「日本の知事に何が問われているのか」/福岡県知事 麻生 渡氏

2007年5月21日

 「日本の知事に何が問われているのか」をテーマに、全国の知事にインタビューを続行中です。
現在の発言者は麻生福岡県知事です。

camp4_fukuoka.jpg麻生 渡 (福岡県知事)
◆第1話:5/21(月) 「ファイティングポーズと経営力」
◆第2話:5/22(火) 「三位一体改革の次のアジェンダとは」
◆第3話:5/23(水) 「東京集中と多極創造力拠点」
◆第4話:5/24(木) 「東京にどのように挑むのか」
◆第5話:5/25(金) 「国は世界標準の戦いに徹するべき」

麻生 渡 (福岡県知事)
あそう・わたる

1939年生まれ。63年京都大学法学部卒業後、通商産業省(現経済産業省)入省。通商政策局国際経済部長、近畿通商産業局長、商務流通審議官、特許庁長官を経て、95年福岡県知事に就任(現在4期目)。05年からは全国知事会会長を務める。
全国知事会会長として、地方分権推進の先頭に立つ一方で、県立病院の民営化や、民間の発想や専門的能力を県庁に取り入れる「人材ハイブリット県庁」への転換など、時代の変化を洞察した創造的な県政を展開している。

第1話 ファイティングポーズと経営力

知事が県民から一番期待されている役割は、「県民の皆さんを経済的に豊かにしていく」ということです。これは江戸時代とそう変わらないと思います。つまり、「県を繁栄させていく」ということです。それから、今の時代でいいますと、同時並行的に「福祉」や「医療を中心とした生活の安全」を制度として整え、サービスを届けていくということです。

「分権を進める」こと自体を県民の皆さんが期待しているかどうかはよくわからない。分権がそうした経済的な繁栄を実現するために必要であるか否かは、なかなか県民の皆さんにわかりにくいからです。実際の仕事のやり方が見えにくいというところもあります。しかし、どうもそういうことらしいというのが一般的な気持ちでしょう。ですから、分権にも大いに賛成しましょうというようになっているのではないでしょうか。

したがって、知事にとって一番重要なことは、今申し上げた2つの側面、つまり、県を経済的に繁栄させていく、失業なんか起こさない、もう1つは、社会保障をきちっとやっていくという意味で、安心できる生活を保障する、このような経営能力を持つということではないでしょうか。

日本にもこれまでいろいろな知事がいました。「辺境から日本を変える」というのはそのとおりですが、その場合の最大の手段は、浅野さん(史郎前宮城県知事)たちがその典型でしたが、すべての出発点は情報公開だったのです。情報公開をすることによって住民参加を促していく。それから、議会チェックはもうだめだとまでは言い切ってはいないけれども、それに近いですね。だから情報公開によって、住民の直接チェックを受けるようなことをすることによって、地方行政を開かれたものにする。開かれたものにすれば、自動的にいい成果が生まれるはずであるという仮説に立っていたんですね。

ところが、実はそう簡単じゃないんですね。結局は知事がしっかりしておかないとならないし、役人もしっかりしないといけない。そしてやはりいい制度を設計しないとだめなんです。チェック機能が働かなくてはならないということは重要な一側面ですが、情報公開をしてチェック機能が高まれば、自動的に地域経営がうまくいくということではない。その間に非常に大きな力、知事のリーダーシップが必要なのです。

私自身でいえば、全国知事会の会長として分権を実現するというもう1つの役割があります。やはり分権は実態の変革を伴わないといけないので、結果を出さなくてはいけない。前任の梶原会長(拓前岐阜県知事、前全国知事会会長)時には「闘う知事会」ということが言われました。この結果を出すに当たって、闘うという姿勢は基本的には必要ですから、それは大事にしなければいけないと思っています。ただ、言葉だけ「闘う、闘う」と言ったところで実際に何か具体的な成果を上げなくては、分権運動も続きません。そういう意味で、闘うということによって成果を上げることが大切です。闘うというのは成果を上げるための手段だと私は思っています。

知事には様々なスタイルがあります。今、求められるのはやはりファイティングポーズをとることです。どこに向かってファイティングポーズをとるかは難しいけれども、あるときは国にファイティングポーズをとったり、議会にファイティングポーズをとったりしなければいけません。なぜならば、そういう強いリーダーシップをみんな知事に求めているからです。闘うリーダーシップを求めているのです。そういう要求にこたえながら、我々は実質的にいい行政をしないといけないですね。ただ、それを黙って、実質的に良い行政をしているというだけでは、みんなはついてこない。ここが難しい。ただ、やたらに声高に喧嘩すればいいわけではないが、実質を伴おうとすると、やはりみんなから見て「やりよるな」というのが見えるようにしていかなくてはならない。だから、両方必要なのです。

