言論外交の挑戦

日中関係は政府だけでは解決が難しい局面にある
~12回目の日中共同世論調査で分かったこと~

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⇒ 「第12回日中共同世論調査」結果
⇒ 「第12回日中共同世論調査結果」をどう読み解くか
⇒ 「第12回日中共同世論調査」記者会見 報告


言論NPO代表 工藤泰志


 今年の日本と中国の世論調査は、8月20日から9月初旬にかけて、日本全国と中国の10都市で行われました。調査はこれまで行った過去11回の調査と同じく、無作為で標本を抽出し、日本では訪問留置回収法、中国では調査員による面接聴取法で行われました。日本の有効回収標本は1000、中国では1587標本です。
 調査の設問は54設問とかなり多く、お互いの相互認識や、両国が直面する様々な課題や困難に関する国民の意識を明らかにしています。
 今回の調査結果には、これからの日中関係の改善を考える際に無視できない、重要な国民意識の変化が見られます。その変化をどのように読み解けばいいのか、それが私の説明の目的となります。


なぜ、国民感情は再び悪化し始めたのか

 今回の調査結果の第一の特徴は、これまで改善に傾いていた両国民の意識が、再び悪化に転じたことです。
 現状の日中関係を「悪い」とする評価は、中国では2013年をピークに改善に向かい、日本では一年遅れて2014年から改善が始まっていました。
 ところが、今年の調査では現状の日中関係を「悪い」と判断する日本人は、昨年と変わらず71.9%と、依然7割を超え、2014年から始まった改善傾向が足止めとなったと言っていいと思います。
これに対して、現在の日中関係を「悪い」と考える中国人は逆に昨年から11ポイントも増加して78.2%と8割近くになっています。
 これまで、現状の日中関係に対する国民の認識は、政府間の交渉、とりわけ首脳レベルの会談の動向に影響を受けていました。国民は、両国の指導者に強い指導性を感じており、報道を通じたその言動から政府間の状況を理解してきたからです。
 その点で言えば、長らく途絶えていた日中首脳会談は安倍首相、習近平主席間で2014年に再開され、15年、16年と行われ、会談時の首脳の表情も笑顔に変わってきました。ところが、表情は改善したにもかかわらず、国民の意識は逆に悪化し始めたのです。
 この一年間の変化でも、日本人の44.8%、中国人の66.8%もが、日中関係はこの一年で「悪くなった」と判断し、今後の日中関係の見通しに関しても、「悪くなっていく」が、日本人では10ポイント増の34.3%、中国人でも9ポイント増の50.4%となっています。
 両国で、これからの日中関係の改善に確信を持てない人が増加しているのです。


日中両国の世論の基本的な構造はどう変化したか

 ここで、私たちがより深く観察すべきなのは、国民の認識はなぜ再び悪化に転じたのか、また、それは今後の日中関係の新しい障害になるのか、そこに新しい可能性を見出すことができるのか、なのです。
 この点を考えるためには、両国の世論の基本的な構造やその変化をまず理解する必要があります。過去12回にわたって行った日中の世論調査から浮かび上がった構造は、先月、私たちが公表した日本と韓国との世論構造とほぼ同じです。
 つまり、日中両国民ともにお互いの直接交流は乏しく、相手国の認識は自国のメディア報道、とりわけテレビ報道に大きく依存していることです。
 ところが、日中間の場合は、これに別の要素が加わります。相手を知るための情報源とその信頼度です。これは毎年、この世論調査でも聞いていることですが、日本と比較すると中国の場合は、情報源は自国のニュースメディアだけではなく、メディアの番組や書籍、さらに携帯によるインターネットなどにやや多様化が進んでいます。しかも、メディア報道の評価が両国民間で異なるのです。
 自国メディアの日中関係に対する報道が、「公平で客観的」だとする中国国民はこの12年間、毎年70%を超えており、あの日本の尖閣諸島国有化に伴う加熱報道の局面でも80%を超えていました。これに対して日本の場合、毎年20%程度ですから、その数字の違いが目立ちます。つまり、中国の国民の自国メディアに対する信頼はあまりにも高く、逆にその影響が大きいのです。
 これらを考えると、両国民の相手国に対する認識は、この調査期間中の国民間の直接交流の動向や自国メディア報道に大きく依存することが分かります。
 では、この自国メディアの報道や直接交流はこの一年間でどう変化したのでしょうか。
 2016年は5月末の伊勢志摩サミット、9月初めの中国杭州でのG20と日本と中国は世界の会議の舞台となりました。年明けから世界経済の関心は中国経済の構造改革の行方となり、G20では中国のリーダーシップが期待されました。安倍首相と習近平主席との首脳会談が行われ、様々な課題での協力が合意されたのもこのG20の場でした。
 今回の世論調査が行われたのは、8月20日以降、9月初旬までですから、G20での首脳会談の前に調査が行われた地域もあったと思います。
 7月以降、日本と中国では、南シナ海を巡る国際仲裁裁判所の判決や尖閣諸島での中国公船の侵犯のニュースが様々な形で報じられました。この報道も今回の調査に影響を与えたのは間違いがないことだと思います。
 また、直接交流でも大きな変化がこの一年にありました。
 日本の政府観光局によると、2015年に日本を訪問した中国人は過去最高の499万3689人に急増しており、2016年も上半期だけで300万人を突破しています。これに対して日本人の訪中客は減少を続け、2015年には249万7700人と中国の半分以下の水準となっています。こうした状況が今回の世論調査に反映されているのです。


