オバマ大統領の訪日をどう考えるか

2014年5月02日

2014年5月2日(金)
出演者:
藤崎一郎(上智大学特別招聘教授)
渡部恒雄(東京財団ディレクター(政策研究)・上席研究員)
中山俊宏(慶應義塾大学総合政策学部教授)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)

 4月末にアメリカのオバマ大統領が訪日し、日米共同声明が発表された。共同声明では尖閣諸島への日米安全保障条約の適用が明文化されるなど日本側に大きな成果があったが、その背景にはどのようなアメリカ側の思惑があるのか。新たな日米関係をベースとした日本外交の今後の展開を読み解いていく。


工藤泰志工藤:言論NPO代表の工藤泰志です。4月末にアメリカのオバマ大統領が訪日し、日米首脳会談が行われ、日米共同声明が出されました。今日はこれを踏まえた上で、これからの日米関係について議論をしていきたいと思います。

 それではゲストの紹介です。まず、上智大学特別招聘教授で、駐米大使も務められた藤崎一郎さんです。次に、東京財団ディレクター・上席研究員の渡部恒雄さんです。最後に、慶應義塾大学総合政策学部教授の中山俊宏さんです。

 さて、今回のオバマさんの訪日に際して、言論NPOに登録している有識者にアンケートを実施してみました。まず、「あなたは、日米共同宣言などに盛り込まれた内容などをご覧になり、安倍政権はオバマ大統領の訪日によって成果をあげたと思いますか」と聞いてみたところ、「成果をあげたと思う」との回答が25.8%、「どちらかといえば成果をあげたと思う」との回答が41.1%となり、7割近い有識者がプラスの評価をしています。

 続いて、「あなたは、4月25日に公表された日米共同声明に盛り込まれた事項、並びにオバマ大統領の訪日において、今後の日本の外交を考える上で、一番重要だと感じた項目はなんですか」と質問したところ、2つの項目が突出していました。一つは、「アジア・太平洋における日米同盟の意義を改めて確認したこと」との回答が36.8%と、もう一つが、「尖閣諸島への日米安全保障条約の適用が明文化されたこと」との回答で29.4%でした。

 これらを踏まえながら議論を進めていきたいのですが、皆さんは今回のオバマ訪日と日米共同声明については、大きな成果であったと考えていますか。


日米関係が堅調であることを示した共同声明

藤崎一郎氏藤崎:共同声明、あるいは記者会見を見ていて、成果として印象に残った点が3つありました。一つ目は、アジア重視政策を確認したこと、二つ目は、TPPについて最終的には大筋合意には至りませんでしたが、前進する道を特定したことです。三つ目は、今、安倍総理がヨーロッパをまわっておられますが、その前に、アメリカとの間で、ロシアのウクライナ政策について議論し、ロシアを非難することについて合意し、今後の政策対応について協議し確認できたことです。

工藤:藤崎さんは駐米大使も務められたので、これまでにも日米の首脳会談を見てきたと思いますが、過去の会談と比較して、今回の会談にはどのような違いがありましたか。

藤崎:違う点が2つありました。一つは、会談前日に総理がアメリカ側のごく限られた人を寿司屋に招き、親密な会談ができたこと。これは今までなかなかできなかったことです。もう一つは、宮中晩餐を開くなど、国賓待遇になったことです。この2つの点が、今までの単なる実務的な会談とは異なる点だったと思います。2国間関係、あるいは総理と大統領の個人的な関係という点から見てもよかったのではないかと思います。

中山俊宏氏中山:やはり、安全保障面で、日米間の親密さを示せたことが成果だと思います。ヘーゲル国防長官が4月に来日し、その後、中国に行き、尖閣について、日本にとってかなり好ましい発言をしていた。その発言を聞いた時、オバマ大統領が訪日した際に、この問題について踏み込まなくていいようにするためだったのかな、とちょっと穿った見方をしていました。その後、オバマ大統領は訪日直前に、日本のメディアに対する書面インタビューで、かなり踏み込んだ発言をしていて、ここまで言うのか、と驚きました。それでも、日本で、しかも口頭ではここまでは言えないだろう、と思っていたら、かなり踏み込んだ発言をしたことに、非常に驚きました。

 それから、集団的自衛権の見直し、NSCの設置、積極的平和主義など、最近の安倍政権の安全保障に関する様々な取り組みについて全て肯定しました。一部のアジアの国では、これらの取り組みが日本の右傾化の兆候だと見られていますが、アメリカは一切そう見ていない。むしろ、オバマ政権のリバランスと相互補完的な関係にある、ということを言いました。やはり、この点は非常に大きいのではないかと思います。

