言論スタジオ

パブリック・ディプロマシーと言論外交 Vol.1

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2014年3月7日(金)
出演者:
近藤誠一(近藤文化・外交研究所代表、前文化庁長官)
髙島肇久(日本国際放送特別専門委員、元外務省外務報道官)
渡辺靖(慶応義塾大学SFC教授)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)


議論で使用したアンケートはこちらからご覧下さい


 政府間外交の停滞とともに、機能不全に陥った北東アジア外交を打開する糸口として、「民間外交」に大きな期待が集まっている。「パブリック・ディプロマシー」の概念が大きく変容する中、重要性が増してきた民間外交にはどのような可能性があるのか。そして、その民間外交を機能させるために必要な視点とは何か。「パブリック・ディプロマシー」に詳しい3氏が話し合った。


工藤泰志工藤:言論NPO代表の工藤泰志です。今回の言論スタジオは、外交を「民間」という視点から議論していきたいと思います。現在、政府間外交が日中間、日韓間でほとんど機能しておらず、全面的にストップしている状況が続いています。しかし、様々な課題を解決していくために、本来、外交が果たさなければならない役割というものはたくさんあります。そこで今、民間が色々なかたちの交流を通じて、その役割を果たそうとしている動きがあるわけです。これを私たちは「民間の外交」と主張しているのですが、この民間外交というものにどのような可能性があるのか。それを今日は皆さんと議論をしていきたいと思います。

 それではゲストの紹介です。まず、前の文化庁長官で、現在は近藤文化・外交研究所代表の近藤誠一さんです。次に、日本国際放送特別専門委員で、外務省の外務報道官も務められた髙島肇久さんです。最後に、慶応義塾大学SFC教授の渡辺靖さんです。渡辺さんはパブリック・ディプロマシー研究の権威でもあります。

 さて、今回も有識者にアンケートを取ってみましたのでそれを紹介します。その結果、有識者は民間外交にかなり期待を寄せていることが分かりました。まず、「あなたは、日中韓の『政府間外交』が機能していない中、『民間が行う外交(民間外交)』の役割に期待していますか」という質問をしてみたのですが、それに対して、「期待している」と「どちらかといえば期待している」を合わせると、何と87.1%もの有識者が民間外交への期待を寄せており、きわめて高い期待があるわけです。1か月前のアンケートでは、この表裏一体となる質問として、「政府間外交だけでこの事態に対応できるのか」と聞いたことがあるのですが、そこでも「政府間外交だけでは難しい」という回答が7割以上になっていました。

 また、民間外交に期待する有識者に対して、「『民間外交』に期待する役割」を質問したところ、「民間同士の交流や両国民の相互理解の促進」ということをあげた回答が多く見られました。国同士が本当の意味での相互信頼を深めるためには、国民同士が大事である、ということだと思います。また、「政府間外交が動き出すための環境づくり」という回答も目立ちました。私はこれを政府間外交の「基礎工事」と呼んでいるのですが、そういう役割にも期待が集まっています。

 この状況をどう考えればいいのか、ということから議論をしていきたいと思います。


パブリック・ディプロマシーの主体となった「民間」

髙島肇久氏髙島:私は2002年から2005年まで外務省の報道官を務めていました。最後の年、2005年は、日本政府が国連安全保障理事会の常任理事国入りのキャンペーンを一生懸命やっている中で、中国側がそれに反対を表明し、その後しばらくして、中国の日本大使館と大使公邸にデモが押し寄せるという状況になりました。いわゆる、反日デモが燃え上がったわけです。よく見ていると、どうも中国の公安がデモ参加者を誘導している。つまり、実態は官製デモでした。その頃、中国では日本のアニメ、コミックが大変な人気で、いわゆるポップ・カルチャーが中国にこれだけ浸透したのだから、若い人たちは日本びいきだろうと思っていました。ところが、実際にふたを開けてみると、その若者たちが大使館にやってきて石を投げ、しばらくすると去っていく。

 こういう状況の中で、日本は一体どうすればいいのか、ということになり、その結果、二つの対応をしました。一つは、まさにパブリック・ディプロマシーです。日本は少しも悪いことをやっていないではないか、ということをできるだけPRしました。もう一つは、当時の外務大臣だった町村信孝さんをはじめとする政府の人間が中国に乗り込んで行って交渉をすることです。しばらくすると中国側もこれはまずいと思ったのでしょう。デモの勢いはさーっと引いていって、日中関係はまた穏やかな状況になりました。