知事は経営者なんですよ。ファイティングポーズをとりながら、経営をしてしかも結果を出さなければいけない。今の知事にはそれくらいの覚悟が問われていると思いますね。


第2話 三位一体改革の次のアジェンダとは

これまでの分権改革の評価は2つの側面から行うべきだと私は思います。1期改革をどこから1期改革と呼ぶかということはありますが、地方分権推進法をつくり、地方分権一括法の制定からスタートしたとすると、これは非常に大きな成果だと思います。というのは、機関委任事務制度を廃止し、それに伴い自治事務などに再整理され、考え方としては国と地方は対等だという再定義をしたわけです。実態を今後、さらにその考え方に近づけていかないとなりませんが、あれは非常に大きな変革だったと思います。

こうした機関委任事務が自治事務とか国の法定受託事務に再編成され、地方の自己決定権が拡大した辺まではよかったと思います。ところが、最後のお金の問題になったときに、これは三位一体という形で小泉前総理から提起されたんですが、これが非常にわかりにくかった。三位一体のお金のこと、財政問題について言うならば、3兆円の税源移譲は歴史始まって以来の成果でした。これはやはり評価すべきだと思います。ただ、それと見合いに地方側に苦労してつくらせた例の補助金の廃止リスト。小泉さんはこれを尊重するとは言いましたが、最後まで尊重した格好であったかというと、そうではなかった。特に一番ひどかったのは生活保護の補助金を移譲対象としようとしたことですね。義務教育国庫負担金などを地方に移すことに嫌々やっている。リストを地方側につくらせた段階の作業経過からいうと、ひどい約束違反の行為をやったと思いますね。そうした補助金の整理の部分はうまくいかなかった。

私は現在の地方経済がそう悪いものだとは思っていません。東京なんかと比べた格差という点では広がりました。しかし、地方経済の絶対水準はどうかというと、これは随分改善してきました。例えば雇用情勢もよくなりました。3年前の4月の今ごろは、我々は高校生の就職できなかった子を県庁に預かっていました。そういうことが全く必要なくなりました。というような状況から考えますと全体として、雇用情勢を中心に経済情勢はよくなってきています。

三位一体改革は、結果的にこうした東京と地方の格差をさらに浮き彫りにしたように見えます。ただ、それは分権改革や三位一体改革の結果として起こったり、あるいは分権改革の結果がうまくいかなかったから起こっていることだとは思いません。それをはるかに超えた日本の根源的な問題ではないかと私は考えています。それがたまたま地方分権なり地方との財政問題に極端に出ているのです。日本国家としてこれだけ経済も文化も教育も、あらゆることを徹底的に東京に何もかも集中させている、この実態は極めておかしいと私は思います。これはもう修正しないといけない。

その際には2つのことを考えなくてはいけないと思います。税収の地方自治体間の格差、東京にものすごいお金が集まってしまうという今の地方税の税収構造、これをもう少しなくしていくことは考えざるを得ないですね。

しかし、もっと我々が考えなくてはならないことは、その原因は何なのかということです。ヒト、モノ、カネとか、もっと言うと、文化から情報発信から全部東京にますます集中している。こんないびつな国でいいのか、ということです。東京への集積はますます加速し、次々にあんな大きなビルが建っている。大阪でもビルは建っていますが、そのスピードやスケールが全然違います。いわんや、ローカルなところへ行ったら、全然違う。それは小泉さんの規制緩和が、集中という面ではますます東京に有利に働いたのではないでしょうか。

東京の問題では、「税の偏在」の問題が今、議論になっています。これには2つのアプローチの仕方があります。私はこの2つを併用しないといけないと思いますが、1つは地方の法人税の各地域への配分の仕方、配分基準をもっと地方に多く渡せるような基準にしていくことです。配分基準を今どういう要素でやっているかといいますと、一番大きいのは人間要素なんです。例えばA社が100もうかったとした場合に、人間が東京に50人、地方の支社に50人いた場合には、東京に50渡して、あとの50を各地で分けるとか、そういうことになっています。それを、今の税制のもとで配分基準を見直すというやり方でさらに是正しようというのが1つなんです。

