ホットスポットを抱える北東アジアで、多国間の危機管理や事故防止を強化することが急務 ~「日米対話」非公開会議 報告~

2020年1月20日

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 北東アジアの持続的な平和に向け、民間の多国間協議のメカニズム構築を目指してきた言論NPOは2020年1月20日、都内で日米対話の非公開セッションを開きました。この日米対話は、3年前から宮本雄二・元駐中国大使を座長に言論NPOが準備を進め、21日に正式に発足する「アジア平和会議」を前に、最終的に日米の間で、一つの方向性を共有しておこうというものです。同会議は、日米中韓関係4カ国の実務経験者や有識者を集めて、北東アジアの平和の実現に向け、歴史的な作業の乗り出すための舞台となります。

 北東アジアでは、軍事力増強を続ける中国と日米同盟との間で、構造的な対立と緊張があり、北朝鮮、台湾、南シナ海、東シナ海の4つのホットスポットを抱えていながら、安全保障に関する多国間の協議の枠組みすら存在していません。この地域で紛争を起こさせないための危機管理のメカニズムも不十分で、緊張が高まる中で偶発的な事故からの紛争を未然に防ぐ危機管理や事故防止を強化することは急務です。

 言論NPOは、この不安的な地域に、紛争の可能性を抑止する仕組みを強化するための共同の作業や、将来的な平和に向けた多国間の協議をハイレベルな実務経験者間で行う対話の枠組みを、まずは民間で作り上げ、政府間外交のための議論環境づくりを目指しています。こうした目的の下、今回の日米対話は開催されました。


米中戦略的競争で、米国が目指すものは

 非公開対話の冒頭、言論NPO代表の工藤泰志は、「米中は戦略的競争関係と言われるが、最終的に米国は何を目指しているのか、日本でも意見のばらつきがある。まず、米国の参加者から、米国は何を進めようとしているのか説明してもらいたい」と質問を投げかけました。

 これに対し、元商務省の官僚として、日本とも貿易交渉にあたったことがあるパネリストは、「大事なことは、米中関係がこれまでどう進展してきたかという脈絡を見ることだ。ソ連崩壊時、西側の民主主義国では楽観的なムードが広がった。F・フクヤマは『歴史の終わり』という本を書き、自由経済への自信に漲っていた。しかも、IMF、世銀、GATTの経済システムのもとに、将来の方向性はもう決まったのだ、と理解し、グローバル経済が進んで、民主主義とは言わずとも自由な政治につながっていくと思われていた」と、解説しました。

 しかし、中国は当初から共産党政権が指導する経済を進め、中国製造2025でその統制は頂点に達し、AI、半導体、ロボットなどの開発に政府が強くバックアップし、中国の市場は守る、という政策を打ち出した。さらに、中国が開かれた情報がいかに体制にとって脅威になるかということに気づき、インターネットから切り離す措置を取り始め、南シナ海に基地を作り始めると、アメリカ国内でも「我々は政策を誤った期待に基づいて進めた」と認める論調や、「中国はどういう国なのか」という認識の変化が顕著な意見が見られ始め、「中国の影響力の増大により、アメリカの利害や自由市場に対する敵対的な国であり、アメリカの同盟関係も試される」という危機意識が芽生えてきたことを指摘しました。その上で、同氏は、これまでの前提に対する懐疑心が出始め、いろいろなリスクを計算し、経済、安全保障でもどういう政策を取っていくのかを模索している状況であり、「今は不確実性の時期だと」と語りました。その上で、こうした状況下だからこそ、今回のような会議が必要だと強調しました。


北東アジアの平和を維持するには、危機管理メカニズムの構築と、信頼醸成が重要

 これに対して、もう一人の米側のパネリストが同意を示しつつ、「米国内では、総論賛成、各論反対だ」と指摘。共和党と民主党は、一般論として中国が課題であることに同意しているものの、各論では意見が分かれていて、世論はまだ決断を下していないと語ります。こうした状況下で、米国の世論を味方につけるのであれば、政治エリートがそちらへ世論を誘導する必要があると主張しました。一方で日本に対しては、韓国との緊密な連携、日米同盟の強化、さらに日米防衛ガイドラインと防衛大綱に基づいて、抑止力を増大することが北東アジアにおいて重要だと述べ、日本への期待を口にしました。

 さらに、他の米側パネリストは、構造的に米国一極集中は終わり、これからはミドルパワーに頼る必要があると述べ、「今後、日米がどういうステップをとるのか、戦略的な土台を作る必要がある」と強調しました。さらに、北東アジアの平和を維持するためには、具体的なメカニズムが必要で、危機管理のメカニズムを構築することが最重要であり、その次に、信頼醸成が重要だと指摘しました。