 この一連の流れの中で感じたことは、その時々で、相手国の国民感情を変える力が一体どこにあるのか、という疑問です。市民レベルでは、できるだけ日本に対する親近感を広げようと思って色々な試みをしても、何が効果的で、どのような効果があるのかということは、実際の現場に立ってみると、なかなか分からないし、測定することは難しい。賽の河原の石積みではありませんが、延々と色々な試みを続けて、少しでも何らかの効果が出ることを期待するしかありません。アンケート結果に見られる、「政府間外交だけでは駄目だから、民間に期待する」という傾向は、日本の多くの有識者の方々が、今の膠着状態は、政府が何をやっても動かないから、政府とは違う何か、すなわち民間など違う観点からの取り組みをすることで事態を変えたい、という願望が込められているという印象を受けます。

工藤:まさにその2005年に「東京‐北京フォーラム」が始まり、民間の対話が動き始めた時期と重なっています。ただ現状を見れば、政府間外交が交渉すらできない状態になっているという意味では2005年よりもかなり深刻な局面だと思います。では、誰がその状況を打開するのだろうか、ということで、民間の役割を期待する声が非常に強まっているのですが、それについてはどう思われますか。

近藤誠一氏近藤:私が「パブリック・ディプロマシー」という言葉を、非常に現実的なものとして感じ取る契機となる出来事は、1995年の日米自動車協議です。中身を見れば日本の主張に明らかに分があるのに、当時のミッキー・カンターという通商代表部(USTR)代表が、あらゆる弁舌を駆使して、「アメリカは正しい」ということを日本国民に対してアピールしました。そこで、相手国の国民に直接働きかける、というパブリック・ディプロマシーをまざまざと見せられたのです。それがきっかけとなって私も、単に通常の広報のパンフレットを配るというのではなくて、もっと具体的に、直截的に、交渉する相手国の国民に働きかけるということをもっとやらないといけない、という思いに至りました。そういう意味で、元々は政府が自分の交渉を有利にするために、相手国の国民を味方にして、その国民から相手の政府を突き上げさせる、ということがパブリック・ディプロマシーの意味だと思います。

 ところが、民主主義とIT技術がどんどん発達して、それに伴い国民同士がどんどん接触するようになると、相手の国民に対して色々な良いメッセージが送られるようになりました。そういった交流をすることによって相互理解が深まり、国民レベルで分かり合えることが増えてくると、政府間の外交も良い方向にいくと思います。政府にはどうしても、建前があり、この建前は崩せません。例えば、領土問題や、歴史問題がそうです。ここではどうしても建前同士のぶつかり合いになるし、妥協の余地は少なくなってしまう。そういう時に、国民同士が本音で話し合って相互理解ができれば、それぞれの政府を突き上げて、「建前ばかりにこだわらず、もっと仲良くすれば良いじゃないか」という力が国内世論に徐々に浸透してくることで、政府も動きやすくなる。ですから、パブリック・ディプロマシーの元来の意味であった、政府が相手国民に働きかけて交渉を有利にしていくためのもの、というものから広がってきている。まさに、双方向の民間同士の交流である民間外交というかたちになってきている。今後ますます重要性が増してくるでしょう。

 ただ、民間外交では具体的な懸案を解決することはできないと思います。領土問題も歴史問題も解決するのは、最後は政府です。ただ、その解決の機運を盛り上げてくれる、解決の方向に引っ張っていってくれる、というところに民間外交の大きな可能性があります。

工藤:近藤さんがおっしゃったように、パブリック・ディプロマシーという言葉の意味するところが広がってきています。私は当初、言論NPOがやっている「東京-北京フォーラム」などはパブリック・ディプロマシーの一つであると思っていたのですが、そもそもの意味を調べると、政府が相手国に対して、自分たちの国を理解してもらうための広報宣伝外交である、というものでした。つまり、あくまで政府の外交用語だったということになる。では、言論NPOがやっていることは何なのだろうかと考えた時に、自分たちがやっていることを定義付ける言葉がありませんでした。今、近藤さんが、民間側が動き始めることで、パブリック・ディプロマシーの定義が広がってきたのではないか、とおっしゃいました。私たちのやってきたことはパブリック・ディプロマシーの発展形であると解釈したのですが、そういう理解でよろしいのでしょうか。それともパブリック・ディプロマシーとは異なる、何か新しい動きであると考えればよろしいのでしょうか。