両国民の不安が行き過ぎた意識のズレをもたらしている

 ではなぜ、日中関係に対する両国民間の見方が再び悪化したのでしょうか。
 その理由を直接尋ねた設問はないので、いくつかの設問でこの一年に増加している回答から、二つのことを私は指摘したいと思います。
 一つは、両国民間の意識に、安全保障面での両国政府の行動を不安視する見方が、昨年よりも大きくなっているということです。
 相手国にマイナスの印象を持つ理由では、今回の調査でも中国人は歴史認識や「魚釣島」の国有化への反発が6割を超え、最も多い回答となっていますが、昨年からそれぞれ7ポイント近く減少しています。
私が注目したのは、「日本が米国と連携して中国を包囲している」との回答が昨年から7ポイント以上増加し、48.8%になったことです。
 昨年、日本では安保法制が成立し、自国の防衛のために米国との共同行動の範囲が広がりました。しかし、中国人が反応したのはそのことではありません。7月には、中国の立場を否定する南シナ海を巡る仲裁裁判の判決を巡って、様々な報道がありました。中国の反論は大きく、その中で日本が米国と連携して包囲しているという報道も見られました。
 これに対して、日本人の理由で最も多いのが、「尖閣諸島の周辺での領海を(中国が)侵犯している」の64.6%で、「中国が国際社会で取っている行動が強引で違和感を覚える」も半数を超えました。この二つの項目はそれぞれ、昨年から20ポイントも増加しているのです。
 日本が主張する尖閣周辺の領海に、中国の公船や漁船が侵犯し、それに関する報道もこの調査期間の前後に日本では連日のように行われています。日本人は尖閣周辺や南シナ海などで繰り広げられる中国の行動に違和感を覚え、それに反発しているのです。
 私たちが気にすべきなのは、こうした出口のない閉塞感が、安全保障面で行き過ぎた意識をもたらしていることです。 例えば、両国民はそれぞれ7割が、軍事的な脅威を感じる国が「ある」と答え、その国として日本人は「北朝鮮」と「中国」を挙げ、中国人は「日本」と「米国」に最も脅威を感じています。
 私も驚いたのですが、こういう状況下で、両国間で軍事紛争が起きると見ている中国人は、「数年以内」や「将来」を合わせると今年の調査で6割を超えており、昨年よりも20ポイントも増加しました。この紛争の可能性に関する設問は、2012年から導入し今回で5回目となりますが、中国で6割を超えたのは今回が初めてです。
 これに対して、日本人が紛争の可能性を感じているのは3割であり、過度に反応する中国との間で、危険な意識のズレが生じているのです。


しかし、ナショナリスティックな対立に発展したわけではない

 日中関係では、これまで歴史認識の問題が両国の大きな障害となっていました。今年の調査でも歴史問題の重要性は下がっていませんが、両国政府の安全保障面での行動がより国民間の関心を集めているのです。
 しかし、もう一つ指摘しなくてはならないのは、日本人も中国人もお互いメディア報道を通じて知る政府の行動に反発や不安を感じながらも、国民意識はかつてのようなナショナリスティックな対立にはなっていないことです。
 その背景には様々な要因が考えられます。両国政府がG20などの国際会議の成功や、首脳会談の実現、さらには経済協力を優先したこと、それらを反映したメディア報道がなされたこともその要因だと思います。
 ただ、私が今回の調査で注目したのは、両国の国民感情の悪化を「心配している」「改善すべきだ」と考えている両国民がそれぞれ7割近く存在する事実です。それこそが、両国内に存在する「静かな多数派」の声なのです。
 もっとも、よく見ると昨年と比較して、「心配している」が大きく増加し、「改善すべき」が減少していることに留意する必要があります。
 今の日中関係の問題は、国家間の対立であり、その解決は非常に難しい局面にあることを多くの国民が自覚し始めたことがその背景にあると私は判断しています。
 これは政府の首脳会議に対する国民間の評価とも関係します。
 今回の世論調査でも、日中関係向上のための有効策は何か、という設問では、両国ともに3割近くの人が、「両国の協力関係の向上」に加えて、「政治の信頼回復」を選んでいます。また「日中関係の発展を阻害するもの」では、両国民とも6割が領土問題を挙げていますが、中国では「政府間に信頼関係ができていないこと」も3割近くあり、昨年からほとんど改善していません。
 首脳会談を踏まえて、様々な協力が動き始めていますが、東シナ海や南シナ海では両国間に考えに大きな隔たりがあり、しかも信頼関係自体も十分に構築されているわけではありません。それを国民の多くが感じ始めているのです。首脳間の動きは、こうした国民間の不安を解消できる力を現時点では持っていないということです。