しかし、それでも限界があるので、もう1つは税目そのものを考え直そうじゃないか、という問題があります。一番偏在性が少ないのは地方消費税だから、地方消費税をもっと上げて、それ見合いで法人税のウエートを下げて、下げた分は国税の方に移しかえる。知事会としては今度の骨太の方針のときには、もっと偏在を是正するというために、地方消費税の取り分、地方分を増やせということを主張しているんです。

さらにその次の目標としましては「税の偏在」の問題から「地方と国のバランス」の問題を考えるべきです。そもそも税源を、今は国と地方は6対4の割合になっていますね。支出は反対に4対6になっていますから、それをせめて5対5にするということも私たちは主張しているのです。

三位一体改革は終わりましたが、次の地方分権のアジェンダ(課題)はもう非常に明確です。地方分権改革推進法ができて、委員会も設置されました。そこでまず始まるのは国と地方の権限の再配分ですね。2番目に今の税源の配分です。そこでは我々はせめてまず国と地方の割合を5対5にするようにと言っています。3番目は、形がないように見えているけれども、いろいろなところで国の地方への関与が何とか指導とかモデルとかいって、多過ぎるわけです。言うことを聞かないと金を渡さないとかです。だから、国の関与をもっと減らすというルールをつくるということですね。

三位一体改革が終わったときに、我々が一番苦慮したのは、分権改革の次はどうするのか。どういう形でやっていくのか、という点でした。それでもめたのが去年なんです。そこで我々は新しい法律をつくって、次のステージに進もうではないかということを言って、それに対する様々な活動を行いました。これは枠組みとしましては成功しました。あとは成果を上げるだけです。


第3話 東京集中と多極創造力拠点

東京への集中が加速していることを、おかしいと私が考えるのは、これでは日本国民全体のいろいろな能力を十分発揮できないし、おそらく今後の多様な世界の動きに対応できないと思うからです。それはどう考えるのか。それこそが非常に本質的で一番大事なことです。その問題を税目の計算の仕方だけで考えるのは、我々にとっては非常に重要なことですが、国全体はもっと本質的なことを考えなければいけません。

政策的に言うと、もっと分散させるという政策を日本は明確にとるべきです。これは政府機能というか、経済とか文化とか情報とかいう機能です。教育もそうです。例えば、かつては大学を新たに東京につくってはいけないという規制がありました。これはもう今は止めている。それから、工場立地も制限して、地方分散の工場立地をやったこともあります。今は、大学や工場も自由に東京で立地ができるようになっています。かつて東京にあまりにも集中するからということで規制していたものを、国際的な競争に勝てないじゃないかという名分のもとに外していった。むしろ今、ものすごい勢いで集積しているけれども、それは政策の結果として起こっている部分が随分あるわけです。

では、このやり方でなぜいけないのかということです。本質的に言うと、このやり方は20世紀のやり方であってそもそもそこに住んでいる人たちはそれで幸福なのかということです。とにかくあのように何でも機能を東京に集中させることがいいことなのか、という問題があります。もう1つは、東京が全国で一番出生率が低く、赤ちゃんが生まれない。赤ちゃんが生まれないところに一貫して地方から人口が流れているわけです。生まれないところの人口がずっと増え続け、我々のような地方は人口減少に大分前から入っている。だから、逆スパイラルじゃないかと思うわけです。一番、赤ちゃんができないところにまた人間が地方から集まる。これでは少子化を一番促進するメカニズムを容認している、としか言いようがありません。

しかし、私はそれ以上にこれからの日本は複数の実験をしなくてはいけないと思います。かつてのように、何か先行事例があってそれを真似しながらやっていても大過ないという時代は、もう明らかに80年代に終わったわけです。そうすると、いろいろな制度の設計の仕方、教育の仕方、文化のつくり方、あるいは経済もこれは多様なやり方をしてみる。その中で実験をしてみて、うまくいくところと、いかないところがありますが、幾つかの選択肢を実験するという国の仕組みにしておくべきなのです。みんな東京で決めたことだけを一緒にやっていくことになった場合に、多分にやり損なうんです。

その一番いい例がゆとり教育です。皆、右へ倣えでゆとり教育だとやったわけです。あれから学力低下を起こして、今慌ててゆとり教育をやめようじゃないかと言い出している。今度は英語ですよ。英語教育を全国で小学校からやって、気がついてみたら、何のために英語に力をいれたのかわけがわからなくなったということにもなりかねない。ゆとり教育という考え方も確かにあるんでしょうけれども、一方で石原さん(慎太郎東京都知事)が言うように、知識というのはある程度詰め込まないとだめなんだと。だから、詰め込みはちゃんとやらなければいけない。また知識だけじゃなくて、徳育ということをもっと充実させないと、人間としてだめになるのではないかとか、それが教育なんですね。それを東京一極型でやっている限りは、同じことをやって、同じ失敗をしてしまう。