渡辺靖氏渡辺:パブリック・ディプロマシー的なものは古代からありました。ただ、顕著になってきたのは第一次世界大戦で、いわゆる情報戦、総力戦が行われたあたりからです。これはかなりプロパガンダ的なものだったのですが、相手国の世論を巻き込んでいく、という発想が明確に打ち出された時期です。その後、時代が変遷してくるに従って、プロパガンダ的なものは逆に相手国の国民の印象を悪くするというマイナス面が大きくなり、より情報が開かれていることが説得力を持つようになってきた。従来は政府が主導してきたパブリック・ディプロマシーも、近年になればなるほど、テレビを始めとする色々なメディア、最近ではインターネットの発展によって、アクターが多様化してきた。別の言い方をすると、政府がどれだけ情報やイメージをコントロールしようとしてももはやできない状況になってきた。そうであれば、パブリック・ディプロマシー自体も多様なアクターを巻き込み、連携していった方が効果的になる。あるいは、政府は多様なアクターの世話役というか、ファシリテーターになった方が、実は政府の信頼度も高まる、というような考え方が出てくるようになりました。それで、最近では「ニュー・パブリック・ディプロマシー」という言い方が出てくるようになりました。おそらく、言論NPOが担っているものはそういう広義の、新しい時代のパブリック・ディプロマシーだと思います。


政府間外交の「逃げ道」を民間がつくる

工藤:政府が自国の主張を外交上強めること、例えば、「ここは自分たちの領土だ、譲れない」という主張をすれば相手国もそれと同様の反応をしますよね。その結果、両国の世論が衝突し、国民感情同士のぶつかり合いになっていく。その後、第三者が調停しない限り、行きつく先は「戦争」になってしまうのではないかと思います。政府による世論形成、つまり広報宣伝外交によって危機が生じるという可能性については、どう考えますか。

近藤:政府同士が建前でぶつかることが、それぞれ国内のナショナリズムを煽る結果、日本人の反中発言、そして、中国人の反日発言がそれぞれエスカレートして、どんどん売り言葉に買い言葉になっていく、という危険性は非常にあります。そうなると、ますます政府は世論に突き上げられて、より強硬なことを言わざるを得なくなり、リングから降りられなくなるという悪循環に陥ります。

 それを防ぐためには、日常的な民間外交でお互いの理解を深めることが必要だと思います。中国人の友人がいなければ、中国人がみんな反日であると思えてしまいますが、中国に行ったことがあり、中国人の友人の顔が思い浮かんでくれば、たとえ報道で中国人の反日発言を目にしたとしても、「こんな変な発言はごく一部のものにすぎない」と思えます。全く逆のことが中国にも言えます。すぐに成果が出なくても日頃から、民間同士で知り合いを増やす、相手の国に行ったことがあるということを積み重ねる。深い海であれば、嵐が来ても、さざ波は海面だけで済むように、日中間に深い海のような強固な基盤をつくっておくと、嵐は表面だけで済みます。政府間の問題は常に起こりますので、そのダメージをいかに最小限に抑え、悪循環に陥らないようにするためにはどうすればいいのか。最終的には、そこに行きつくと思います。

工藤:例えば、政府はもっと広報戦略を強めるべきだという議論があります。それに関しては、私たちのアンケートでも半数以上の人が、政府の主張を世界に伝えることは今でも重要であると回答しており、一定の支持はあると思います。ただ、それは結局、自国の主張を理解してもらうためだけのものです。例えば、今ある東シナ海での紛争をどのように回避するのか、といった東アジア全体のまさに公共財というものをどう実現するのかという、より大きな視点はないわけです。

 一方で、東アジアの問題を管理して、紛争が起きないようにするべきだ、戦争を起こさないということが最優先課題だ、ということが今の国際世論です。私も先日、シンクタンクの国際会議でオーストラリアに行ったところ、世界トップのシンクタンクの人々に同じことを言われました。「日本は、どうなっているのだ、このままでは危ないのではないか」という世界の懸念がある中で、どのような世論を作っていく必要があるのでしょうか

近藤:先程も申しあげましたが政府には建前論があるし、絶対に守らなければならない要となる論理があります。ですから、問題が起こった時に、いくら政府が自らの主張を繰り返しても、相手の感情を煽るだけになってしまう。やはり、そこに限界があると思います。もちろん、首脳同士が非公式に、水面下で人間関係をベースにして、建前から離れて話すということができれば、あるいはすでにそういう関係ができていれば、表面的には問題がしばらく続いても、じわじわと解決の方向に行くと思います。

 しかし、そうでない場合は、やはり、民間をベースとして、色々な識者、あるいは、NPO、NGOの方々が正論をはっきり言う。そして、どんどん世論を盛り上げていくことで、それぞれの政府の、あるいは首脳の逃げ道を作ってあげることになると思います。建前しか言えないと衝突は不可避ですが、「国民の皆さんがそうおっしゃるのなら」とか、「国民に世論調査をやったら8割がこうだったので」という逃げ道があれば、それまで強硬に突っ張らざるを得なかったそれぞれのリーダーたちも、内心では「このままではいけない」と思っているはずですから、面子を保ちながらうまく軌道修正をできるようになる。そういう環境ができるような世論を作っていくしかないと思います。