渡部恒雄渡部:今回の日米首脳会談は、非常に意義があったと思います。まさに藤崎さんが指摘された3点というのはすごく重要だったと思います。それに付け加えると、中山さんのお話にも関わってきますが、ここ最近、日米関係は少しぎくしゃくしているのではないか、と思われていたところがありました。なぜそう思われていたかというと、一つは昨年12月の安倍首相の靖国参拝に関して、駐日アメリカ大使館が「失望」というコメントを出したとことで、日米間に隙間風が吹いている、という見方が国内外で定着していたところがあったからです。しかし、今回の日米首脳会談で、かなり踏み込んだかたちで、日米同盟の意義を再確認した。それから、尖閣諸島に関しても、今まで尖閣は日本の施政下にあり、日米安保条約第5条の対象になる、ということを国務長官は発言していましたが、大統領からの発言はなかった。それはなぜかと想像すると、あまり言いすぎると中国がへそを曲げて、大統領が中国と話をし難くなる、ということだと思います。しかし、今回、大統領としては初めて明言した。

 また、日本訪問後の韓国で、オバマ大統領と朴大統領が記者会見を行いました。この席で、朴大統領が日本が河野談話、村山談話を尊重することが大事だと言及していました。これはすでに安倍首相が参議院で見直さないと発言しており、だからこそ3月の日米韓首脳会談の実現につながりました。別に新しいことではないのですが、そういったことを確認して、今後の日韓の関係改善の道筋をつけたことは、非常に良かった。アメリカや、あるいはアジア諸国で日本のイメージも良くなったのではないでしょうか。

藤崎:中山さんも言われたことですが、今、安倍内閣で進めている安全保障についての措置、特に集団的自衛権について、歓迎、支持する、ということを明確に共同声明に盛り込み、アメリカも同じ姿勢なのだ、ということを示したのは大きな成果だと思います。これにより、様々な安全保障の措置が、日本の右傾化の兆候というわけではない、ということも示せたわけです。

 それから、渡部さんが指摘された尖閣の問題については、オバマ大統領も新しい問題ではない、と一生懸命言っていましたが、実は、1990年代にはアメリカ政府ははっきりとした立場を示していなかった。90年代の終わりに、国防総省のキャンベル次官補代理が明確に発言し、それ以降、ブッシュ政権でも引き継がれていますが、クリントン、ブッシュ、オバマの各大統領も発言していませんでした。アメリカ大統領が言明したのは今回が初めてです。ですから、そういった意味では、当たり前のことと言いつつも、それをあえて言うことには意義があったと思います。

工藤:周辺国に対するメッセージを出すこと自体が目標だったと考えれば、戦略的には完全に成功したわけですね。ただ、なぜ、オバマさんは今回、そこまで踏み込んだのでしょうか。

藤崎:やはり、アジア重視ということを明らかにするとともに、今後の中国との関係に対するアメリカの立場がどのようなものなのか、ということを、日本に対してだけでなく、中国に対しても示す。それを明確にしておくことが、抑止力として、東アジア情勢をこれ以上危うくしないことにつながる、ということがまず一つあります。

 もう一つは、アメリカは締結した条約を守る国であれ、ということを国内的にも明確にすることによって、自らが強い大統領であることを示すこと。この2つの意味があったのだろうと思います。

工藤:その後者の「強い大統領」に関して、ウクライナの問題など、色々と議論が出ていましたよね。

藤崎:クライナだけでなくシリアの問題もありましたが、実はこのウクライナ、シリアというのは条約上の問題ではなかった、ということもあると思います。一方で、こういう条約を結んだところに関してはきちんとやるのだ、ということを示したかったのではないでしょうか。

中山:若干シニカルな見方になりますが、基本的にはアメリカは今、退却モードに入っているのだと思います。それは2001年以降の戦争で疲れているからでしょう。対外的に積極的な役割を果たすことについて、少なくとも国内的なムードは極めてネガティブです。それよりはまず国内のことをきちんとやろう、といった雰囲気です。ですから、今のアメリカには、不用意に発生する日中間の争いに巻き込まれたくない、という思いが非常に強くあると思います。そのために何をするのか、というと、もちろん、アジアに来て「アメリカは退却します」という姿勢は見せられないわけです。仮にそういう姿勢を見せた場合、日本は不安になりますし、中国は攻勢に出てきます。そうすると、アメリカができることといえば、「日米同盟は堅調だ」と言うこと以外にないわけです。つまり、中国に対して「不用意なことをするな」というメッセージを伝達し、なおかつ日本についても、「この同盟は発動すべきときにはきちんと発動する」ということを伝える。