だから、地方にも任せてほしいのです。私は多極創造力拠点といっていますが、新しいことをやる拠点を幾つか全国につくる。例えば関西もやりますと、九州もやりましょうと、東北もやりますと。我々はこういう教育の考え方でやりますとか、そういうような国の体系にしなければ、日本はうまくいかないし、危ないと思います。東京一極集中の問題は、日本の将来の繁栄を複眼でやっていくために、もっと機能を分散する、あるいは、九州なら九州の考え方で独自のやり方をもっとさせることを考えなければなりません。

地方に任せてほしいと主張する以上、自治体側も経営をする意志を貫かないとなりません。この間、総務省のほうでも破綻法制から一括交付税を含めて様々な動きが始まっています。そういう破綻法制の動きには、今までの財政再建団体と違って、もっと踏み込んだものにしなくてはいけないという点で我々も意見が一致しています。その一番の中心は早期是正措置ですね。早期是正措置をとるためには早期ウオーニング(警告)が発せられなくてはならない。したがって、ウオーニングの元になるような新しい指標のつくり方をやっていこうということなんです。早期ウオーニング、早期是正の体系は今回随分よくできてきたと私は思っています。

その次に問題なのは、それでもうまくいかなかったときの債務整理はどうするんだということをまだはっきりさせていないんですね。その点について踏み込んでいきますと、債務の整理をする場合に、銀行の借り入れもカットの対象にするかどうかです。

そういう議論は一見、会社なんかの整理をするときにはやっていますから、当然のことのように見えるのですが、実は、これはよく勉強しておかないと、全く金融機関はもう地方自治体にお金を貸せない状態になるんですね。この部分はまだ残したまま、早期是正のところに手をつけて、再生の場合は聖域なきカットというのが今回の法律なんですね。

また一括交付税についてですが、地方交付税も補助金的な交付税が随分増えているんです。これはやはりおかしいと私も思います。あまりにも複雑になっています。ですから、そういう交付税ではなくて、整理をして、もっとわかりやすくということで、新型交付税ということを考えたのです。この一括交付税は今後も拡大した方がいいと私も思います。新型交付税という考え方自体は間違っていないし、交付税を特定の政策誘導手段として使うほうが本当はおかしいと思います。新型の交付税は、これをやるから、あるいはこれをやったからと配分するのではなく、面積とか人口とかわかりやすい手法で分けましょう、そうしておいてあとはどういう使い方をするか、地方側の裁量で行うという方向ですから、考え方は「簡明化」ということです。もちろんお年寄りが多いとか、いろいろな要素はあると思いますが、そういう要素をたくさん見たら、また昔に戻ってしまうわけです。

地方が経営するためには、国がやたらに関与したり補助金で使途を決めて出すのでは困るわけです。金そのものは使い方は自由でよろしいということで出すべきで、地方交付税もそういう格好にすべきと考えています。しかし、その結果、うまくいかなければ、国が早期ウオーニングでちゃんとチェックしますと。あなたのところは、財政指数も、いろいろな満足度指数もこんなにうまくいっていないじゃないかと言えるというふうにすればいいということです。地方が経営するためにはそういうことになっていかざるを得ないと思います。

自治体も経営をするということを嫌がってはいけないと思います。経営者として闘わないといけないのです。各知事もそうだし、市町村長もそうです。一生懸命頑張って、自分の地域の特色を生かして魅力づくりを一生懸命やらなければいけないのです。それをかつてのように、何かお国にずっと面倒を見てもらえるとか、そういう発想でいる限り、分権の主張など成り立たないでしょう。


第4話 東京にどのように挑むのか

福岡の戦略は経済についていえば、もう極めて明確でして、産業政策としては、21世紀に成長する産業を集積させて、非常に成長力の強い先端産業構造にしていくという政策です。具体的にそれをやる産業分野ですけれども、1つは自動車、1つは半導体、1つはバイオ、水素、あとナノテクノロジー、そういう分野で必ず我々は次世代の産業を域内につくり出していく、あるいは集積させていきます。その政策手段はいわゆる産業クラスター政策というやり方でして、その有力な手段は産官学協力の技術開発と、それぞれのセクターごとに必要な人材を育てる学校をつくっていくというやり方でやってまいります。

