不安定化する東アジアの「解決」で政府と民間に何が問われているか

2013年9月20日


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2013年9月24日(火)
出演者:
川島真氏(東京大学大学院総合文化研究科准教授)
神保謙氏(慶應義塾大学総合政策学部准教授)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)


工藤:東アジアでの日本と近隣諸国の対立は、国民感情の悪化やナショナリズムの過熱を招いてしまっています。特にメディアが報道することによって加速するというジレンマがあります。そこでアンケートではさらに、こうした事態を政府外交だけで解決できると思うかを聞きました。「政府外交では解決できない」という声が40.9%、「どちらかといえば解決できない」が39%ですので、8割が政府外交だけでは解決できないという意見です。政府外交に期待はしたいが、主権を争う問題に関しては譲れなくなり、それをメディアが報道することによって、ナショナリズムが加速して、お互いがそれを見てミラー効果のように、過熱した感情が増幅し合う。この状況がまさに今の日中間、また、アジアの中であるのですが、この状況下では政府外交がなかなか機能しないのではないかと、と私も思います。この問題をどう考えればよいか。これが今日の座談会最大のテーマかと思います。


政府外交の限界と民間の制約

神保:大変厳しい状況にあると思っています。これは例えば、内閣府が毎年やっている中国と韓国に対する親近感に関する国民世論調査では、現在は2011年以降、つまり、尖閣の衝突以降、中国に対する日本の親近感というものが急速に悪化してしまって、3割後半くらいから一気に2割以下に落ちています。韓国も1998年の日韓首脳会議、そこで小渕・金大中会談が歴史的な共同声明を出しました。その後、韓流ブームなどがあって日本としては韓国に対する親近感と期待値というものが増えていったが、それも李明博大統領の後期の対日政策を契機として冷え込んできたことを考えると、周辺諸国二つに対する日本の国民的な世論の動員や首脳会談をプッシュする要因というものが、かなり冷え込んでいると思います。その点から言うと、首脳外交だけでは不十分だという問い立てもできるのですが、首脳外交から打開していかなければいけないという効果は依然として非常に大きいと思います。それが一つです。

 二つ目に現在、日本はいわゆる国民とか民間という視点からこの状況をどう変えていくことができるかという大変大きな課題に直面しているわけですけども、例えば、ビジネスコミュニティ、経団連や、あるいは中国に直接投資をしている企業や販売網を拡大している企業というのは依然として非常にこの大きなパイを占めているわけです。彼らにとっての中国観というのは、日本の保守的でゼロサム的な観念を持つ中国観とおそらく大きく異なるのだろうと思います。

 ただし問題は、日本の論壇とか世論形成において、彼らの議論というのはなかなか表面には出てこないということが大変懸念すべき材料ではないかと思います。したがって、こういったサイレントでかつ大きなステークホルダーの人々が一体中国とどう付き合っていきたいのかということをより言論空間、メディアも含めて表出させるような枠組みができないだろうかということが、一つの大きな課題であると思います。

 さらに、専門家の果たすべき役割というのも、非常に大きいと思います。専門家が中長期的に中国とどう付き合っていくのか、そして中国の専門家が日本とどう関係を形成するのかということで、できる限りメディア、新聞や言論空間をリードしていけるような形で、その機会をこれから作っていくべきではないだろうかと思っています。

川島:このアンケート結果で見てもわかる通り、政府の外交の持っている限界性というのが多くの人に意識されている。これはその通りだと思います。ただ、私たちが同時に注意すべきことというのは、市民社会というものが政府の行動を抑制したり、必ず良い方向に持っていくわけではないという点です。往々にして市民社会というのは、政府が戦争をしたがるような場合でも、それとは対照的に平和でリベラルなものだというイメージだというものが一部にはあるわけですが...