 日本からしてみると、オバマ大統領の発言自体は、満額回答なのですが、もう少し俯瞰してみると、やはり不安が残る側面はあると思います。なぜなら、アメリカが東アジアで積極的な役割を果たすことについては、少なくとも以前よりは難しくなっている、という国内的な状況があります。議会の件もありますし、何よりオバマ大統領自身が、イラクとアフガニスタンから撤退する、という公約で大統領になったわけです。ですから、日本としてもこういう発言があったから大丈夫だ、ということではなくて、なぜアメリカはああいうことを言ったのか、ということをきちんと読み解いておいた方がいいと思います。


「アジア太平洋の大統領」は健在なのか

工藤:オバマさんが最初に来日した時、「私はアジア太平洋の大統領である」と言うなど、非常にアジア太平洋を意識しているというイメージがありました。その後、アジア太平洋でリバランスをしていくと言いながら、具体的に何をしていたのか、よく見えない状況が続いていました。それに対しては個人的に何かを焦っているということはないのでしょうか。

中山:今回もクアラルンプールでの演説で、「自分はアジア太平洋の大統領である」ということははっきりと言っています。しかもそれは、「パーソナルな問題でもあるのだ」とも発言しており、リバランスに対するコミットメントを強調したのですが、全体的な印象としては、まだリバランシングとはどういうものなのか、ということについて若干クエスチョンマークが残るところはある。もちろんアメリカにとって、アジア太平洋地域は、経済的に非常にダイナミックであることを考えても、重要であることは間違いないのですが、ではどういうかたちで具体的にコミットしていくのか、という設計図となるとまだ全貌は見えてきていません。ただ、今回はウクライナ情勢、シリア情勢がある中で、「リバランスは堅調だ」ということを大統領自身がここに来て、確認することそれ自体が目的だったので、その点についてはそれなりに成果が出たと思います。

藤崎:オバマさんはブッシュ政権が中東に少し深入りしすぎていたこともあり、アメリカの利益から見ると、今、成長の中心であり、かつ少し不安定なアジアに軸足を移した方がいい、ということは当初から言っていました。東アジアサミットに加わり、豪州で海兵隊の訓練を行い、フィリピンでも訓練を行い、さらにはASEAN大使を新設するなど、様々なかたちでアジア政策を進めてきています。今回の動きもその一環だろうと思います。だから、今回急に始まったというわけではありません。

 他方、中国との関係では場合によっては緊張関係も生じ得るので、きちんとメッセージは出しておく。これがアメリカの利益になるし、地域の安定にもつながる。以上のように、オバマ政権は実はきわめて理性の政権で、シリア政策でも、アフガニスタン政策でもどちらがうまくいくのか、ということを考えてやっている。理念というよりは理性に基づく計算をして、その線に沿って動いているのではないか、という感じで見ています。

渡部:今、オバマ政権をずっと見てきている前駐米大使が、「理性の政権だ」とおっしゃったので、我が意を得たりという気持ちです。理念ではなく理性なのです。ブッシュ政権が理念で失敗しているところがあったので、その反省もあるのでしょう。それから、オバマ大統領自身が合理的に選択する人間なのです。問題は、合理的な選択というのは往々にして理解されない、あるいは、冷たい印象を持たれるということです。例えば、同盟関係においては、本当は約束をきちんと守らなければいけないけれど、そこはあくまで国益を冷静に計算するものです。同盟相手国にどこまで踏み込んで付き合うのか、というのもその都度の計算によって左右される世界です。そこを首脳同士の信頼感などで補ったりするのですが、その部分で、ドライすぎるというのが多分、オバマさんの弱点です。それをある程度払拭するために、今回のような踏み込んだ発言をしたことは意味があったと思います。

 これは、日韓の後に訪れたマレーシアやフィリピンにおいてもそうです。米軍はフィリピンから撤退していましたが、今度は再駐留を可能にする合意をしています。また、マレーシアというのは実は反米感情の強い国だったのですが、中国がマレーシアの領有している岩礁に関して強く領有権を主張し、軍が主権宣誓式をしたり、近海で軍事演習をするなど、、強硬姿勢を示して反発が高まってきた中で、タイミングよく訪問しているわけです。そこで、中国に対して厳しい共同声明が発表されました。


日米共同声明は北東アジア全体に対するメッセージ

工藤:有識者アンケートに基づいて議論を進めていきたいと思います。今回の共同声明、それから訪日中の会談の中で、非常に注目されたのが、尖閣諸島への日米安保の適用ということを明示した点と、TPPの問題でした。特に、TPPに関しては、ぎりぎりまで協議をし、政治の強い意思を感じた方も多いと思いますが、それらに関してはどのような評価をしていけばいいのでしょうか。