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文化的に素晴らしい中国だが、安全保障面では厳しい相手

 こうした米側の視点に対し日本側パネリストから、日本は2000年以上、中国との付き合いがある。文化的な中国はすばらしい相手だが、安全保障では中国に甘い考えを持ったことがない、と語ります。さらに、危機管理のメカニズムについては、米中、日中とも機能していないが、その理由として、中国にメカニズムを機能させる気がなく、中国は約束をして守らない国だということを挙げ、こうした中国とどう付きあえばいのかと指摘。そうした中で、北京に対してメッセージを送ることは重要であるとしながらも、その背後には日米同盟という力の後ろ盾があるべきだ」と中国への心の親近感、地政学的距離感から、米国のパネリストよりも冷静、冷徹な見方を示しました。
 
 もう一人の日本側パネリストは、米側から指摘のあった日韓関係について、今の状況は改善すべきだという意見があるが、自身の在職中にレーザー事件が起き、韓国側からは未だに説明がないt強調。GSOMIAについても、北朝鮮に対しての脅威認識度が、日韓で違うのではないか、と現場からの声を代弁するように語りました。

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国家対国家の競争

 日本側の指摘に、米国側から、安全保障上の意味で一番重要なのは、法の支配のもとにある国の方が、より楽に交渉することができるが、中国と対処する際には、報道や言論の自由がなく、本当に中国は信頼できるのか、と中国共産党の国家体制そのものに本質的な疑義を投げかけます。続けて同氏は、トランプ大統領が考えていることは、ある意味では不確実性を作り出しているが、中国の現状から論理的に考えると、ファーウェイの問題については、AI技術は単なる技術ではなく、安全保障上の意味合いを持つために、依存しすぎるのはよくない、だからこそ、中国の企業に対しては、対応が必要なのだと、強い口調で語りました。

 これに対し、日本側からは冷静な分析が続きました。戦後のシステムは、第二次世界大戦後のお金も物資も足りないこと、インフレを前提としていたが、今、世界で流通する通貨の量はGDPより15%多く、鉄鋼の生産量は需要より40%多くて、投機とデフレが混在し、分配がうまくいかない。こうした状況下では、戦後の経済システムが機能せず、今の形の中国と、これ以上共存するのは無理で、システムを全部書き換えないといけない。そうした状況から、米国は降りてしまったのだと分析しました。その上で、今必要なこととして、新しいネットワークの作り直しだと指摘。サイバーなら日米英、宇宙なら米英仏という機能別のネットワークのマルチ・レイヤ―システムに対して、日米がどのように協力できるかが重要だ、と今後の日米協力のあり方を示唆しました。

 続けて同氏は、ソ連が滅びても西側に混乱は起こらなかったが、中国と戦うということは自分たちの経済が死ぬかもしれない、ということだと強調。自分たちの死と引き換えに、中国に覇権を取られないようにするか、という厳しい戦いであり、そうした戦いをマルチ・レイヤーのシステムでどう克服するかだ、と厳しい将来の見方を提示しました。

 日本の経済学者からは、この指摘を補足するように、「50年後の経済予測をすると、中国は2030年に最大の経済規模となり、50年先の米とEUのGDPの合計は中国を上回り続ける。経済的に中国に覇権を持たせないようにするには、米がEUなどのライク・マインド・カントリーと強く連携していくことで中国の経済覇権は抑えられるが、トランプ大統領がやっていることはそうではない」と、米国とEUの連携などの重要性を強調しました。

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日米は共通の目標、作戦を持って中国を一つの方向性へ動かしていくべき

 最後に、日本の外交官として中国と長い間、付き合ってきたパネリストは、「中国はまだ、変わりうると思う」と強調しながら、冷静に言葉を続けます。「習近平は、鄧小平路線の一部を否定し、毛沢東路線を一部採用しているが、内外に問題を抱え、習近平路線は失敗している。いずれ出口のないところで、息詰まる。その後、中国共産党の統治路線を変えるという可能性を考えるべきで、一番リベラルな胡耀邦路線になるのでは」と予測しました。続けて、「今、起きているのは外交ゲームで、日米同盟の関係は重要になってきている。私たちは、共通の目標、作戦を持って丁寧にすり合わせ、分担しながら中国を一つの方向へ動かしていくべきであり、その点からも、トランプ政権のEU、日本への対応の仕方は問題がある」と、米側に強調しました。

 熱い口調で中国への脅威を訴え続ける米国側と認識は一致しても、地政学的に近い日本との心理的違いが、垣間見られるような日米の非公開会議は白熱した議論のうちに終了しました。。