工藤:言論NPOはまさにそういうことを目指しています。

 学問的な観点から渡辺先生に伺いたいのは、今までのパブリック・ディプロマシーは、政府が自国のことを相手国に理解してもらうためのものでしたが、課題解決の優先順位やアジェンダ設定において、民間が政府とは異なる意見を持ち、国境を越えて課題解決をしようと動き始めることも新しいパブリック・ディプロマシーという概念に入るのでしょうか。

渡辺:そうだと思います。政府間レベルの交渉がうまくいかないからといって、二国間関係がすべて崩壊してしまうということは望ましくない。政府間関係、首脳間の関係が良くなくても、二国間の関係をきちんと下支えするようなネットワークをあらゆるレベルで広く張り巡らせていく。その中から、近藤さんがおっしゃったように、政府が動きやすいような環境づくりがなされていくことは十分にあり得ることだと思います。

工藤:今の話を聞いて非常に安心しました。ただ以前、私が国際会議で、「東シナ海で事故が起こらない、紛争が起こさないための環境をつくりましょう」と提案した時にすごく神経を使いました。そのような提案をするということは、その前提には、何らかの対立や、紛争があるわけです。だからこそ、その状況を改善しようという提案になるのですが、政府が「尖閣には領土問題はない」という言葉を使っていると、何か国に対して異論を述べているような感じになってしまい、非常に抵抗があります。そういったある種の後ろめたさがある一方で、紛争を防ぐという課題に取り組むという強い意志との間で葛藤を感じています。民間が政府とある意味で異なる外交上の立場をとっても、それは別にかまわないのでしょうか。

渡辺:政府間の交渉では、例えば、「尖閣に領土問題が存在するか否か」というところで、すでに入り口が違ってしまうわけですから、協議をすることもできないわけです。それでは何の課題も解決できないわけですから、民間がそういうアプローチをすることは問題ないと思います。言論NPOはもちろんですが、他の色々なレベルで活動されている交流団体、交流事業の方や、相手国とゆかりの深い文化人、スポーツ選手、ビジネスマン、それから留学生。そういった人たちが今の環境をどう見ているのか、ということの意見をすくい上げて、これからどういったアクションが求められているのか、ということを提示していくことはものすごく意味があることです。

 私は特に日韓関係、日中関係において、何にもましてまず必要なことは、今の緊張状態がどういう状態になれば「問題解決」ということになるのか、というイメージのすり合わせをすることだと思います。首脳会談を実現するということが問題解決なのか、それとも、過激な意見を双方が交わさなくて済むような状態に持っていくことが問題解決なのか。または、5年前の状況に戻すことが問題解決なのか。どこがゴールなのか、というイメージが各国ですり合わせできていない印象を受けます。そういったすり合わせを行った上で、民間外交として何ができるのか、ということを詰めていくことが必要だと思います。


「世論」と「外交」をどう考えるか

工藤:次に、政府の外交というものは何のためにやっているのだろう、という疑問が出てきます。つまり、政府の外交では建前論や譲れないものがあるのですが、元々国民が求めていることを実現するものが政府の外交だとすれば、本来はそういうことをやるべきです。しかし、外交というのは専門家の外交官がかなり秘密主義的にやっていて、国民はその実情をよく知らないこともあり、国民の世論に支えられている課題解決というかたちにはなかなかなりにくい。先程も話しましたが、国際会議でオーストラリアに行った際に、ハワード元首相と話をする機会がありました。そこで、首相は「外交というものはエリートのためにやっているものではない。国民の意思、国民の世論ということを大事にした外交を行っていくことが政府の責任だ」ということを言っていました。この状況の中で、「世論」と「外交」というものをどのように考えればいいのでしょうか。

髙島:二つの国、二つの国民が一つの問題について、自分の利益ばかりを主張していたらいつまでたっても解決できないわけですから、妥協の図り方として一番簡単なのは密室で誰も知らないうちに話を付けて終わらせてしまう、ということです。しかし、今のご時世ではそのような秘密主義的外交は困難です。メディアは毎日のように取材をする。ウィキリークスなどによって色々な情報が全部出てくる。しかも、ありとあらゆる通信手段を使って当事者までが発言をする。つまり、ものすごく妥協がしにくいという今の状況の中で、どのように妥協していくのか、という課題があります。

 それに対しては、国民、それから世論の理性をもう一度喚起する以外にないと思います。そういった意味では、日中間で10年にわたり、言論NPOと中国側で年に一度、必ず世論調査をやることによって、どのくらい対立が酷いのか、もしくはどのくらい緩んできたのか、といった情報を提供することはものすごく役に立つことだと思います。今、何が一番心配なのかというと、偶発的な衝突が起こるのではないか、ということです。ですから、それぞれの国内の世論がいったいどのくらいヒートアップしているのか、もしくはクールダウンしているのか、ということを常に調査し、情報を提供していくことによって、冷静な世論になっていく。こういう作業というのは、実は大変なパブリック・ディプロマシーだと私は思います。