 アンケートでは「今回合意された日米共同声明では、尖閣諸島に日米安全保障条約が適用されることが明文化されました。日米間でこのような合意がなされたことについてどのように評価していますか」と質問したところ、オバマさんがきちんと明言したことに対して、「手放しで評価している」という回答が16.0%ありました。ただ、一番多かったのは「評価はしているが、どのように具体化されるかが見えず、手放しでは評価できない」との回答で59.5%と、6割くらいになります。

 次に、TPPに関して、アンケートでは「今回のオバマ大統領の訪日前後、日米のTPP交渉が断続的に行われましたが、結局、合意はなされず、日米共同宣言には『TPPに関する二国間の重要な課題について前進する道筋を特定した』とあいまいな表現にとどまりました。あなたは、TPPの日米二国間の交渉の行方について、どのようにお考えですか」と質問したところ、基本的には合意への道筋が決まった、と見ている有識者が、7割近くいました。ちなみにその内訳としては、「5月の12カ国の閣僚会合を得て、近々合意できると思う」との回答が16.0%、「11月のアメリカの中間選挙までには合意できると思う」との回答が23.9%、「11月の中間選挙後には合意できると思う」との回答が25.8%となっています。一方、「合意できないと思う」という回答は12.9%で、「そもそもTPPは必要ないと思う」という回答も12.9%ありました。

 まず、尖閣への日米安保適用の明文化について、どうご覧になっていますか。

藤崎:尖閣がカバーされる、ということは安保条約上明確なわけですから、別に改めて明言しなくてもよかったわけです。それでもあえて名言することによって、中山さんもおっしゃいましたが、「我々はきちんとした抑止力になる」ということを中国に対するメッセージ、そして、日本に対してもしっかりと約束を守りますよ、というメッセージとなる。今回、そのメッセージをしっかりと出したということは、地域の安定化のために、役に立つのではないかと思います。これを出していなければ、おそらく日本は「やってくれ」と言ったのに、アメリカが断った、というメッセージになってしまい、中国には「なんだ、これなら意外と押しても大丈夫なのかな」と受け取られるかもしれなかった。ですから、トップレベルで確認してくれたということはよかったと思います。

 「どのように具体化されるかが見えない」というお話がありましたが、別に具体化をする必要はないわけで、メッセージを出すこと自体に意味があったのだと思います。

中山:手放しで外交上の行為を評価できる、なんてことはあまりないと思うのですが、日本としては満足できるような発言をアメリカから引き出せた、ということだと思います。

 ただ、とかく日米中の話題になると、アメリカは日本と中国のどちらを重視しているのか、と日本は見てしまいがちですが、今回の共同声明を「アメリカが日本を選んだ」というような文脈で捉えるのではなく、あくまでもアメリカが考えているのは、この地域において平和で安定した秩序を維持することである、ということをきちんと押さえておく必要があります。もっとも、それは日本の側にアメリカが立っている、ということですから、かなり日本としては満足すべき状態を引き出せたのではないかと思います。

 それからもし、仮にこういう発言がアメリカからない状況で、TPPの合意ができなかった場合、「やはり日米関係は駄目だ」という話になっていったと思います。先ほど、渡部さんもおっしゃったように日米関係はぎくしゃくしている、ということがストーリーラインになってしまうので、今の日米関係の雰囲気を規定する上でも、非常に重要な役割を果たした共同声明であったと思います。

工藤:一方で、アメリカは中国との関係も非常に重視しているわけですが、今回の尖閣に関する明言は、アメリカの対中関係においては、どのような意味づけなのでしょうか。

中山:アメリカは一貫して中国と対決しようということではなく、良好な関係を目指している。ただ、中国が高圧的だったり、現状を力で変革したりするような行動に出た場合には、きちんと対処する。その辺を曖昧にしないで、きちんとしつつ、将来的には中国と良好な関係を構築していきたいと考えているので、今回の共同声明と対中政策は別に矛盾するものではないと思います。中国の秩序を乱すような行為に対してはきちんと対応する一方で、中国との建設的な関係は今後も構築していきたい、という2つのメッセージを同時に出していると思います。

渡部:尖閣に関する明言は、日本にとっても非常に良かったと思うのですが、アメリカの中国に対する考えと、日本が中国に対して考えていることとは、実際にはそんなに変わらないと思います。日本もアメリカも中国と事を構えたくないし、経済的に世界のGDPの1位、2位、3位が事を構えるという予測が現実味を帯びた場合の市場からの反応を考えただけでも大変なことになりことが予想されます。

