言論NPOとは

私たちは当事者としての姿勢を取り戻すべき

130919_kudo.jpg 私たちが直面にしているのは、前例のない危機であり、それぞれが関連しながらも、不連続に、しかも同時に世界で広がっています。
 感染症や温暖化は地球の生存をかけた危機です。世界では所得や富の絶対的な格差が広がり、AIやデジタル化への熾烈な技術競争に人間の統治が追いついていません。
 事態をより複雑にしているのは、米中対立という地政学的な対立です。
 世界は協力よりも、分断に向かい始め、その最前線としてこのアジアで緊張が高まっているのです。
 さらに、考えるべきことは、多くの国で民主主義は後退し、その統治が市民の信頼を失いつつあることです。日本もそれと無関係でないことは、多くの人は気付いているはずです。
 ところが、この国はまだ本気になれず、多くの人が評論家になり、不安に迎合する勇ましい声だけが好まれています。
 このままでは、未来の可能性を自分たちで潰しかねない。それが、私の危機感なのです。
 私たちが、これからも自由で民主的な社会を望むのであるならば、この変化に立ち向かうべきではないか。それが、私の言う、当事者の姿勢です。


必要なのは、世界の変化や日本の課題を自分で考え、感じる力

 では、どう立ち向かえばいいのか。その答えの一つは現実を知ることだ、と私は思っています。

 私は、昨年から「知見武装」を呼び掛け、様々な議論を公開しています。ここで言いたいことは、私たちは自分で考え、感じる力を取り戻そうということです。
 インターネット空間には、感情的な議論が溢れ、偽情報もあります。
 私たち自身が、この歴史的な困難を受け入れるためには、その情報の中から事実を見極め、世界の変化や日本に問われる問題を自分で判断できる「考える力」と、「感じる力」が必要なのです。
 私たちは、本来、見なくてはならないことを見ようとしているのか、感じなくてはいけないことを感じようとしているのか。問われているのは、私たちの姿勢なのではないか。それが私の問題意識です。
 世界の変化は、私たちの立ち位置を問うているのです。

 私は、世界の変化から、学ぶべきことは二つある、と考えています。
 一つは、世界は協力するしか、世界の危機を止められない、ということです。
 ここで私たちが考えるべきことは米国、中国のどちらに与しようが、そうした対立を続ける以上、気候変動や異常気象、核の脅威から逃れられない、ということです。
 もし、私たちが世界の課題で力を合わせることに失敗し、自分の国だけを考えようとしても、それぞれの国は自分の国を守れないだけではない。この地球の未来は終わり、なのです。

 これらを考えれば、私たちが取るべき行動は明らかです。
 世界の課題で世界が力を合わせること。そして、米中対立による世界の分断をこれ以上に悪化させないことです。
 そのためにも、国家の対立ですでに機能しなくなった国際協力の枠組みを立て直す努力を始めなくてはならない。そして、多くの地域で、紛争に繋がる行動を自制し、対立を乗り越える作業に取り組まなくてはならない。
 日本政府は未だに、日本がこの対立下において、どのような立ち位置を取るのか、国民に説明できていない。
 しかし、国際協調でしか未来を描けない日本が、世界の分断をこれ以上に悪化させないという旗を掲げるのは、むしろ当然だろう。
 これこそが、日本に問われるべき、最大の課題だと、私は考えている。

 私たちが毎年、行う世論調査では、国民が考える日本の立ち位置は、「米中のどちらにも与することなく、世界の繁栄に尽くすこと」が6割近くで圧倒的となっています。
 それが日本の民意であり、国民の願いなのです。ところが、政治の動きはこの願いとは繋がっていないのです。
 この状況を変えることができるのは、私たちなのです。


私たちは自由と民主主義の価値をどのように守るか

 私たちが学ぶべきもう一つの姿勢は、不安定化する世界の中で、自由と民主主義の価値を守り続ける、ことです。
 米国と中国の対立と競争がかなり長期化する中で、お互いの違いを乗り越えて、世界の共存を考えることが必要となっています。その中で自由と民主主義の存在をより大きなものにしていく努力こそが、私たちの課題です。
 自由と民主主義こそ、人類の長い戦いの末に勝ちとった財産だからです。

 私が守りたいのは、私たちが自己決定できる自由な社会であり、参加に基づいた民主主義の社会です。
 独裁者に指導された専制国家やAIに管理された社会がどんなに機能的であったとしても、私は自由を失った社会を選ぶことはできません。
 しかし、残念なことですが、世界ではそうした民主主義の体制は今では少数派となり、選挙を通じて選ばれた指導者が独裁色を強め、権威主義体制へ移行する国も相次いでいるのです。国民の不安に迎合するインターネットで溢れる発言がこうした指導者の追い風になっている。

 ここで問われるのが、「民主主義の有用性」なのです。
 つまり、民主主義は、経済の発展や国民が願う課題の解決に本当に役に立っているのか。それが、「有用性」です。
 格差や分断が広がる社会が社会を不安定化する中で、民主主義自体の信頼が世界で、ぐらついているのです。
 まさに、今、私たちは民主主義やそれと連動する資本主義自体の修復をどのように進めるのか、その難題が突き付けられているのです。
 それぞれの国が民主主義の「有用性」を取り戻し、課題解決に向けた政治の回路が市民の信頼を回復しない限り、民主主義の仕組みは競争力を持ちえない、ということなのです。
 そうした競争にすでに、私たちは入り込んでいるのです。

 こうした自由で民主的な社会が、世界の変化の中で競争力を持つためには、私たち自身が当事者として、この前例のない世界の変化の中で、未来に向けてチャレンジするしかないのです。
 私が、この2022年に、当事者としての姿勢を取り戻すべきだ、と話すのは、それしか、日本の未来が見えないからです。
 この歴史的な困難に立ち向かうためには、私たちが当事者として、この時代の前例のない危機に堂々と向かいあう、今がその局面なのです。

 私たち言論NPOは今、3つのことに取り組んでいます。
 世界を代表する世界の民主主義国10か国のシンクタンクが参加する「東京会議」は、世界の分断をこれ以上悪化させず、世界が力を合わせることを、2023年のG7議長国、日本政府に提案する、ことになっています。
 私たちと体制が異なる中国にも、平和と世界の協力の立ち位置を取ってもらわなくてはなりません。17年間、困難が続く中でもその解決に立つ向かい、一度も対話を中断したことがない私たちだからこそ、本気の議論ができるのです。

 アジアで紛争を起こさせないための私たちの協議には、対立を深める米国と中国が参加しています。
 そして、民主主義の信頼を高め、その修復に取り組むための作業や議論も開始しました。
 そのどれもが、多くの人の協力や理解がなければ進まないものです。そのためにも、私たちは、社会に発言をし続けます。
 この3つの取り組みで、新しい変化を起こすことができるのか。それが私たち言論NPOのチャレンジなのです。

2022年10月
言論NPO代表 工藤泰志
工藤泰志(くどう やすし) 1958年生まれ。横浜市立大学大学院経済学修士課程卒業。東洋経済新報社で『論争東洋経済』編集長を歴任。2001年11月、特定非営利活動法人言論NPOを立ち上げ、代表に就任。その後、選挙時のマニフェスト評価や政権の実績評価、東アジアでの民間対話、世界の有識者層と連携した国際秩序の未来に向けた議論など、日本や世界が直面する課題に挑む議論を行っている。また、2012年3月には、米国の外交問題評議会(CFR)が設立した世界23カ国のシンクタンク会議「カウンシル・オブ・カウンシルズ(CoC)」に日本から唯一参加している。
⇒工藤ブログを読む