工藤:そうすると、パブリック・ディプロマシーというのは、実は国内に対するものという要素もあるということですね。以前、近藤さんが書かれた本を読んでいたら、考えなければならない世論というのは相手国だけではなく、自国の世論も同様だ、ということが書かれていました。これはものすごく大きな課題だと思います。つまり、変な世論であれば外交は動けなくなってしまいますから、きちんとした世論をつくっていかなければならないわけですよね。

近藤:私も外交はなるべく国民に開かれていた方が良いと思います。ただ、忘れてはならないのは、特に、日本のように開かれた民主主義国家では、特定の問題について、国民世論のコンセンサスはできにくいということです。例えば、TPPはその典型です。ビジネス界と農業界では意見が違い、そのまま反映したのでは交渉にはなりません。どのような合意であれ、マイナスの影響を受ける方がどうしても出てきます。そういう方々に政府が何らかの措置を取ることによって、被害者を救い、国全体としてプラスに持っていく。中長期的に、かつ日本全体の利益になるのはどういう方策か、ということを考えていくのはやはり政府なのです。そういう意識を持った政府が、相手国の政府と交渉をすることで、結論を出していく。その過程をすべて明らかにすると、自分の分野が犠牲になるだろう方々が大きな声を上げて反対をし、メディアがそれを大きく取り上げる。そして、政府が動けなくなる、という悪循環に陥ります。民主主義社会であればあるほど、多数の意見を採りながら、少数の方々の利益を守る。被害を最小限にしながら全体の国益は最大限にする。そういう役割を政府が担う。むしろ、民主主義社会だからこそそういう役割が増えていく。そして、そういう国だからこそ、中長期的な視野に立った外交ができるという面も忘れてはなりません。

 また、他にも問題はあります。例えば、日露戦争後のポーツマス条約に対して国民の大変な反感がありました。国民にはロシアに勝ったのだからどんな賠償でも取れるのだ、という事実に反する誤解があったわけです。それに対して、政府、特に小村寿太郎はやはり、現実を知っていたわけですから、ギリギリのところで妥協をした。その後、帰国したら批判されたわけです。ですから、しばしば、国と国との利害関係の現実と、それぞれの国民が想像している実態とのギャップはどうしてもある。私も外務省に38年間いましたが、その点は常に悩むところでした。本当はこうなのだけれどなかなか分かっていただけない、という意味で、「世論」と「外交」の難しさを感じます。

渡辺:外交の役割は様々あると思いますが、一つには国益と国際益をどう整合させていくか、その連立方程式をどう解いていくか、ということが挙げられます。では、国益とは何かといった場合に、国内には様々な利害があり意見がある。先程、「変な世論」というお話がありましたが、同じ国内でもお互いがお互いの考えを「変な世論」と呼び合っている可能性もある。だからといって、議論のチャンネルを閉ざすのでは何も進展しません。例えば、韓国に対してきつい感情を抱いていて、非常に強硬なことを言う人がいるとしましょう。そういう人が、日韓関係、あるいは東アジア情勢をめぐって、どういう国益のイメージを描いているのか、それが果たしてどれだけ現実的なものなのか、ということをきちんとテーブルに乗せてもらう。逆にそうではないと思っている人のビジョンも乗せてもらう。その中で、議論の回路をきちんと働かせていき、現実的な判断を加えながら国内世論をつくり、国益というものを定義していくということが求められると思います。ですから、その意味ではパブリック・ディプロマシーの基礎をなす国益概念について議論するということは、同時に国内の世論をどう形成していくか、という問題とも非常に深く関わっていると思います。


国際益の視点が不可欠になってきたパブリック・ディプロマシー

工藤:ここで、またアンケート結果を二つ紹介します。一つはパブリック・ディプロマシーの主体についての質問です。これは、先程からお話があったように、元々の意味としては、政府が行っている相手国世論に対する外交を指すものだったのですが、有識者アンケートでは、この「パブリック・ディプロマシーの主体は誰だと理解していますか」と質問したところ、「民間が主体となって行うもの」と判断している有識者が40.6%いました。一方、「政府が主体となって行うもの」という回答は4.1%しかなかった。そして、「政府が民間と連携して行うもの」という回答が44.1%ですから、8割以上の有識者がパブリック・ディプロマシーを民間がある程度主体となって行う外交であると考えています。この結果をどう解釈するかは難しいところですが、ここでは単に「有識者がパブリック・ディプロマシーの定義を理解しているかどうか」という知識の問題ではなく、有識者が「民間が自発的に外交について色々な議論をしていくことが非常に大事である」というメッセージを、この回答に込めているところにポイントがあるような気がします。

