「東京-北京フォーラム」は何を目指しているのか

2013年10月22日

今回の「工藤泰志 言論のNPO」は、「東京-北京フォーラム」を間近に控えて、日中関係や東アジアの問題などについて考えるとともに東京-北京フォーラムの役割とは何なのか、について議論しました。

(JFN系列「ON THE WAY ジャーナル『言論のNPO』」で2013年10月28日に放送します)
ラジオ番組詳細は、こちらをご覧ください。


「東京-北京フォーラム」は何を目指しているのか

工藤:おはようございます。言論NPO代表の工藤泰志です。秋も深まり、過ごしやすい季節となってまいりました。さて、言論NPOは来週10月25日から「第9回 東京-北京フォーラム」という大きな対話を北京で開催します。現在、日中間の政府間外交が停止している状況の中で、民間対話であるこのフォーラムは、日中両国だけでなく、世界中から注目されています。ということで、本日のON THE WAYジャーナル「言論のNPO」では、私が今回の「東京-北京フォーラム」をどのように行おうとしているのか、そしてこのフォーラムが何を果たそうとしているのか、ということについて皆さんと考えてみたいと思います。


何とか開催にこぎ着けた「第9回 東京-北京フォーラム」で実現したいこと

 さて、この収録はフォーラム直前ということで、最終準備で毎日徹夜が続いている状況です。もともと8月12日に開催する予定だったのですが、中国側からフォーラムの延期を要請された結果、私たちは準備を変更せざるをえませんでした。この「東京-北京フォーラム」は、民間の「対話の力」で、日中両国、更にはアジアの課題を克服しようということで9年前に誕生した対話です。ですから、政府間関係の悪化の影響を受けて開催が延期されることは、フォーラム自体の存在が問われているようなもので、非常にショックを受けました。

 一次は延期に加えて、開催も危ぶまれましたが、私は猛烈に提案し、なんとしてもこの対話をやりたいとずっと中国側に働きかけていました。そして、ようやく9月下旬に10月の開催が最終的に決断されました。その決断が下されたことで私も北京に行き、中国政府やメディア関係者など、いろいろな人たちと話をしましたが、皆さんとても神経質でした。この対話そのものが国民の感情悪化で開催できなくなるのではないか、ということを非常に気にしていたからです。しかし、私はまず対話をすべきだと押し切って10月開催の実現するに至ったわけです。

 準備期間が3週間ほどしかなかったため、パネリストの選定など本当に大変です。その上、フォーラムを開催する以上、民間レベルで「北京コンセンサス」という合意をなんとしても実現したいと考え、今水面下で動いています。政府間の対話が実現できていない、政府間交渉が行き詰まっている状況の中、日中両国関係において何を実現するのかという本質的な問いに合意することがそもそも難しくなっているのです。現在、「北京コンセンサス」に向けて様々な議論が水面下で行われたり、さまざまなところから「コンセンサスはやめるべきではないか」という声が挙がったりしています。先日も深夜までこの議論をしていました。しかし、私はまだあきらめていませんし、なんとしてでもこの合意を実現しようと思っています。

 私は、この民間対話というものが、政府間の外交を完全に補完できるとは思っていません。やはり、政府間の対話があくまでも基本だと思っています。しかし、現在、政府間対話が行われていない背景には、国民感情が非常に影響していることが挙げられ、今後も事態がエスカレートする可能性が非常に高いのです。このような状況の中では自国民が納得できるような交渉の大義名分をつくりきれず、政府間対話が動かないという状況になっているのが現状です。そういうことであれば、政府間交渉ができるような環境づくりを誰かがしなければならないわけです。それに対し、「よし、やってみよう」と声を挙げたのが私たちの「東京-北京フォーラム」なのです。


偶発的事故が起こった際、ホットラインすら存在しない薄氷の日中関係

 この民間対話の準備もかねて、今年の9月に、言論NPOの活動にご協力いただいている有識者の皆さんに、今の尖閣問題をはじめとする日中間の対立で何を懸念しているのか、また、政府間外交にどう対応して欲しいのか、というようなことを尋ねるアンケートを実施しました。日本の多くの有識層の方々の認識は2つに絞られてきた、という感じを受けました。1つ目の認識は、東シナ海における偶発的事故により、軍事紛争の発生を何としてでも阻止しなければいけないということ。2つ目の認識は、国民のナショナリズムの加熱によって、日中両国の対立がエスカレーションし、本格的な対決になることは何とか抑えなければいけない、ということでした。この2つの答えに8割を超す人たちが賛同し始めたのです。逆に言えば、この2つが、日本と中国が今取り組まなければいけない主要な課題なのです。