私は21世紀の日本が伸びていくためには、今までどおり、東京と三大都市じゃもうだめだと考えています。新しい地域が必要になる。その地域は我々のところである。ただし、我々はあの東京の轍は踏まない。過密都市はつくらない。我々はネットワーク型でこの地域をつくっていきます。ネットワーク型というのは、機能分担した都市連携によってそれを実現していく。これは九州全体でもいいのですが、今は北九州、福岡で考えています。当然、頭の中には独立できるくらいの経済圏をつくっていくという発想はあります。

ただ、こうした経済戦略を考える場合、九州とかアジアとかそんな漠たる考え方をしたって何の役にも立たない。だから、我々が今進めているプロジェクトは経済面で言いますと、まず自動車は我々の方で150万台の生産拠点をつくっている。ただ、この構想の中には、70%まで地元調達率を上げるという第2の目標がある。第3番目は、我々はアジア最先端の自動車拠点になるということをやっていく。それはどういうことを意味するかというと、我々のところをマザー工場にするということです。さらにもう1つの目標は、未来の自動車をつくるという未来カーの開発拠点になるということも考えています。今後、自動車は環境の配慮、安全面での機能向上、情報サービス機能の高度化に向けて進化していきます。だから、半導体と一体化するためのいろいろな作業を今やっています。また、環境への配慮として水素エネルギーも開発しています。自動車の産業もアジアの各地に随分拠点ができていますけれども、その中で、技術的に、あるいは新しい概念の車を開発するのに断然我々がリードするという地域になる。単に生産力を競うのではなくて、頭脳の面で勝つところにする。

半導体のプロジェクトの名前は、福岡計画なんてけちなことは言わない。シリコンシーベルトプロジェクトといっている。なぜシリコンシーベルトプロジェクトかというと、これは海があって大陸があり、そこに福岡があり、朝鮮半島、上海、香港、台湾、シンガポールがある。これは今、世界の大半導体生産地域ですね。もう世界の生産の半分を超えています。この中で我々が一番の拠点になるという、だから、シリコンシーベルトプロジェクトというのです。

抽象的にアジアとの協力といっても、具体的には各セクターごとにアプローチをしないと意味のあることにならないと思います。何か時々会議をしたって、具体的な成果に結びつきません。会議は雰囲気をつくるのには意味があるけれども、具体的な成果は、半導体ではどういう協力関係をつくりますか、自動車ではどういう分業体制をつくりましょうかということをやらないといけない。

かつ、東京に勝つためにどうしたらいいかということですが、これは生活の質です。東京にない、東京で働いて得られない生活の質を我々は保障しなければいけない。生活の質とは具体的にどういうことかといいますと、1つは不動産が安い。東京で通勤1時間圏内で家を買ったら、それだけで家のローンの奴隷になっちゃうじゃないですか。新しい家に入ったとたんに夫婦げんかが起こるという悲劇は我々には起こらない。この地域の不動産価格は、通勤時間のことを考えた場合におそらく東京の3分の1ぐらいじゃないかな。

例えば2500万から3000万円出せば、ちゃんとしたマンションが買えると思います。そうしたマンションは通勤に1時間もかかりません。一戸建てで少し郊外型であればもう少し高いけれども、2500万から3000万円ならローン地獄にはならない。

しかも空港も近く、かなりのコンパクトシティー。「たかが住むところ、されど住むところ」なんです。それを東京では自分のものを確保しようとしたら、それだけで大変じゃないですか。だから、我々のところに来れば、快適な通勤時間でちゃんとした居住が得られますよと、これはものすごく大きな魅力です。それから、ここに来れば、山がすぐ見えるじゃないですか。海もすぐ近くできれいです。魚釣りに行ったらよく釣れる、というふうな自然環境が保障されたよい生活ができます。

文化という点でいえば、我々のところは、歌舞伎もあれば、相撲もあり、ヤフードームの野球もあります。シンフォニーも世界的なものがよく来ています。韓国から韓流が山のように来ている。一昔前の言葉で言うアメニティー、生活の質の面で、東京で得られないものを私たちは用意できます。


第5話 国は世界標準の戦いに徹するべき

道州制についてですが、最終的には道州制になっていかざるを得ないし、私の先ほどの多極創造力拠点というものを考えた場合にはやはり道州制だと思います。

その場合、考えるべき道州制は分権型じゃないと意味がない。そこに統合力を持って、まさに我々はどんな教育をつくろう、どんな大学をつくろうということから始めて、どんな文化をつくっていくんだとか、相当広くアジアとの関係はどういうふうに構築していこうとか、そういうことをやれる分権でないとだめです。それも国にただ求めるのではなく、自分たちでそういう地域経営の構想や意志を持つことです。

