり、紛争になり得る状態を抱えています。そこで、対立がエスカレートしないための多様なメカニズム、はっきり言えば、軍事的対立のお作法、マナーというようなものをどう作るのか、冷静時代に米ソが持っていたようなマナーを、北東アジアでも作れるのかどうかが、まず大きな焦点になり、その先にいわゆる「セキュリティージレンマ」と言われている相互が軍事予算を上げ続けていってしまうことをどう抑えるか、という点での軍縮について、政府間に先行して議論をしていくことが求められると思います。


対抗ではなく、知的に伴走をしていく

工藤:伊藤さん、民間側の役割では、経済的な問題もかなりあると思います。中国には経済の構造改革をして安定成長に持って行ってもらわないといけないのですが、まだ不透明感があります。一方で、中国は戦略的な野心というか、「中国の夢」を持っています。こうした中国の動きと、日本はどう付き合っていけばいいのでしょうか。

伊藤:やはり、中国経済が健やかに発展してもらうということは、日本にとっても非常に重要です。先程お話ししました通り、中国は過剰債務と過剰投資の問題を抱えていて、それをどう調整するかが課題となっています。これは日本がかつてバブル崩壊以降、直面してきた問題に、今度は中国が直面している、という状況です。そこで、中国がソフトランディングするために日本が知的貢献をしていく。その際、民間からも知恵を提供する必要があるだろうと思いますし、実際少なからぬ中国のシンクタンクが日本に来て、調査・研究をしていますので、それをサポートする必要があるだろうと思います。

 それから、中国の野心的な動きに対しては、日中だけではなく、より広域な地域においてFTA,EPAを作っていくことで、対応していく必要があると思います。安全保障関係が緊張してきますと、経済を使って外交的・安保的な目標を達成しようとする誘惑に駆られやすいわけです。これからアジアの多くの国々は、どうしても対中依存度が高まっていきます。逆に、中国は内需が高まっていくにしたがって、他の国に対する依存度が小さくなっていきますから、非対称的な相互依存関係というのが形成されてくるわけです。そうなりますと、他の国から見てもFTA,EPAによって、なんとか中国とのバランスを取れるような環境を作っていくということは重要だと思います。

 さらに言えば、それは中国の民間の人から見れば、財産権を侵害されにくい環境を作るということになりますから、中国の民間にとってもFTA,EPAを広げていくということは、単純に市場を開拓するだけには留まらない意味を持つだろうと思います。

工藤:中国は経済面では、国際的にどのようなチャレンジをしようとしているのでしょうか。

伊藤:引き続き世界経済における自国のプレゼンスを拡大し、自分たちにとって非常に有利な経済制度を作ろうとしていることは確かだと思います。ただ、中国だけに良い制度を作っても、国家の威信に繋がらないということもありますし、他のところと利害を調整しながらどうやって新しい制度を作っていくのか、その模索をまさにAIIBなど様々な形でしている状況だと思います。

工藤:宮本さん、日本のメディア報道では、AIIBやTPPについて、対抗色を持った論調が多いのですが、アジアの将来的な発展のために、こうした多国間の経済的な枠組みをどう考えていけばよろしいのでしょうか。

宮本:メディア報道では、AIIBに限らず、全部「中国に対抗して」という話になります。日本政府がやっていることはすべて中国に対抗してやっている動きだ、と。私はそういうことではないと思います。そういう気持ちがないと言ったらウソになりますけど、しかし、経済は経済の論理があって、一番大事なのは世界経済をどうするか、ということなんです。新しくできた仕組みが世界経済にプラスになるかマイナスになるか、ということが日本にとって一番大きな問題で、そういう観点から対応していくべきです。