 もう一つは、「日本が世界で存在感を発揮していくために、どのような外交を行う必要があると思いますか」という質問です。これに対する回答で一番多かったのは、「世界の課題解決に取り組み、その取り組みを世界に発信していく外交」という回答で40.0%でした。多分、民間は今、そういう意識を持っていると思います。私自身も課題解決に民間としても、当事者としても取り組みたいという思いを持っています。逆に、「首相のリーダーシップに基づいた外交」という回答は5.3%しかありませんでした。

 この結果から、日本の外交に問われているものは、「課題解決」なのではないかと思います。もちろん、国、政府としての主張を国際社会に理解してもらうことも必要なのですが、皆さんは、今、日本に問われている外交というのは何だと思いますか。

髙島:このアンケートの結果が、まさに答えをそのまま述べていると思います。世界の課題解決に向けて努力をする、または、その方向に向かって国の外交を進めていくことがとても大事で、その結果を世界に発信していけば、憲法前文で示されている「国際社会において、名誉ある地位」を得ることにも繋がります。元々、この路線は日本が戦後ずっと平和国家で生きてきたということと、表裏一体で進んできたことだと思いますし、その方針は全く変わっていないと思います。ただ、今後もその路線をどのように継続していくのか、ということになると、渡辺先生もおっしゃったように、国益と国際益のバランスを意識していく必要があります。政府はどちらかというと国益の方を意識してしまうのですが、国民は国際益にもかなり強い意識を持っているのだ、ということを国際社会にも知らせていくことが、日本のイメージアップにつながるのではないかと思います。

工藤:それはすごく良い意味で、日本の存在感のアップにつながると思います。

近藤:日本の外交は、世界の課題解決に貢献し、それを世界に向けて発信することを目指す、ということには私も全く同感です。他の国、例えば、アメリカやヨーロッパで、同じ世論調査を実施した時に、果たしてこれほど圧倒的多数が、「世界の課題解決に取り組むこと」という選択肢を選ぶかどうか疑問です。日本人はある意味で理想主義的で、悪くいえばややお人よしではないか、ということも考えられますが、だからこそ、私は、日本は独自の外交スタンスとして、「世界の問題解決に貢献していく」ということを第一に掲げ続けるべきだと思います。

 ただ、国際益は、国益としばしば相反することがあります。例えば、気候変動です。CO2を減らすために日本は思い切って国内の排出量を削減しますとすれば、これは世界に対する大きな貢献になります。しかし、国内では産業界が大きな悲鳴をあげます。その対立をどうするのか。50年後を見て国際益に尽くすことが引いては日本のイメージを上げて日本にとってプラスになる。しかし、電気料金が大幅に上がって目の前で苦しむ産業界を説得できるのか、という問題が出てきます。

 そこで、民間外交、あるいはNPOの出番だと思います。そういうことをみんなで議論をして、特定の利益団体、すなわち産業界、政治団体ではない、一般の市民、消費者がしっかり議論をして、「ここは少し我慢をして、節電をしてでも世界に貢献しよう」、「いや、これ以上はちょっと我慢できないから無理だ」というように市民、国民一人ひとりが考えてどんどん議論をして、その様子を世界に向けて発信をする。そうすると、国民一人ひとりの政治的な熟度が上がり、国際問題を考える習慣がついてくる。それが日本の市民社会のレベルを上げ、さらには日本の外交の質を上げてくれるのだと思います。そういう意味で、常に長期的な国際益と、狭い意味での当面の国益の調和について、政府だけではなくて、民間も幅広く考えていく。それが民主主義の本来あるべき姿だと思います。国民一人ひとり、有権者一人ひとりが国の将来、世界の将来を真剣に自分のこととして考える。そういう場がないと、どうしても目先の自分の利益に追われてしまいます。そういう議論を喚起するために、是非、言論NPOにイニシアティブを取っていただきたいですね。

渡辺:私は昨秋、ウガンダに行ってきたのですが、ウガンダには非常に有名な日本企業があります。一つはマラリア予防に薬を練り込んだ蚊帳を作っている会社、もう一つは現地でうがいや手洗いを進めている会社です。おそらく、その会社にとっては利益、すなわち企業益というものが活動の前提としてあると思います。同時にやはり、それを通して、現地の人々は日本という国に対して非常に良いイメージを抱いている。これはまさに国益に資すると思います。つまり、マラリアが減り衛生状態が良くなるころで多くの命が助かるということになると、国際益にもつながりますから、見事に難しい連立方程式を解いているわけです。ですから、国益と国際益というものが重なるところで活躍している会社や大学、スポーツ団体、芸術家などは様々あると思いますので、そこを広く巻き込んでいくことで、言論NPOの活動がさらに発展していくのではないかと思います。