 今、中山さんがおっしゃったように、アメリカは「中国か日本か、どちらを取るのか」みたいな話は、構図が簡単だし面白いのでメディアもそのように書きがちですが、冷静に自国の立ち位置を見る必要もあると思います。そういう意味でも今回のメッセージは重要なのだと思います。つまり、日本側が疑心暗鬼になりすぎないということは大事ですが、中国側に対しても日米同盟の意図に関して過度に疑心暗鬼にさせないようにすることも大事だということです。

 それから、忘れてはいけないのは、日米同盟がきちんと機能している、というメッセージは中国に対してだけのものではなく、北東アジアにおけるもう一つの不安定な要素である北朝鮮に対しても示す必要がある。

 さらにオバマ大統領は訪日後、韓国に行って北朝鮮に対する強いメッセージを朴大統領と出していますが、実は、その先には「日韓がきちんと協力してくれ」という意図もある。それは対北朝鮮だけでなく、中国も睨んだ上でのことです。ですから、総合的に見ると、日米の安全保障上の利益というのは、基本的には一致しているのであり、それが今回きちんと確認できたのだと思います。

 これから日本側にはやることがいっぱいあります。例えば、日米ガイドラインの見直し作業をしていますが、その中で具体的に、日米が協力して何ができるのか、ということを積み上げていけば、中国など周辺国はますます「日米にチャレンジしてはいけない」という認識になります。しかも、そこに集団的自衛権行使が加われば、より協力できるエリアが広がる。今回、オバマ大統領が日本の集団的自衛権行使を支持すると発言しましたが、実は今までにない踏み込んだ発言です。日本の集団的自衛権行使は日本の憲法解釈の話、つまり内政の話だから、解釈変更賛成の意味でも反対の意味でも米国の政府関係者は言及を避けてきた。しかし、今回ははっきりと積極的に言った。これはアメリカ側にもその気があるし、その効果をよく理解しているからです。

工藤:確かに、かなり姿勢を明確にしているという印象を受けます。その背景には何があるのでしょうか。

藤崎:先ほどから議論が出ているように、アメリカは「アジア重視」を掲げてやってきたのに、疑念を持たれはじめた。だからこそ、今回のアジア訪問でそこは明確にしておきたかった。それから、アメリカ国内でも中国に対して、アメリカはどこまで対応するのか、という声があったので、渡部さんもおっしゃたように事を構えたいわけではないけれど、言うべきことは言っていく、ということを示したのではないでしょうか。

工藤:中国は今回の声明について目立って強烈な反発はしていないですよね。このあたりのメカニズムについてはどう思われますか。

渡部:中国の行動というのは分からない部分が多いから、メカニズムについてもはっきりしたことはいえません。ただ中国側も気にはしているのでしょう。おそらく、アメリカも含めて世界的に中国のイメージが悪くなるということは、中国の味方が減ることにもつながりますので、気にしている。そのように「気にしている」というところをうまく利用できるかどうか。最近、中国の周辺国に対して攻撃的すぎる言動や国際ルールを無視した行動というものが際立っています。中国がそういうものを抑えて、より国際ルールを尊重する方向に誘導する。「誘導」のゴールというのは、日本やアメリカが、納得できる航行の自由や国際法の尊重などのアジア地域や世界の在り方について中国が納得して合意することだと思います。中国側にも現時点で譲れない部分というのはあるのでしょうが、将来的にそこに収斂させることを目指すべきだと思います。

工藤:アメリカの社会の中で、発言が踏み込みすぎだ、などのマイナスの評価はないのでしょうか。

中山:一部には「中国を挑発しすぎだ」との指摘も見られますが、少なくとも、外交・安全保障のメインストリームに関わっている人たちの間では、妥当な発言、言うべき発言だったのではないか、という見方が強いのではないでしょうか。

 アメリカ社会一般ということでいうと、今後を考えた場合、この日米同盟は重要ではないのではないか、という意見がやや増えてきている、という少し心配な世論調査結果もあります。

 一方で、アメリカの議会の中で、ジャパン・コーカスという日本案件に特化した議員団が作られたり、日系アメリカ人を中心にUSジャパンカウンシルという組織が設立されたりと、日米関係を盛り上げていこう、という動きもあり、相対的に見ればアメリカとの関係において、今の日本はかつてよりは良いポジションにいるのではないでしょうか。10年くらい前にはとにかく日本は忘れられている、という論調が目立ちましたが、今は必ずしもそういう状況ではないと思います。