 1つ目の認識として挙げた、東シナ海の偶発的事故の可能性に関していうと、私も尖閣諸島は日本の領土だと思っていますし、中国の言い分は受け入れがたいものです。しかし、日中間の緊張感ある対立が、東シナ海の中でほとんどコントロールされていない状況ずっと続いているわけです。例えば、海上保安庁の船舶と中国の船舶の間で、領海侵犯とそれを追い返すというせめぎ合いがずっと続いているわけです。そのような緊張状態が続き、不安定な中で何とか保っている秩序が、たった1つの偶発的事故が起こることで、崩れてしまう可能性がある。また、偶発的事故が起こった場合に、通常だったら政府間にホットラインがあって、今後の対応などについて対話ができるようになっています。米中間にはホットラインがありますし、冷戦時の米ソ間にもホットラインがありましたが、日中間にはホットラインがありません。そうなると、何かかが起こった場合、誰がそれを抑え込むのか、その仕組みもないのです。一方で、東シナ海で何かが起こった場合に、メディア報道を通じて多くの人に知れ渡り、今度は国民感情がエスカレーションしてしまう、という状況も起こります。日中間では、このような危険性を抱えた状況がずっと続いているわけです。

 本来ならば、このような状況の下では、政府間が早く交渉をし、危機管理のメカニズムというものを確立しなければならないのですが、現在、日中間ではその交渉が始まっていません。私はこの状況を非常に問題視していますし、そもそもこのアジェンダ自体が、国民レベルで大きな議論になっていないということが非常に不可解です。しかし、先ほど言及した有識者アンケートでは、東シナ海の偶発的事故防止というアジェンダを、40%を超す回答者が意識してきているのです。

 国民感情については、メディア報道の問題が非常に大きく、特に中国メディアの報道は非常に加熱していました。今のような状況の中で考えられることは、国民感情は、何かが起こった場合に、まだまだエキサイトしてしまう状態だということです。

 つまり、今の状態は不安定な均衡だということなのです。だからこそ、本来なら政府間関係できちんと交渉が行わなければならないのですが、交渉が実現していない状況の中、このような危険がずっと続いているのが現状です。この状況に対し民間側から何ができるのか、ということが私の強い問題意識になっています。


政府間外交のジレンマと「東京-北京フォーラム」で合意した3つの原則

 私は、政府間交渉がきちんと行われていない状況が続いていることは、一つのジレンマだと思っています。日中間に限らず、世界でも国家間のコンセンサスというのはなかなかうまくいかない、ということは、この番組でも何度も指摘しました。ジレンマには、政府間の合意がうまくいかないというジレンマだけでなく、主権が絡む問題の場合には、政府間で譲歩ができず、問題だけを直視して解決しようとするため、逆に事態の悪化を招き、国民がそれに対してエキサイトしまう、そして政府間外交は身動きが取れなくなってしまって止まってしまう、というジレンマもあります。この政府間外交のジレンマの根本には国民感情のナショナリズムに火がついてしまっている状況があるわけです。そのため、この状況を克服するためには民間の中から動きを始めなければならない、と思っているわけです。

 それは、日中間の対立を軍事的なものにしない、平和というものを守り抜く、どんなことがあっても戦争を起こさない、というような冷静な議論が民間レベルで始まるということです。この議論が、目に見える形で動き出す必要があります。非常に不安定な状況の中で、民間レベルでこの状況をなんとかコントロールしようという冷静な議論が始まると、次にはアクションが始まります。私は、今、そのようなアクションを起こす非常に大きな局面に来ているのではないかと思っていますし、世界もそれに注目していると実感しています。今回の対話の意味は、そのための冷静な議論をどうつくっていけばいいのか、ということなのだと思います。しかし、言葉で言うのは簡単ですが、これが意外に難しいものです。私たちが今回やる両国の民間の対話は、安全保障、政治、メディア、経済の4つのセッションを行い、それぞれに対話には各分野を代表する識者が参加します。例えば、安全保障対話には人民解放軍の関係者、日本の自衛隊OB、政治家や、実際に外交を手掛けている人たちが、また、メディア対話では、日中両国のメディアの編集幹部がラウンドテーブル方式で本気で議論するわけです。

 このフォーラムで議論を行う際、中国側と合意した3つの原則があります。1つ目は、「批判するための議論はしない」、次に、「政府の立場をただ反芻するような議論はしない」、最後に、「あくまでも課題解決に真剣に向かい合う」という3つの原則です。この合意があるから、本音の真剣な議論ができるのではないか、と期待しているのです。