 それから、中国は熟慮を重ねた上で戦略を打ち出してきている、というイメージを、日本の人が抱いていますが、そうではなく、すべてにおいて「走りながら考える」という状況なのです。大きな方向性、つまり、「中国が世界に尊敬される強大な国になりたい」ということは変わらないけれど、それをどう実現していくか、ということについては、彼らはフレキシブルです。ですから、我々はそこを捕まえて、彼らが我々と共存しやすい方向に持っていく。そのためには日本のソフトパワーを使って、良い方向に誘導していく。「中国に対抗して」という発想は脇に置いて、より大きな世界全体のcommon good(公益)のために、中国をどう誘導すればいいのか、という発想から、他の国とも連携しながら、中国にアドバイスし、中国に意見を言う。その結果として中国が、非常に扱いやすい国になっていく。そういうふうにやっていかないと、対抗色を前面に出しても良い結果は出てこないと思います。

工藤:一般の人から見れば、目の前にはいろんな問題があるので、中国と日本という二つの大国は、本当に共存発展できるのか、と思ってしまいます。そうしていかなければならないですよね。

川島:共存発展できるようにイメージを共有していく、ということは、日中間だけではなくて、韓国や東南アジアの国とも必要です。最近、中国から出てきているメッセージは「一帯一路」構想です。64の国が入っていますが、日本は入っていないわけです。そして、この一帯一路構想の中心にAIIBがあるわけです。そういう中国が出しているメッセージに対して日本はどう応えていくのか、これをよく考える必要があると思います。私は、新しい様々な枠組みに関して、日本は全部無視をするというのは得策ではないと思います。つまり、必ず入って行く。中国は白いキャンパスを持ってまだまだ考えていますので、そこに日本なりのメッセージを投げていく方が、日本にとってよいと思います。

伊藤:川島先生もおっしゃったように、中国はこれからいろんな制度を作っていこうとするだろうと思います。そこの中に入っていって中国に対して知的貢献をするということを通じて、自分たちの利益も実現していく、という姿勢が重要だろうと思います。中国の方とお話ししていても、新しく作ろうとしている制度に対して100%自信を持っているわけではないのです。「日本は一体どうしているんですか」ということを気にしながらやっている。宮本さんがおっしゃった通り、走りながら考えている、というところもありますので、一緒に伴走するということも必要なのではないか、と思います。


どのような「アジアの中の日本」を目指すべきか

工藤:一方、日本はアジアにおいて、自分たちの「夢」をどう描くべきか、という議論があまりにも不足しているような気がしているんですが、宮本さんはどう見ていますか。

宮本:私にとっての出発点は、「日本の平和と繁栄」でした。しかし現在、それを実現するためには国際社会が平和で、持続的に成長を続け、繁栄し続けるような状況でないと、日本も平和と繁栄できないような状況になっています。ですから、「日本の夢」を考えていく上では、国際社会をどうするかという視点が当然入ってくる。そして、それを実現していくためには、「紛争の平和的解決」であったり、「法の支配」「正義と公平」など、いくつかのキーワードがあるので、それをアジアの人たちと一緒にはもう1回再確認すべきです。再確認した後、その中身が何かを議論したらいいと思います。

工藤:川島さんと伊藤さんは、日本がアジアの中でどんな国を目指していくべきだとお考えですか。

川島:もう数の論理では到底中国に敵うわけはないわけですが、ヨーロッパの国を含めて、GDPが縮小しても、それなりの発言力を維持する国はたくさんあるわけです。日本はこれから人口が縮小していくかもしれないし、GDPも下がり気味になるかもしれないけれども、日本は発信すること、日本の生活スタイルがアジアの中で模範になる、参照すべき価値を持っている、というふうに思われるようになることが大事だと思います。

伊藤:私も経済規模の意味という意味では、日本の将来を見ると様々な困難を抱えているという状況にありますから、「きらりと光る何か」をどう作っていくか、ということが課題だと思います。それは価値観かもしれませんし、経済界で言えば新しいビジネスモデルであったり、技術であったりすると思います。

工藤:その中で対抗ではなく、共存して発展するという形の新しい流れを作らないといけないなと思います。こうした議論を積み重ねて、私たちは10月末に北京に乗り込んで、「第11回東京―北京フォーラム」で、中国側と率直に本気で議論したいと思います。皆さんにも様々な形で参加していただけたらと思います。今日はありがとうございました。


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