工藤:逆に煽ってしまう場合もありますよね。

川島:ええ、実際の今の状況というのは必ずしもそうではないわけです。ですから、民間こそが役割を果たすという際に、その民間の中にある様々な問題というものを民間の内部できっちりと議論をしていくということも、同時に求められると思います。民間がむしろ政府をよろしくない方に導くようなことがあるとすれば、それは大きな問題だと思います。

 二つ目は、特に中国との関係については民間で交流するという際に、やはり注意すべきことは、中国という国にどれほど本当の民間があるのかということ、あるいは「民間」という言葉の持っている多義性、両義性です。政府や党が作っている、いわゆる政府がらみ党がらみといわれている組織と本当の民間というものの違いが出てくるわけですね。そのどことどう付き合うのかということがあって、戦後の日中関係における民間交流といわれているものの大半は、実は民間交流ではないわけです。あるいは、本当にピュアな民間と交流をしているうちにいつの間にか政府的な民間に絡め取られてしまうということもあるわけです。また、政府の限界があると言いながら、そこに民間が無防備に入っていくと、政府同士の対立の軸の中に絡め取られてしまうことが特に日中関係には多いわけですね。それをどういうふうに注意するのか。

 三つ目ですが、今の神保さんのサイレントマジョリティの話も全くそうだと思いますが、それと同時に、我々はある種のreciprocity、つまり相互依存の状態にあり、相手方のことをちゃんと見るということが必要になってくるわけです。最近東アジアに見られる現象は、自分の国のことはとても多様で、色んな意見があると言うんですが、違う国に対しては、例えば、韓国のことを見る、中国のことを見る場合に、向こうの国に多様性がないということが見られます。同じ顔した人がたくさんいると思ってしまう。その多様な相手というのをどういうふうに見るのかということですね。先ほど経済の話がありましたけども、日本の経済の団体であれば、中国の経済団体とどう付き合うか。日本のNPOは向こうのNPOとどう付き合うか。向こうの多様な集団のどこの部分と、日本のどこの部分がどう付き合うのかという、そういう話で、民間を複数として扱っていくことがこれから求められていくことになります。


ステークホルダーとしての参加と健全な輿論

工藤:私は民間の対話を中国とも行っていますが、民間とか市民という言葉に抵抗を感じていて、先ほどの神保さんがおっしゃったステークホルダーという概念の方がすっきりきています。つまり、多種多様な人たちが、当事者として、解決しようという取り組みが必要なのであり、それが世論と連動すると一番強いのですが、そうした動きが出てくると、この局面は変えられる、と思うのです。ただ、まだこの日中間ではその流れがまだ出てきていない。ただ、先ほどのアンケートで見ると、回答した有識者の圧倒的に多くの人の関心が紛争の平和解決に向けた合意、それから偶発的な望まない紛争を回避しようという、まさにそういうところにアジェンダがあります。この認識をどう具体化していくのか。政府外交がジレンマを抱える中で、こうした平和解決とか、エスカレーションを抑え込む、とかの認識は、いろいろな人たちと共有できるかもしれない、という可能性を私は感じています。それが大きな力となり政治を動かしていく。こういう形はあり得るのでしょうか。

神保:一つ参考になるかなと思うのは、冷戦後、90年代から今日までアジア太平洋で、いわゆるセカンドトラック外交、トラック2外交とも呼ばれるものが大変盛んになりました。それは非政府外交とも民間外交とも呼ばれるのですけども、アジア太平洋諸国の研究者や学者がいわゆる政治家や官僚といった政府の方々に混じって議論し合う場というものが急速に育ち、また拡大していったわけですね。その狙いは何かというと、みなさん名目上は、プライベートキャパシティだと言う。つまり、これは政府間の協議ではない、あくまで民間の協議なのだけども、そこに政府の人もいわゆる民間のキャパシティとして議論をし合う。例えば専門性の高い分野では、専門的に議論すれば、どう見てもこういった解決策が望ましいであろうということを政府間協議に先立って専門的な知見を提示して、ある程度政府間の協議に入る前のいわゆる信頼感の醸成や、専門的な見地の提供といった役割を民間が果たせるという意義がある。あるいはその逆に、政府間の合意は既にある場合。それをどのように民間に波及させ、その合意を国民レベルで定着させるかという時にもやはり多くのステークホルダーを招いて、その政府間合意の理解というものをお互いに醸成させていくといった流れの役割も果たせる。

