「アジアの将来と日中問題」/加藤紘一氏

2006年9月12日

第1話:「アジアの世紀と懸念される日本のナショナリズム」

 21世紀はアジアの世紀だとよく言われていますが、多分そうなるのだろうと思います。今、世界のGNPで考えてみますと、アメリカを中心としたNAFTAブロックは13.3兆ドルのGNP、EUがほぼ同じで13.4兆ドル、アジアは9.8兆ドルです。このアジアの中には、日中韓、香港、台湾、そしてASEAN諸国とインド、パキスタンを入れてあり、2004年、2005年、2006年の世界銀行の統計に基づいて計算しました。他方、世界の人口は64億人ですが、NAFTAが4.3億人、EUが4.5億人なのに対し、アジア諸国は32億人で、世界の半分です。そして、アジア諸国の人々の色々な意味での能力は最近急速に上がってきています。アメリカのIT産業は、中国とインドで成り立っていることはよく知られています。このアジアの地域で経済活動が相互交流することによって、特に知的所有権の寛大なる交流を通じて発展し合ったならば、非常におもしろい社会ができます。

 単にGNPだけではありません。様々な異なった宗教と文化がある。だから、アジアはまとまりにくいと言われていますが、色々な異なった価値観、宗教、文化、文明があることは、これからの世の中では、それ自体が豊かなことであるということをみんなが感じるときが来るのだと思います。そういう中で、アジア諸国の中で大きな指導的な役割を果たさなければならないのは、日本と中国とインドだと思いますが、その日本と中国の間で、相互信頼、相互理解が何かによってブロックされると、それは大変な損失になります。大きな国力を持つ中国と日本が総合的に考え、色々な意味で仲よくするために、よほど努力をしなければならないのだと思います。

 私は政治家をやって35年になりますが、最近の日本国内を見ると、ナショナリズムが、その間で最も強く、なおかつ懸念されるものとなっています。我々は今、ナショナリズムというものにぶつかり、ある意味では戸惑っています。国歌を歌うことを何となく控えるように教えられてきた日本が、今、国歌を歌おう。日本の主張を述べようということは避けなければならないと思っていたのに、それを言うべきであると思うとき、それはいいことなのだろうか、それとも健全な当たり前のことなのだろうかと、みんな戸惑っています。本当は国歌ということを言わなかったはずの若者が、ワールドカップの応援に行くと、頬っぺたに旗を塗って応援します。それを見て、60代、70代の方の中には、最近、若者が変わって怖くなってきたという言葉を言う人もいます。

 一方、大きな新聞メディアや雑誌メディアとは全く異なる漫画については、その中で最も売れているのは、小林よしのりという作家の描く「ゴーマニズム宣言」です。それは、「傲慢かましていいですか、傲慢な態度をとらせていただいていいですか」という意味で、「とにかく今まで静かにしていたのだから、こういう人生、こういう国は嫌だ」と、それは理屈のない傲慢さかもしれませんが、そういうことを言わせてくれという漫画で、彼が1つ描くと30万部、40万部も売れます。既に4~500万部ぐらい売れており、若者が読んでいます。私も読みました。

 ちょっとこれは無視できない問題だろうと思っています。私たち国会議員は一種の世論調査業でして、国民の意識を新聞の世論調査のデータで見るだけでは満足できません。なかなか優等生答弁で世論調査に答える国民が多い中で、我々国会議員が選挙区や色々なところで直接有権者に会って感じる意識調査はかなり本物です。もし間違えると当選しないわけですから、本気で調査しているのですが、やはりナショナリズムについての分析は非常に大切なことだと思っております。


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発言者

kato_060804.jpg 加藤紘一(衆議院議員、元自由民主党幹事長)
かとう・こういち
profile
1939年生まれ。64年東京大学法学部卒業、同年外務省入省。67年ハーバード大学修士課程修了。在台北大使館、在ワシントン大使館、在香港総領事館勤務。72年衆議院議員初当選。78年内閣官房副長官(大平内閣)、84年防衛庁長官、91年内閣官房長官(宮沢内閣)などを歴任。94年自民党政務調査会長、95年自民党幹事長に就任。著書に『いま政治は何をすべきか--新世紀日本の設計図』(99年)、『新しき日本のかたち』(2005年)。

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