【国と地方】 石原信雄氏 第11話: 「地方のシステム改革の上で考えるべき視点と問われる覚悟は何か」

2006年7月21日

石原信雄氏石原信雄(財団法人地方自治研究機構理事長)
いしはら・のぶお
profile
1926年生まれ。52年、東京大学法学部卒、地方自治庁採用。84年から86年7月まで自治省事務次官。86年地方自治情報センター理事長を経て、87 年から95年2月まで内閣官房副長官。1996年より現職。編著書に、「新地方財政調整制度論」(ぎょうせい)、「官かくあるべし」(小学館)他多数。

地方のシステム改革の上で考えるべき視点と問われる覚悟は何か

 大田弘子さんたちが地方の破綻法制の検討を進めている背景には、地方の財政運営を役人の手から離したい、市場で裁きたいという気持ちがあるのでしょう。一種の役人不信論です。しかし、少なくとも私たちが地方財政再建法を作った頃は、すさまじい再建計画をやったのですから、そういう状況に置かれれば役人もやるでしょう。とにかく役人に任せておいたらダメだという発想があり、本間正明さんたちも、極端にいえば、交付税の配分を総務省ではなくて第三者にやらせろということでしょう。役人の恣意が入らないようにするために、人口と面積で機械的に配分し、役人は一切タッチさせるなという考え方です。本間、大田理論は、昭和15年の地方配付税よりも前に戻る話で、もっと原始的な制度に戻せという議論です。

 そもそも、交付税算定の複雑化は、行政の高度化、複雑化に対応してきているものなのです。それをシンプルにするのであれば、行政もシンプルにしなければいけません。社会福祉や教育などについて色々な法律で地方に義務付けをしていることをやめてしまい、「税収の範囲で考えなさい、それ以上やりたければ、住民と相談してやりなさい」ということになる。そのためには、我が国の法制度を全部直さなければいけないのです。しかし、それをしないで、地方に義務付けしたまま、財源配分だけ単純化してしまうと、ギャップが生じて、必要なところへは行かなくなり、それについて誰が責任を負うのかということになります。

 一つの行き方は、我が国はもう、国は地方行政には関与しない、何をやろうと地方が勝手に住民と相談して、自己財源の範囲内でやるという制度に戻ることです。豊かなところはうんと豊かになり、アメリカのように、貧しいところは人が住めなくなるが、それは止むを得ないという考え方です。それを役人が調整するからいけないというのが役人不信論ですが、大部分の住民はそのようには考えていません。日本の国民は、どこに住んでいようと同じ程度の行政サービスがあって然るべきだと思い込んでいますし、国会議員もそうです。行政制度がそうなっており、財政制度だけを単純化しろというのが本間さんや大田さんの議論のように思われます。

 歴史の積み重ねの中で複雑になったものを全部見直すのであれば、交付税制度だけではなく、行政制度も税制度も労働三権も公務員制度も、全部直さなければいけない。それを全部一緒にやるのであれば、それも一つの国の政策のあり方だと思います。人事院も廃止し、給与も一切、労使交渉で勝手にやれ、ストライキをしてもいい、その代わり、ツケは全部住民が払うのだから、住民との話し合いをしたらいい。そういう一番原始的な自治の世界に戻すのも一つの選択で、アメリカは現にやっているわけです。そのようなアメリカ的な行き方は、アメリカという風土の中で定着した制度ですから。

 最も分かりやすい例は、阪神淡路大震災で、あれだけ大災害を受けましたが、神戸は短期間に立ち直ったということです。それは、日本の交付税制度が非常に大きく貢献しているのです。神戸市は、あの大災害で職員を一人も減らしていません。復興のために、むしろ増やしています。それを可能ならしめるような交付税制度があるわけです。復興のための様々な財政支出で借金しましたが、その償還費も大部分、交付税で手当てした。ですから、一人の解雇もしないで、復興に専念しました。片や、ニューオーリンズ市は、あの大水害にあって、市長は職員の3分の1を解雇しました。アメリカには交付税制度がないので、大災害を受けたら税金がなくなってしまい、復興する財源がなくなり、人もいなくなってしまっている。ですから、いつまでたっても復興しないでしょう。

 それは、根本的に財政制度が違うからです。あの国は自己責任ですから、大災害を受けても自己責任です。神戸の場合は、今、十年たって、震災前より立派な町になりました。神戸市とニューオーリンズ市の違いは、交付税制度のあるかないかの違いなのです。どちらがいいのかということです。
 改革は否定しませんし、改革はやるべきですが、しかし、本間さん達のような話をしていたら、日本の地方自治は破綻してしまいます。豊かな都市はいいですが、大部分の田舎の自治体は破綻してしまいます。


※本テーマにおける石原信雄氏の発言は以上です。

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