 特にこの前者の果たした役割というのはアジア太平洋のこの安全保障の多国化主義を形成するうえで、大変重要だと言われていまして、例えば、冷戦後にもはやソ連の脅威という時代ではなくなった。ただし、アジア太平洋の不安定性に対して、どのような枠組みが望ましいのかということを知恵を出し合って、多くの人が考えた。そこで例えば信頼醸成だとか、予防外交であったり、あるいは紛争解決のメカニズム作りといったことをいわゆる原則として合意し合うような文章を、民間外交のレベルで作って、それを政府間外交にドラフトを上げていくというプロセスができてきたというのが、90年代のアジア太平洋の域内の知恵でした。

 そういったプロセスを北東アジアでもう少し視界を広げてできないものかということが、大変重要なポイントだと思います。知恵を絞って考えたら、実はこういう解決策しかお互い考え付かないだろうということを論理的に説得的にトラック1に還元できるという仕組みを、そろそろ流れとして作り上げる時期に来ているのではないかと思います。

工藤:いま神保さんがおっしゃった話は非常によくわかります。ただ、いままでのそうした民間の枠組みは、政府外交を中心に回っています。政府外交の重要性は疑うものではないのですが、民間側の対話が、解決しなくていけない問題の優先順位とかテーマを変えてしまう、ということ、そしてそうした合意が政府外交の流れを大きく変えて、課題解決のオプションを広げるということは、外交のある意味でイノベーションだと思うのですが、どうでしょうか。


外交にイノベーションを起こせるか

神保:おそらく、これは何を目的にするかによるのですが、例えば民間同士が国際会議をやって、共同のステートメントを作りました。全くこれは政府が関与せず、関心もないという状態では、我々がいま議論している文脈での意味はもたらさないわけですね。どうすればこの流れを作り出すきっかけを民間から押し上げることができるかということを考えると、やはり、政府では正面から触れられない重要な問題がどれだけ議論されたかということと、そこにどれだけ重要な組織や人が入っているかということがポイントになると思います。したがって、先ほどトラック2と申し上げたのですが、実質的な狙いはトラック1.5と言いますか、政府と民間の間を繋ぐ定義が、実は重要なポイントではないかと思います。

工藤:川島さんに聞きたいのは、私たちが8月に公表した日中の世論調査でも浮かび上がったのですが、つまり、先ほどの尖閣の問題で日中においては、先人たちの知恵の合意が、少なくとも国民には違うストーリーで理解されていた。だから、中国の国民は今の尖閣の日本の国有化を全く更地の、何も持っていないところに急に日本が力で押してきてやってきたという印象を受けた。たぶん、世論がそういう理解でないと納得できないからだと思うのですが、そうであれば、そういうふうに政府が作ろうとしている世論と事実に齟齬があります。

 こういう状況の中で、世論が納得できる形で事態を収めようとする政府の取り組みと、課題を解決するための取り組みでは、外交の持つ意味が変わってくるような気がするのですが、いかがでしょうか。

川島:今の話はおっしゃる通りなのですが、ただ、政府は自らが作っているいろいろな事実の物語を宣伝して、国内に刷り込んでいくわけですが、それはなかなか変えにくいということは事実です。とはいえ、日本は日本として正しいと言っているし、領土問題はないと言っているわけですが、人々の本音は紛争にしてほしくない。そこで戦争はやめてほしいって世論が出てくるわけですね。

工藤:それは、世論は現実的には紛争があることを認めているわけですよね。


尖閣問題を自分の問題として認識できるか

川島:ええ。私が思うのは、民間であれ何であれ、ステークホルダーというのは、潜在的なステークホルダーも多いわけですね。つまり、自分がこの問題にどう関わるのかまだ認識していないということが多いわけです。あなたも、当事者なんですよということをまず発見させるための所作は民間にもできるわけですね。例えば、今回のアンケートを通じて、有識者の皆さんが尖閣問題を自分の問題として意識しつつあるということですね。自分の生活の安定を脅かす問題になるかもしれないと思い始めたということです。とすれば、中国の方でも同じことをやった場合、当然、「尖閣は中国のものだ」という話も出るでしょうが、日本と同じような反応が出てきた場合には、ここに日中間のステークホルダーの共通性が生まれます。つまり、何を言っているのかというと、このようなアンケートなり民間の調査が、政府が想像だにしないようなステークホルダーを認識させ、作っていく契機になりうるわけです。