私が分権なり道州制を必要だと言っていることのもう1つの大きな理由は、実は日本の国はこのままではいけないと思っているからです。なぜいけないかといいますと、東西の壁が破れた後、世界は本当に変わったわけです。変わってグローバリゼーションで一体化したのですが、そのときに私たちの繁栄のために何をやらなくてはいけないかというと、要するに、世界標準の戦いになったんですよ。例えば会社運営のルールはどうするのかとか、裁判制度はどうしたらいいかとか、高齢者をどういうふうに社会は遇すべきかとか、あるいは環境問題とか、そういうようなことで、私がかつて通商産業省(現経済産業省)担当していた特許なんかは典型的にそうなんです。そういう意味で、世界標準にどの標準を使うのか。会社法は日本型でいくのか、アメリカ型でいくのか、ドイツ型でいくのかというような戦いになったわけです。それをもっと国はやらなくてはならない。あれだけの人材を持っているのだから、世界と世界標準を戦う、普及させるということにもっと取り組まなくてはいけない。

だから、国家公務員は、世界標準の戦いにどれだけ日本が登場してやりきるかということに目標を置くべきであって、地方をいろいろ金をやるからどうしろ、ああしろとか、そういうようなことはもういらない。日本は「標準局」とかそういうものをもっと強化しないといけない。今、業界の人たちが嘆いているのは、世界標準を巡っていろいろジュネーブでやっていますが、よその国は一生懸命役人が出てきてやっているのに、一番、日本政府が応援してくれないことです。だから、国家のあり方を考えて、本当にやるべき国家の仕事は変わったのだから、国はその仕事にシフトすべきなんです。

地方のことは地方に任せればいいのです。国の役人はあれだけ優秀なんだから、それを世界に向けて戦わないともったいないでしょう。

私たち知事は別にびっくりするようなことを言っているわけじゃないんです。地域を自ら経営するから、国は余計なことを言わないでくれと。

自らやるからと私たちが言っているのは、その方が仕事が進むからです。例えば今、国中の課題は少子化でしょう。少子化の場合に、子育て応援はどうやるかということですが、子育て応援の非常に重要な要素は、核家族になっているから、赤ちゃんを育てるのはどうしたらいいか家庭もよくわからないんですね。だから、子育てを応援するセンターをつくって、風邪を引いたら、それはこうしなさいとか、たんこぶができたら、それはほったらかしても大丈夫ですよということを教えないといけない。そのセンターをつくれというわけです。

それはそのとおりなんですが、国がやると「センターとは何か」と定義してしまうわけです。こういう場所が必要なのではないか、こういう人間を3人揃えなくてはいけないとか、そういうことばかりやるわけです。だけれども、本当に必要で、一番大事なのは、子育てセンターに誰が座ってアドバイスするのかとか、一生懸命やってくれて、みんなから信頼される人はここに誰がいるのかということから考えなければいけない。そして、この人が本当にやってくれるためには、場所を用意してやればいいのか、あるいは3人ぐらいのアシスタントがいるのかなど、逆算して考えなくてはならないのです。

ところが、それは地方だからこそできるのです。人間中心に考えられますから。東京は人間の顔が見えないから、形から入ってくる。だからどうしても全国一律の形になる。これは、費用の面でも非常に無駄が多いし、実際にはサービスの満足度が低くなる。今みたいに少子高齢化という非常にきめ細かい、高齢者のお世話を毎日どうしたらいいかということを行政が考えることが、非常に重要になったときには、地方にやらせた方がはるかに効率的で、予算も安い、かつ満足度の高いことをやれるわけです。だからこそもう地方に任せなさいといっているわけです。

camp4_fukuoka.jpg麻生 渡 (福岡県知事)
◆第1話:5/21(月) 「ファイティングポーズと経営力」
◆第2話:5/22(火) 「三位一体改革の次のアジェンダとは」
◆第3話:5/23(水) 「東京集中と多極創造力拠点」
◆第4話:5/24(木) 「東京にどのように挑むのか」
◆第5話:5/25(金) 「国は世界標準の戦いに徹するべき」

 「日本の知事に何が問われているのか」をテーマに、全国の知事にインタビューを続行中です。
現在の発言者は麻生福岡県知事です。