 当面の課題として、あえて一点だけ提案をさせていただくと、政府間レベルの関係が悪化しても、民間交流を停止しないというごく基本的なことだけは、緊張関係を抱えている国々の間でもある種の絶対的なルールとして合意形成をして欲しい。そのため、ダボス会議やプロジェクトシンジケートなど国際的なネットワークはたくさんありますので、そういうところとどんどん連携をしていき、国際社会の中で同じような志を抱いている、like-mindedな組織と連携をしていく、あるいは後押しをしてもらう。そして、もはやそこから後戻りすることができないような国際的な対話の環境というものをまず確立していただきたいと思います。

工藤:言論NPOは今、まさにそういうことを考えています。やはり、国際的な世論に支えながら課題解決のための動きをつくっていかなければならないと思っています。

 ただ、今、気になっているのは、お話にあった国際益と国益についてです。例えば、以前アメリカのブッシュ政権が9.11テロの後、膨大な予算をパブリック・ディプロマシーに投入して、イスラム諸国にアメリカ的な考え方を普及させようとして失敗しました。言葉の使い方として、世界ではパブリック・ディプロマシーはやはり、国益を得るための広報宣伝活動である、というふうに思われている。しかし、渡辺さんがおっしゃったような、ニュー・パブリック・ディプロマシーという概念に、そのように国際益という要素が入ってくるとなると、これはもう全然違う概念になるのではないかという気がしてきているのですが、これについてはいかがでしょうか。

渡辺:いわゆるニュー・パブリック・ディプロマシーが提唱され始めた現在においては、国益というのはプロパガンダとイコールではなく、むしろ「プロパガンダではないこと、というのが最良のプロパガンダである」というふうに変わってきているのだと思います。ですから、一つの狭い国益しか考えず、それを外交政策に反映させていくようなことになると見做される。そうなった時点で、アクターからの信用度はぐっと落ちていく、ということです。

工藤:先程、パブリック・ディプロマシーの主体が変容してきた、という議論がありましたが、内容そのものがかなり大きく変わってきたということですね。

渡辺:そうですね。プロパガンダとパブリック・ディプロマシーをイコールであると看做すのが伝統的な解釈だとすれば、むしろそれはまったく異なるものである、と位置付けているのが、最近のパブリック・ディプロマシーの考え方です。

工藤:ただ、外務省では、パブリック・ディプロマシーという用語が使われた2004年と2005年の外交青書を見てみると、結局、その伝統的な解釈の意味でこの用語を使っていて、新しい定義にはまだなっていないですよね。やはり、あ政府の広報宣伝という要素が強い。それは今、世界的には渡辺先生がおっしゃったような、ニュー・パブリック・ディプロマシー、すなわちプロパガンダではない、ある意味で国際益を意識し、課題解決をしていこうという新しい動きと、政府が考えている概念との間に乖離が出てきているという理解でよろしいのでしょうか。

近藤:私は2003年に、当時の外務省の文化交流部長になったのですが、そこで機構改革があり、広報部分が加わって、広報文化交流部となりました。そこで私は、部署の英語名をpublic diplomacy departmentにしました。そのように名付けた背景には、先ほど申し上げたように、アメリカの例が念頭にありました。日本は発信力が弱いとかなり批判されていましたので、外務省は頑張って、アメリカ、ヨーロッパ、中国などの国民に働きかけて、日本の素晴らしさ、日本はこんなに国際貢献してきたのだ、ということを訴えることを主眼としたパブリック・ディプロマシーの方針を考えました。それは現在も省内で継承していると思います。

 ただ、そこに閉じこもるのではなく、進めていく上でも、やはり、国民同士の信頼関係を両国民がつくっていくことが大事だと思います。そういう民間同士の交流があれば、先程から話題になっている売り言葉に買い言葉になり、国民感情の悪化がエスカレートしてしまうという悪循環を防ぐことができます。


変化が求められる日本のメディア

工藤:今の世論の現状の背景にはメディアの問題があると思います。政府の中でもある程度、パブリック・ディプロマシーについての考え方が変わってきているにもかかわらず、メディアの意識はドメスティック化してしまっている感じがします。つまり、国益という問題をお互いが背負いながら報道しているような感じがします。