 また、アメリカのメディアの論調では、やはり安全保障よりはTPPで合意ができなかった、ということを重視して報道しているきらいがあります。経済問題の方が直接的に生活に響いて来るので、当然議会などの関心も高くなりますから、報道の中心になるというのはやむを得ないとは思います。一方で、藤崎大使からご指摘があったように、今回、オバマ大統領はアメリカ国内のことも視野に入れながら発言していた、という側面もあった。オバマ大統領は、共和党から「彼はアメリカの没落を容認している大統領だ。シリアを見てみろ、ウクライナを見てみろ」と批判されています。今回、ウクライナ問題などもあり、日米同盟に関してどういう発言をするのか、アメリカのみならず世界のメディアからもそういう視線があることを意識した上で、きちんと「日米同盟は堅調だ」ということを示す必要があった。仮に、日米同盟さえもきちんとフォローアップできないのであれば、アメリカが世界で築いている同盟網すべてに影響が及んだと思います。そういう意味では今回は日米だけの話ではなく、もう少し大きなスコープで問題意識を持って発言したのではないかと思います。

工藤:オバマさんの求心力回復の大きなきっかけになったのでしょうか。

中山:なったかどうかは分かりませんが、なるような動きを考えているし、そのためには日本が何をするべきなのか。オバマ政権の信頼性を高めて、彼の力を強めれば日本にとってもプラスになるし、地域にとってもプラスになる。そういうふうに考えられるかがポイントになると思います。


流れが大きく変わったTPP交渉

工藤:TPPについては、とにかく、合意のために、努力をしようという強い意思を感じました。ですから、今回の尖閣に関する満額回答もすべてTPPのためにあるのではないか、と思えるくらいTPPにこだわっていたのですが、これについてはどう判断していますか。

藤崎:TPPについて我々は、日本経済への影響という点、日米関係という点、アジア太平洋のルールづくりという点など色々な観点をかみ合わせながら考えていく必要があると思います。アメリカでまだ貿易促進権限法案が通っていない中で、交渉をそこまで進められないのではないか、という議論もありますが、今言った3つの観点を総合すると、できるところまでやった方がいいのではないかと日本側は考え、その意図がアメリカ側にも伝わったのだろうと思います。

 こういう大きな会談が行われる際、そこでまとまるのか、あるいは、そこでは方針だけ示して、さらに交渉し続けていくのか、色々なパターンがあります。例えば、チリとFTAを結んだ時、大統領と総理の会談の際にはまとまらす、その後、交渉を続けてまとめていった。お互いに国内事情がありますから、ちょっと遅らせて議論を再び進めていく、ということは今までにもあったわけです。今回はどうなるのかは分かりませんが、そういう可能性はあります。

工藤:TPPではかなりリーダーシップを発揮したのではないかと思います。アンケート結果でも今回は合意できなかったけれど、方向としては合意に向かった、と有識者は判断していました。

中山:あれだけ粘ったということはやはり脈があったのだと思います。加えて、日米が合意できないとTPPが全く質的に異なるものになってしまいますから合意せざるを得ない。これは単なる経済的な枠組みづくりではなく、日米がこういう先進的なルールを一緒につくっていくこと自体に非常に大きな政治的な意味合いがあるわけです。そのことは確認できたのではないかという感じはします。

渡部:TPPに限らず通商交渉全般において当てはまりますが、合意の結果、国内で痛みを直接被る人たちがいるので、どうしても交渉は難しくなります。しかも、TPPが難しいのは日米だけではなく、日米の合意を基に、今度は他国とも交渉しなければならないので、余計に複雑です。

 もう一つ、通商で難しいのは、アメリカは議会が力を持っていますから、政権だけが突っ走っていくことは難しいのです。しかも、オバマ政権は議会から、かつてはファスト・トラックと呼ばれていた大統領貿易促進権限(TPA)を貰っていません。

 そういう事情がある中でここまで交渉を引っ張ってきた、というのは頑張ったと評価できますし、今回の日米首脳会談は、他の交渉国に対して、この後も交渉は止まらないだろうと思わせたことに意味があると思います。残念ながらアメリカのメディアがそこをあまり評価してくれていません。おそらく、米メディアの中には「構造改革に失敗した世界に閉じている日本市場」と「世界に対して影響力が失われているオバマ」というストーリーラインがあるからだと思います。ただ、通商に関しては、得点を決めれば評価はすぐに変わります。まだまだこの先もどうなるか分からない話なのですが、今回の日米首脳交渉の後しばらくして前向きな共同声明がだされたこともあり、モーメンタムは失われず、「なんとか、いけそうだ」という雰囲気にはなってきたと思います。