さまざまな困難を相対化し、冷静に考えるところから議論が始まる

 特にメディア対話では、ジャーナリズム・メディアは戦争というものを止めることができるのか、という究極の問いかけを、日本と中国のメディア関係者に問おうと思っています。やはり、メディアの報道が過熱しすぎて、中国ではどうすれば相手に勝てるのか、というような軍事シミュレーションの企画などが当たり前のように放映されているようなこともあるようです。日中関係が不安定で、非常に緊張感ある状況の中で、どのような報道をすればいいのか、ということが問われている局面だと私は思います。この問いかけに対する答えを、メディア対話で議論します。

 政治対話では日中両国の政治家が参加し、議論を行います。今年は日中平和友好条約35周年ですが、その条約の第一条には、どんな対立や紛争も軍事的な手段はとらず、平和的に解決する、と書かれています。第一条を現在の日中関係に照らし合わせると、今起こっている現象には疑問を感じざるを得ません。東シナ海での双方の威嚇が続く中、日中友好条約第一条の今日的意味を、もっと冷静になって問うていかなければいけないと思っています。

 日本と中国は経済第三、第二の国であり、両国の経済はサプライチェーンなどいろいろなところで繋がっています。つまり、日中間の経済関係がおかしくなってしまうと、アジアや世界の経済がおかしくなってしまいます。それくらい両国は相互依存の関係にあり、領土問題だけを見て両国関係を議論することは、そろそろ変えていかなければならない状況なのです。つまり、色々な困難を相対化して、冷静に考えることで、議論が始まるのだと思いますし、今ある尖閣問題に対する「新しい知恵」もこのような議論の中から出てくるのではないかと思います。そのような議論が行われる対話を始めなくてはいけないというのが、私の今の強い思いです。


市民が当事者意識をもち、課題を解決していこうとするのが世界の潮流

 以前もこの番組で申し上げましたが、皆さんの中にも、なぜ私たちのような民間が中国との対話に取り組んでいるのだろうか、という疑問がある人たちがいると思います。私はアメリカの外交問題評議会という名門シンクタンクが呼びかけた世界シンクタンク会議の常設メンバーとして、国際的な議論の場に参加して感じることがあります。国際社会においても、様々な課題を解決するにあたり政府間のコンセンサスがとれない状況があり、それを乗り越えるために民間が課題解決に向かい合うという現象が、新しい潮流の一つとして確実に動いているのです。民間が課題を解決するということは、政府の取り組みを否定していることではなく、課題解決を市民も自分たちの問題として考えていくということなのです。そういう風に考えていかないと、もう答えが出せない局面にいることに、多くの人たちが気づき始めている。つまり、私たち市民が、自分のこととして課題に向かい合う。そうした当事者性が世界に新しい変化を起こそうとしているわけです。東アジア、東シナ海で問われているのも、そうした課題解決の力だと私は思っています。

 「東京-北京フォーラム」は、最終的には、日中関係や尖閣問題にとどまらず、東アジアの安定的な秩序作りを目指しています。なにかあったらいつも紛争が起こり、外交が止まってしまい、必ず危険な状況が起こる、というような東アジアのガバナンスの不安定さはなんとしてでも解決していかなくてはいけないと思います。本来なら、それは政治が取り組むことなのですが、政治がなかなか動かないのであれば、私たち民間側がその環境をつくっていくことを目指し、中長期的には、東アジアに新しく平和に向けた雰囲気をつくれないか、と思っています。

 私たちも25日からの「東京-北京フォーラム」の準備に向けてかなり大詰めの段階に入ってきました。民間がアジアの困難にぶつかっていくという大きな動きにぜひ注目していただきたいし、世界やアジア地域の問題についても、自分たちには関係ないというのではなく、自分たちが主体として解決していくのだ、という大きな流れがこれから始まることを私は期待しています。そして、そうした様々な動きを私たちも色々な形でサポートしていきたいと思っております。

 ということで時間です。今日は、『「東京-北京フォーラム」は何を目指しているのか』と題して考えてみました。このフォーラムの議論については言論NPOのホームページで随時公開していきますので、それも合わせてご覧いただければと思っております。

 今日はどうもありがとうございました。

今回の「工藤泰志 言論のNPO」は、「東京-北京フォーラム」を間近に控えて、日中関係や東アジアの問題などについて考えるとともに東京-北京フォーラムの役割とは何なのか、について議論しました。