髙島:日本のメディアの現状をよく見れば見るほど、ますますその観が深まってしまうのではないかと思います。世界のメディアの好例としてしばしば引き合いに出されるのは、イギリスのBBCですが、やはりBBCが独立した報道機関としてイギリスにあるから、イギリスのパブリック・ディプロマシーも実に上手くいっている、ということがいえると思います。BBCがイギリスにあることによって、イギリスが得ている利益は、大変なものだと思います。日本のメディアもそういう存在になるべきです。そのためには、話すこと、書くことによって海外に発信できる人材を一人でも多く育てて、国際的な舞台で活躍する人を増やす必要がある。その発信によって、日本のイメージが上がり、日本の主張がいつの間にかじわじわと広まっていき、その結果として国益も増進される。それが一番望ましい形だと思います。そういった意味でもメディアの役割は非常に大きいと思います。

工藤:政府間外交では近藤さんがおっしゃるように建前があり、譲れないものがある。領土など主権に関わることは絶対に譲れないし、譲るという議論さえも難しい。ただ、その譲れないものによってナショナリズムが加速してしまって、双方の国民の感情悪化につながり、政府間外交がより困難に陥ってしまう、というジレンマを抱えていると思います。さらに、メディアがそういう微妙な問題を取り上げることによって、国民感情に火をつけ、世論をさらに悪化させてしまいかねない状況の中で、どうすればよいのか、ということが今日的な課題として出てきていると思いますが、いかがでしょうか。

髙島:メディアがいかに世論を煽って、人々の考え方をぐっとナショナリズムの方向に引っ張ってきたか、というのは歴史を見ているといくつもあるわけです。日本もそういう経験がありました。今、メディアに問われているのは、自国に対してだけではなく、相手国の世論に対しても、客観的に見て、自国の主張と相手国の主張がどう違うのか、ということを、ナショナリズムを煽ることなく冷静な表現で、きちんと伝えることであると思います。それが、相手国だけではなく、周辺国から世界全体に伝わっていくことによって、例えば、「あなたの国でやっている官製デモは、いくら何でもやりすぎではないか」というように、いつの間にか様々なチャネルで外圧がかかり、相手国が方針を変えるというようなことも起こり得ます。ただ、今は働きかけるべきその世論が多様化しています。そして、メディアも多様で、情報発信源がたくさんある中で、一体どの媒体を使いながら、相手国と世界全体に対して働きかけていくか、ということが問われていると思います。


民主主義そのものの強化が不可欠

工藤:きちんとした課題解決の意思を持つ世論をつくるためには、日本の民主主義そのものが強固なものでなくてはならないと思うのですが、何となく今、雰囲気に流される議論が多くなってきているような気がします。きちんとした議論とそれによって形成された世論に支えられれば、政府間外交もそういう方向になるし、民間とも機能的に連動できるのですが、現実の政府間外交は北東アジアで全く機能していない。だから、民間が環境づくりをしなければならない状況になっている、という非常に困った局面になっていますが、これは未来に対する宿題であるということでしょうか。

近藤:以前からの日本の課題ですが、日本国内で中長期的な日本の外交政策はどうあるべきか、という議論がほとんどない。一部の国際政治学者やシンクタンクの方々はそういう議論をしていますが、アメリカ、イギリスでは知識人だけではなく、広く一般国民も参加して、時には政府とは違う政策を提言する。そうすることで、国民的な議論を巻き起こしているわけです。イギリス人は何がイギリスの利益か、そしてそれが世界の利益でもあるのか、ということを国民一人ひとりが考えていると思います。先程BBCのお話が出ましたが、別の好例として、ブリティッシュ・カウンシルがあげられます。政府から若干のお金を貰っているけれど、政府とはちょっと距離をおいて、長期的な視点で国益を追求しています。こういう感覚がイギリスは非常に上手いです。パブリックという言葉は政府という意味ではなくて、人民間でもない。色々な人たちが全体の公益を考えて行動する、ということがパブリックなのです。そういう本来の意味のパブリックというものは、なかなか国のことは「お上」がやればいいと考えてきた日本では育っていないと思いますが、それをもっと深めていくことで日本の民主主義は成熟するし、引いてはそれが日本の外交力の向上にもつながってくると思います。

工藤:今日は民間外交の可能性を、パブリック・ディプロマシーというものを通しながら、考えてみました。この議論から質を問われている日本の外交のあり方というものが浮かび上がってきましたが、民間、個人が当事者として、この国の未来や世界の課題に向かい合う力がないと、外交も強いものにならないということだと思います。そういう意味で、言論NPOも色々な方と組んでこのチャレンジを進めていかなければならないと思いました。

 今日はパブリック・ディプロマシーと言論外交と題して議論を行いましたが、私たちは3月29日にまったく同じテーマで新しい民間外交の可能性について、アメリカ、中国、韓国、シンガポール、イギリスの識者を呼んで、東京でシンポジウムを行い、徹底的に議論をして、それもすべて公開していきたいと思います。是非皆さんもご参加ください。

 皆さん、今日はありがとうございました。

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