 そのようなステークホルダー誕生の契機になれるデータがあってこそ、神保さんがおっしゃるようなトラック1.5あるいはトラック2が活きてきます。ですから、ステークホルダーを発見させ、いわゆる共通の利害を意識するためにはこのようなアンケートが重要だと思います。

工藤:最後の質問になります。10月下旬に「第9回 東京-北京フォーラム」が北京で開催される予定です。そこで、このフォーラムに何を期待しているのか、ということをアンケートで聞いたら、「日中間の現状に関する識者による冷静な議論」ということが69.7%ということで最多になりました。やはり今までの過熱した雰囲気、空気ではなくて、きちんとした冷静な議論が始まることを期待しているということです。

 「国民感情の悪化に対して双方のメディア側がどう考えているのか」ということが次に多くて、あとは「偶発的な事故回避のための民間部門で何かの合意が必要ではないだろうか」という答えが多く見られました。実をいうとこれらを全部、今回のフォーラムで議論しようとしていて、その準備をしているのですが、お二人はどういうことを期待されていますか。


「東京-北京フォーラム」に期待するもの

神保:言論NPOの「東京-北京フォーラム」の役割に期待している方々は日中双方に大変多く存在すると思います。政府間外交が必ずしもうまくいっていない中で、民間のステークホルダーが集まる会議の中で、どういう雰囲気で何が議論され、そして対立する部分と協力する部分がどう区分けされるのかということは、今後のこの日中関係の雰囲気を醸成する上では大変重要な会合になるのではないかと思っています。ただ、単にお互いを知るということだけではなくて、そこに向けての戦略というか、どういう形でそのフォーラムに向かっていくのかということも大変重要な気がしています。特に今回言論NPOが実施したアンケートが例えば英訳や中国語訳をされて、今日本人はこういうふうに考えているのだ、ということが、国際社会に向けても発信した上で、このフォーラムが開催されると、日中関係の現状に対する世界各国の深い理解に結びつくのではないかと思います。

 現在はとかく首脳間の公式のステートメントと、それを解釈するマスメディアを通して日中関係のいわゆる温度がどの辺にあるのかというのを探る指標になっているわけですけども、新しい資料が示されてそこでまたフォーラムが開催されるということの意義は大変大きくて、日中関係のいわゆる評価に関する複眼的な視点が提供される一つの大きなきっかけになるのではないかと思っています。

川島:要するに、皆さんが求めているのは、尖閣問題でヒートアップするということをまずいと言っているわけですからそれを防止するための議論をまずやるべきです。これは当然ですね。もう一つは、いま神保さんもおっしゃいましたけども、国際社会に何を発信するかによって、やはり日本は右傾化していて、いまにも戦争をしそうだというイメージがある中で、「いや、そんなことはない」ということを示していくことに意味があるのだろうと私は思います。

工藤:今日は政府外交の問題から、東アジアの不安定化という危機に対して民間の力で何ができるかということを含めて議論しました。先ほどお話が出ていましたが、言論NPOの日中両国の世論調査の結果が、アメリカの外交問題評議会(CFR)のホームページに出ていました。やはり世界にアジアで始まっていることをきちっと知らせることが大切だと思います。いま僕たちは東アジアの安定化に向けた課題解決のための当事者たちの対話を進めていますが、今日の皆さんとの対話は、なんとなく非常に息が合うというか、なにか新しい展開ができそうな気がしまして、わくわくしています。これから始めることにぜひ皆さんにも力を貸していただきたいと思っているところです。

 今日は第1回です。これからこういうふうなまさに私たちが当事者として世界やアジアの課題に向かい合う外交という問題をいろいろな形で議論して、皆さんに発信していきたいと思っています。今日は神保先生と川島先生、どうもありがとうございました。

神保・川島:ありがとうございました。

   


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 尖閣問題を巡る日本と中国の対立では政府外交が機能しない中で民間の役割が問われ始めている。主権問題を背負う政府外交に対して、民間側は紛争の平和解決と事態のエスカレートをどう抑え込むか、に関心が移っており、両国間で動きが始まろうとしている。
 膠着化する尖閣問題の「解決」で何が問われているのか。日本の若手識者が話し合った。

議論で使用した調査結果はこちらでご覧いただけます。

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