政府間だけでは解決が難しい局面にある

 今回の調査で明らかになったもう一つの変化は、国民の目が対立ではなく、国民間の交流に向かい始めていることです。 例えば、今回の調査でも両国民の6割以上が、民間レベルの交流が重要だと答え、中国では6割がこの一年の民間交流は「活発ではなかった」と答えているのです。
 私がより興味を持ったのは、今後、民間交流を進める分野で、中国人は「メディア間の交流」を最も重要だとし、日本人は留学生交流の次に、「両国関係の改善や様々な課題解決のための民間対話」を35.5%が選んだことです。この「民間対話」は中国人も20.5%が選んだ他、今年、別に実施した中国の有識者アンケートでも43.2%と最も多い回答となっています。
 中国人がメディア交流を選ぶのは、メディア報道を変えることで事態の沈静化に向けた期待が大きいからであり、メディアの限界を知っている日本人に「民間対話」が多いのは、課題の解決の取り組む民間の動きの方が、世論に訴える力や、政府行動への影響力が大きいと判断しているからだと私は判断しています。
 国民間の意識にこうした変化が出ているのは、現状に対する不安と同時に、政府だけでは解決は難しい局面にいることを多くの国民が気づいているからです。


直接交流と情報源の多様化が、新しい変化を生み出す

 今回の調査にはもう一つ重要な大きな変化が見られました。それは日中間関係への評価と、国民間の相手国に対する印象が異なる動きをしていることです。
 これまでの12回の調査では「相手国に対する印象」には、日中関係に対する認識の変動とは異なり、一貫して悪化の傾向が存在していました。しかし、今回の調査では新しい傾向が浮き彫りになったのです。
 両国民の相手国に対する印象悪化は、2010年頃からさらに一段と深まり、2013年にはそれぞれ9割を超える人が、相手国に「良くない印象」を感じています。
 その後、中国人はこの13年の92.8%をピークに改善を始め、日本人もその翌年の14年の93%から改善に向い、昨年は88.8%となりました。ところが、今年、日本人の中国に対する印象は再び悪化しますが、中国人はわずかですが改善を続けているのです。
 この背景にあるのは、中国国民の日本への訪問、つまり直接交流の影響です。
 中国人で日本に訪問経験がある人は、この世論調査でも昨年の7.9%から今年は13.5%と大きく増加しました。調査開始の05年の1.3%と比べると実に10倍以上の水準です。この13.5%の日本に訪問経験がある人だけを抽出すると、一般に世論調査の意識と大きく異なることが分かります。
 中国人で日本に訪問経験がある人は一般の傾向とは異なり58.8%と半数を超える人が日本に「良い」印象を持っており、32.2%が現状の日中関係を「良い」と判断しています。これに対して、訪日経験がない人で「良い」印象を持っているのはわずか16%で、現状の日中関係を「良い」と見る人は11.4%に過ぎません。
 また、インターネットを日本に対する主要な情報源としている中国の20歳未満の人も、日本に対する印象は一般よりもプラスとなっています。
 これらの数字は、暗い数字が並ぶ今回の調査の中で、両国の相互理解や関係改善で、直接交流や情報源の多様化の持つ意味の重要性を明らかにしているのです。

日中関係はなぜ重要なのか、将来を巡る議論が問われている

 今回の調査でも、日中両国の重要性は両国の7割の国民が認めています。その理由で最も多いのは、日本人では「アジアの平和や発展には日中両国の協力が必要」の56.1%です。中国人も今年はこの「平和や発展の協力」が33.5%と昨年よりは増えましたが、依然、「重要な隣国だから」(72.5%)や、「世界2、3の経済大国で重要な貿易相手」(58.9%)という一般的な理由が中国では半数を超えています。
   隣国であり、貿易相手という理由も両国の重要性にとっては必要な理由ですが、不安定なアジアの平和や協力発展こそが、今回の調査でも両国民が目指している理念です。それに向けた協力の方向が政府間に具体的に見えない以上、両国の重要性の相対的な位置は低下する可能性があります。
 今回の世論調査ではこの日中両国の重要性を、米国や韓国と比べた他、世界の中での重要な国はどこなのかを両国民に聞いています。世界の中で最も重要な国に日本人が挙げた国は米国の63.3%であり、中国人はロシア(35.7%)と米国(26.8%)が最も多い回答です。その内容に驚く人も多いと思いますが、最も重要な国として日本を挙げたのは中国人の7.8%、中国を挙げたのは日本人の7.4%でした。
 両国の国家的な対立に不安が高まるのは、両国やアジアの将来の姿が国民に見えないからです。この状況を乗り越えるためにも、お互いがなぜ重要なのか、将来、どのような協力関係を作るのか、そうした将来を巡る日中の議論が民間レベルでも必要だと私は考えています。
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