幅広い分野を網羅している共同声明

工藤:これまでの議論では、今回の日米共同声明の中身に関して、特に、尖閣、TPPなど日本にとって重要な論点について話を進めてきたのですが、今回の共同声明には、他にも色々なことが書かれています。ウクライナの問題から、ASEANの問題、航行の自由の問題など色々な問題に関して話を進めています。これについてはいかがでしょうか。

藤崎:おそらく、今、国際社会が直面している大きな問題として、ウクライナにおいて、今後ロシアがどこまで入ってくるのか、シリアの問題やイランの核開発の問題をどうするか、など様々な課題があると思います。こういう問題について、アメリカがG7の他の国に対してどこまで協調を求めていくのか、ということがポイントになってきています。ですから、安倍総理はオバマさんと意見交換をした後で、すぐにドイツやイギリスなどG7の主要な国に行って意見交換をした。そうして国際社会の大きな課題について、日本のポジションを固めながら、G7で議論をするということが大事だと思います。

工藤:確かに、ウクライナ問題では日米両国はロシアの違法な試みについて非難していますが、このあたりもメッセージとしては大きかったのでしょうか。

藤崎:そうですね。ロシアに対してさらなる措置について緊密に協議する、ということを打ち出しています。今後どう協議するかですが、協議の過程において、ヨーロッパの国とも協議しながら、しっかりと日本がスタンスを決めていくことが重要だと思います。

中山:多くの点は昨年10月の日米2プラス2の際の文書などにおいて、すでに確認されていることだと思うのですが、ある意味、非常に野心的で、グローバルなスコープを持った日米同盟の可能性みたいなものを展開している文書だと思います。ですから、藤崎大使からもご指摘がありましたが、ウクライナ情勢や、イランの核開発の問題など、必ずしもこの地域の話ではないものがある。グローバルコモンズへの言及もありましたし、東南アジアで、日米が協調して何ができるかということもあります。

 それから、アメリカという国はともすると、性急に結果を求める国で、地道に地域機構やサブリージョナルな機構みたいなものをつくるということはあまり得意ではないし、忍耐強くないのですが、少なくともこの文書においては、アメリカもアジア太平洋地域における共同体づくりに参画していく、ということを示している点は重要だと思います。

 それから、価値観の共有を下支えするような、女性の社会参加を一緒にプロモートしていく、という点は意外に重要だと思います。日本にとっても非常に重要な課題ですし、オバマ政権でも重要視している課題ですから、こういうことに一緒に取り組んでいけるというのは非常に良いと思います。ケネディ大使がいるのでタイミングも良いと思います。

工藤:地球環境の問題などCOPの話も入っていますが、これについてはいかがでしょうか。

渡部:エネルギーと環境は一緒に考える必要があります。アメリカと日本の利益が密接に関わっている部分はエネルギー政策です。日米共同声明ではアメリカは「包括的、平和的かつ安全な原子力の利用及び再生可能エネルギーの導入の加速を含む日本の新しいエネルギー基本計画を歓迎」するとあります。これは様々な意味合いがあると思います。アメリカにとって、自国への核テロを未然に防ぐという意味で、核兵器の不拡散が最重要な安全保障上の目標です。3月のハーグでの核安全保障サミットは、それを達成するための会議でしたし、日本もかなり積極的な協力を表明しました。

 そして、日本の経済成長にとっても重要ですが、世界の原子力の平和利用の体制維持が、核不拡散体制の肝であり、日本の果たす役割というのは大きい、というメッセージを日本側に送りたかったのだと思います。日本の原発再稼働を巡って国内の反対などもあり、安倍政権は非常に難しい状況にある。しかし、基本的に安全手段さえ確保できれば再稼働してほしい、というメッセージであり、これは核不拡散体制の維持にも、日本の経済のカムバックのためにも、また世界の温室効果ガスを減らすというCOPのラインにも沿っている。実にオバマ政権らしい合理的で複合的なメッセージだと思います。オバマ政権というのは民主党の中でもかなりリベラルな政権です。そのリベラルな政権がこのように考えているということ自体、日本人がよく理解すべき重要なメッセージだと思います。

藤崎:今回、なぜ共同声明がこのような良いかたちになったのかというと、やはり、基本には日本経済が復活して、日本が強いパートナーになりつつある、という認識がアメリカにあるからだと思います。国際社会では強い経済を持ち、強い存在でなければ、なかなか他国から相手にしてもらえない。ですから、日本が力を取り戻しつつあることが、今回の成果の背景にあると思います。

