自由貿易体制の行方(上)
やはりトランプ氏は自由貿易体制の脅威

2017年6月14日

2017年6月9日(金)
出演者:
川瀬剛志(上智大学法学部教授)
菅原淳一(みずほ総合研究所主席研究員)
中川淳司(東京大学社会科学研究所教授)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)


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第1セッション トランプ大統領の登場によって何が変わるのか

2017-06-11-(14).jpg 司会を務めた工藤はまず、現在の自由貿易体制やトランプ政権の通商政策についての認識を各氏に尋ねました。

2017-06-11-(55).jpg これに対し中川氏は、まずこれまで動きを概観。アメリカ主導のブレトンウッズ体制下で、世界的な自由貿易体制を構築しようとしてきたものの、WTO(世界貿易機関)のドーハ交渉の停滞に代表されるように、それがうまくいっていないため、アメリカはTPPなどの広域FTA(自由貿易協定)で自由貿易体制のバージョンアップを図ることに転換した。しかし、トランプ氏がその動きを全否定したため、世界が混乱していると分析しました。さらに、「アメリカはこれまではWTOを中心に考え、WTOの下で二国間で制裁を加えることには抑制的な立場でいた。しかし、その抑制を取り払い、WTO以前のように二国間で一方的な通商圧力をかける動きに出る可能性がある」と警鐘を鳴らしました。

2017-06-11-(50).jpg このWTOに関して川瀬氏は、今年の3月に出された、今年度のトランプ政権の通商政策の方針を示す「トレード・ポリシー・アジェンダ」に言及し、「WTOの紛争解決手続は他の紛争解決手続きに比べると(中立性で)群を抜いている。アメリカもいくつか非常に重要な案件で負けているが、判決は履行せざるを得ない。そこでオバマ政権末期には、上級委員の再任に反対するなど、アメリカは元々紛争手続きに対して非常に不満を持っていた。トランプ政権になってさらにWTOの判断を大手を振って無視するような状況が加速すると、本当に自由貿易体制は危機を迎えることになる」と語りました。


これから1カ月がクリティカルポイントに

2017-06-11-(45).jpg 菅原氏は、現時点では、「実際の政策を見ると、TPPからの離脱以外についてはあまり具体的な保護主義的政策はとられていない」としつつ、「例えば、3月末に『貿易赤字を調査せよ』という大統領令があったが、6月末にはその報告があがる。また、歴代政権の中でも使うことが抑制されていた1962年通商拡大法の232条『安全保障に基づいた輸入制限』をこれから使っていこうということで、アルミと鉄鋼について調査が始まっているが、これも今月末にはその報告が出る。さらに、夏にはNAFTAの再交渉が始まる。トランプ大統領が本当に保護主義的な政策措置を打ち出すのかどうか、これから1カ月、数週間がクリティカルなポイントになるのではないか」との見通しを示しました。

 その上で菅原氏は、「政権発足100日を越えて、これから何か成果を上げていかなければならない。そういう場合、相手国に圧力をかけて手っ取り早く成果を上げられる通商に力を入れるだろう。そうなると、かなり厳しい態度で市場開放や、アメリカが言うところの『不公正な貿易』をやめろ、といったような非常に強い要求が出てくる可能性がある」と指摘しました。

 この発言に対し工藤は、「アメリカがそういうことをすれば相手国は報復するはず。本当にそんなことができるのか」と問いかけると、菅原氏は、「トランプ氏の考え方というのは、『アメリカは世界最大の市場であり、世界最大の消費国・輸入国であるから、アメリカと同じことを相手国がやれば、より困るのは相手国だろう』という考え方。だから、『結局相手国の方が折れるだろう』と思っている」とし、「それがトランプ氏の言うところの『ディール』だ」と解説しました。

 中川氏は、トランプ氏を大統領に押し上げた「アメリカ中西部の製造業地帯の失業者層・中間層の没落した白人層」が、「過去の自由貿易体制下の20年から25年ぐらいの中で、自由貿易やグローバル化は自分たちにとって恩恵ではなく不利益しかもたらさなかった、不当に儲けた中国の犠牲になったと考えている。トランプ氏は、『自分が大統領になったら絶対敵を討ってやる』と言って当選した。そうである以上、実行する」と予測しました。


第2セッション グローバリゼーションの負の影響をどう手当てすべきか

IMG_1956.jpg 工藤は、トランプ氏を大統領に押し上げたのは、「アメリカ中西部の製造業地帯の失業者層・中間層の没落した白人層」だというのであれば、「彼らに目を向ける必要があるのではないか。アメリカにはケネディ政権以降、TAA(Trade Adjustment Assistance, 貿易調整支援)という雇用調整メカニズムがあったが、その仕組みは十分に機能していなかったのではないか」と質問しました。

 これに対し、中川氏はまず、自由貿易はあくまでも「経済のパイ」を大きくするだけで、そのパイを切り分けるのは国内政策の問題であり、その恩恵にあずかれなかった人々のケアも国内政策の問題だと解説。その上で、アメリカのTAAは、「失業者への職業訓練のサービス提供など50年ぐらいやってきた。それが十分だったかというと、そうではなかった」と振り返りました。中川氏は、「したがって、TAAの援助を手厚くし、セーフティーネットの整備を各国が自国の責任としてやるべき」であるが、「しかし、トランプ氏は、このような本来自国の責任の範囲内でやるべきことについても、『悪いのは相手国だ』と言って、自由貿易自体をやめてしまおうという話に持っていこうとしている」と指摘しました。

 これを受けて川瀬氏は、「国内的な構造調整については、WTO協定のルールを見ても無責任で、各国任せになっている」とし、TAAのような手当ては、基本的にはグローバルルールの枠外の問題であり、各国が主体的に取り組むべき問題であると解説しました。

 一方、菅原氏は、G7やG20、OECD(経済協力開発機構)、IMF(国際通貨基金)、WTOなどといった国際的な舞台における議論の傾向として、「『包摂的成長』がキーワードとして必ず入るようになってきた」と指摘。経済のパイを大きくした後の弊害についても、各国が目を配り、「あまねく貿易投資の恩恵が行き渡るように、まさにinclusive(包摂)な形で成長の果実を取っていこうというように変わってきた」と語り、「取り残された人々」に対する手当ての拡大は世界的な傾向になりつつあると説明しました。


トランプ大統領誕生は原因か結果か

 そうした背景にあるものとして菅原氏は、「国際社会ではトランプ大統領は『原因なのか、結果なのか』という議論がある。トランプ大統領が今の保護主義的な動きの原因であれば、大統領が代われば解決する。しかし、そうではなくて、アメリカ社会においてもグローバルな社会においても問題が生じていて、その結果としてトランプ大統領が選出されたとみるべきだと考える人は多い。とりわけブレトンウッズ体制を支えてきた国際機関だからこそ、グローバリゼーションや自由貿易に対する信頼が失われつつあることへの危機感は強い」と述べ、国内的な手当てについても、今後グローバルなルールが形成される可能性を示唆しました。

 最後に、工藤が日本の状況を尋ねると、川瀬氏は、「アメリカは先進国の中では手当てが薄い国だからこそ、ラストベルトの失業問題など構造調整の必要性が際立って出てくる」が、その一方で「日本はTAAという形ではないが生活保護もあるし、失業保険もあるし、社会保障制度は充実しているから、それほど深刻ではない。『格差問題』がしばしば指摘されるが、何か切迫した形で自由貿易、グローバリゼーションの弊害是正のために、日本政府が対応を求められている状況にはないだろう」と語りました。

※ 議事録は後日公開させていただきます。

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