 共同声明の中で、もう一点私が注目したのは、「アジア太平洋及び世界における平和と経済的な繁栄を推進するという共有された目標を達成するため、日米両国は、韓国、豪州、インドを含む志を同じくするパートナーとの三か国間協力を強化」していくと述べている点です。このように志を同じくしていく国との協力をうたっているというのは、初めての表現なのではないでしょうか。

工藤:「志を同じくする」というのは何を意味しているのでしょうか。

中山:この地域における望ましい秩序のイメージを共有している、という意味ではないかと思います。共同声明の冒頭でも言及している、「ルールに基づく国際的な秩序への共通のビジョン」を共有していけるパートナーは誰かというと、今、藤崎大使が指摘されたような国であり、日本はその中で大きな役割を果たせる、というアメリカの認識が表れた、という意味では非常に大きいと思います。


お互いに取り組むべき課題は、まだまだ山積している

工藤:アンケートでは、「あなたは、今回のオバマ大統領の訪日をご覧になって、日米関係はより強固なものになったと思いますか」と質問したところ、「強固になったと思う」との回答が10.4%、「どちらかといえば強固になったと思う」との回答が40.5%となり、合計すると半数を超す有識者がプラスの方向に動いたと見ています。「変わらない」という回答が36.8%、逆に「どちらかといえばより不安定になった」「不安定になったと思う」とマイナスの方向に動いたとの回答が合わせて8%くらいでした。

 今回のオバマ訪日は、日米同盟にとって大きな転機となったのでしょうか。日米同盟は今後、大きくこれで変わっていくのでしょうか。

中山:これで質的に大きく変わるのかというと、そういう話ではないと思います。元々仕組みとしてあったものを、最高司令官である大統領によって改めてきちんと確認した、ということです。冒頭で渡部さんが指摘されていましたが、日米関係は最近、少しぎくしゃくしていて、のどにトゲが刺さったような状態だったわけですが、そのとげが取れた、という意味では非常に大きな成果だと思います。しかし、ともすると、これでアメリカは中国ではなく日本の方を向いてくれた、というふうに解釈しがちですが、必ずしもそういう話ではない。この共同声明と、訪日における会談から、日本として本当に読み解くべきことは、中国や韓国との関係を少なくとも対話ができるようなレベルに持っていく、という課題に対して真剣に取り組んでいってほしいという非常に大事なメッセージを、アメリカが込めているのではないかと思います。

渡部:日米間には課題が山積しています。ですから、日米関係を良くすることがゴールなのではなく、日米関係を良くすることでスムーズに意思疎通ができるようにした上で、どのように課題を解決していくのか、を考える必要があります。共同声明には普天間基地のキャンプ・シュワブへの早期移設という項目も入っていますがこれも最重要課題の一つです。こういう長らく合意していながら、現実には前に進んでいない宿題をやらないといけない。実は集団的自衛権も宿題の一つです。このようにたくさんある課題をどうするのか、ということをもう一回再確認しなければならない。課題を解決していかなければまた日米関係は弱くなってしまいます。私はアンケート結果の「どちらかといえば強固になったと思う」という意見は鋭いと思います。今後も不断に努力しながら、お互いにやるべきことをやっていかなければ、関係は簡単に崩れてしまうということではないでしょうか。

藤崎:日本もやらなければならないことがあるし、アメリカもやらなければならないことがある。お互いにやらなければならない課題がある。今おっしゃった普天間基地の問題は本当に長く動いていませんでしたが、今回動き出して、アメリカもやっと安心できる、という面はあると思います。アメリカにもちゃんと兵力を減らして、グアム基地に持っていくとか色々なことをやってもらわないといけない。両国がそれぞれきちんと課題に向かい合っていくという意識が大事だと思います。

工藤:今回の会談からは同盟の再確認をするだけではなく、非常に踏み込み、努力しているという意思表示が伝わってきて、久しぶりに仕事をしているな、という印象を受けました。これがアジアの安定的な秩序づくりを見据えた上での展開になっていく可能性もあるし、また、それをやろうという政治的な意思が動いてきているのではないか、という気もします。そういったことを私たちはある意味でバックアップしなければいけないと思います。アジアの平和で安定的な秩序を実現するための環境づくりはきわめて重要ですが、今回の日米首脳会議、日米共同声明を境に、そのための一つの流れが始まっていけばと思いました。

 ということで、今日はオバマさんと安倍さんとの会談をベースにした、日米関係と今後の外交の展開について議論をしました。皆さん、ありがとうございました。