14回目の日中共同世論調査結果をどう読み解くか

2018年10月12日

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IMG_7395.jpg 言論NPO代表 工藤泰志 

 私たちが、中国と日中共同の世論調査を開始してから実に14年になる。中国で国民の意識を継続的に調査するものは極めて稀有であり、世界でもこの調査しか存在しない。

 この間、日本と中国のお互いに対する感情は悪いままで、それが両国関係に深刻な影響をもたらしていた。私たちの調査は、こうした対立する世論の改善を目的とする民間対話、「東京―北京フォーラム」の取り組みと連動しており、多くの有識者に議論の材料を提供している。

 私たちが、10月11日に公表した14回目の調査結果では、中国国民の日本への印象や日中関係に対する意識がこの一年で大きく改善したことが明らかになっている。しかも、この改善は全面的なもので、これまで日中関係の大きな障害となった中国人の歴史認識も含めてこれまでの対立的な感情は沈静化し、日中関係の今後に楽観的な見方が強まっている。

 ところが、日本人の意識は中国のようには改善せず、対称的な傾向がより鮮明になっている。今回の調査では現状の日中関係に対する日本人の悲観的な見方も大きく減少したが、8割を超える日本人は依然、中国に「悪い」印象を抱いている。

 さらに言えば、この中国人の意識の改善には例外が存在している。日本に軍事的な脅威感を持つ中国人は逆にこの一年で増大し、日本が世界で最も軍事脅威を感じる国となっている。日本人の中でも、中国の行動に脅威を感じる人がこの一年で増えており、安全保障に限って言えば両国民間に緊張が広がっている。

 こうした傾向をどう考えればいいのか、それが今回の調査に求められた課題となる。


中国人の対日印象はなぜ全面的に改善したのか

 日中両国は今年、国交正常化後の条約となる日中平和友好条約締結の40周年を迎え、政府関係の改善や協力に向けた取り組みが本格的に始まろうとしている。

 私たちは10月14日に東京で、日中の民間対話、「東京―北京フォーラム」を行うが、その一週間後には安倍首相が訪中し、習近平氏との会談を予定している。

 北朝鮮の非核化に向けた動きが米国と北朝鮮、韓国の間で始まり、米国の自国第一主義に基づく、米中の貿易戦争も激しさを増している。 

 今回の調査はそうした環境下で行われたということには留意が必要である。

 まず、今回の調査で浮かび上がった第一の最も大きな特徴は、中国人の日本に対する印象が全般的に改善したことにある。

 中国人で日本に対して「良い」印象を持っているのは昨年の31.5%から42.2%に上昇し、「悪い」は56.1%と昨年の66.8%から10ポイントも改善している。

 日本に「良い」印象を持つ中国人が4割を超えるのは過去14回の調査で初めてであり、この傾向が続くと来年の調査では「良い」が「悪い」を上回る可能性がある。

 ところが、日本人の中国に対する印象は今年も改善が進まず、今年も86.3%と9割近くが中国の印象を「悪い」と見ており、昨年(88.3%)と比べてほとんど変化はない。

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 この数年、顕著となった中国人の日本の印象の改善は、国民間の直接交流の増加と若者層を主体とした情報源の多様化がその基本にある。

 こうした構造自体は今年も昨年と同じであるが、今回は昨年と状況が異なっている。年代や情報源の違いを超えて、意識の改善は国民各層で全面的に進んでいるからである。

 その背景には、日中関係の改善に向けた両国政府の動きと、中国側の既存のメディアを通じた広範な努力がある。

 まず、中国人の日本への観光客の増加である。2018年も昨年の736万人をさらに上回る勢いにあり、この状況は世論調査でも確認できるが、日本に訪問経験があると回答した人は18.6%(昨年は15.7%)と昨年より増加し、この訪問者の9割は、5年以内に日本を訪問したと回答している。

 この訪問者の実に74.3%もが日本の印象を「良い」と感じており、訪問経験がない人の34.9%を大きく上回っている。

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 私たちが次に注目したのは、情報源の多様化である。昨年の調査で私たちが指摘したことは、情報源を携帯電話などの情報アプリに求める傾向が20代未満に広がっていることである。携帯電話を情報源にする層は従来型のメディアよりも対日意識が良くなっており、その傾向が20代未満に突出している。

 この傾向は今回の調査でも20代未満に確認されたが、今年は年代別や情報源別の格差はむしろ小さくなり、改善は全般的なものとなっている。

 今年も、日本の印象を「良い」とする20代未満は63.1%と突出するが、20代でも昨年から増加。30代、40代の層も昨年から一転しそれぞれ40%を超えている。そして、50代では13ポイント、60代では20ポイントも「良い」が昨年から増加している。

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 また、従来型のメディアであるテレビや新聞を情報源とする層にも変化が起こった。日本の印象を「良い」とする人は、テレビを情報源とする人で38.9%(昨年25.4%)、新聞で42.2%(同20%)へと増加した。いわば、年代や情報源別を超えて日本に対する意識の改善が、進んだのである。

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 こうした傾向は、既存の中国メディアの報道を抜きに判断はできない。

 今年、日中間では政府間や政治家の関係改善に向けた動きが加速したが、中国メディアはこれらを積極的に報道している。今回の調査でも中国人の86.6%と9割近くが、中国メディアが日中関係の改善に「貢献した」と回答しており、昨年の77.8%から9ポイントも増加している。

 これに対して日本メディアが「貢献した」と見る日本人は30.2%しかない。


日本人の意識は、中国人と同じく改善したわけではない

 今年の調査の第二の特徴は日本人の意識が、こうした中国人の意識と対称的な傾向を示していることである。

 いくつかの設問から、日本人が最近の中国の行動に違和感を覚えていることが明らかになっている。日本人の中国への印象が改善しない直接の要因はそこにある。

 今回の調査では、日本人にも中国に「良くない」印象を持つ理由を聞いたが、「中国が日本の領海や領空をたびたび侵犯している」が58.6%(昨年は56.7%)で最も多く、「中国が国際的なルールと異なる行動をする」が48%(同40.2%)で続いている。これらはいずれも昨年を上回っている。

 私たちはこの設問を、日本の有識者約400人にもメールで尋ねたが、中国への違和感は有識者層でより強いものとなっている。「中国が国際社会でとっている行動が強引で違和感を覚える」が79.9%(昨年68.2%)と8割に迫っており、「共産党の一党支配という政治体制に違和感を覚える」が75.2%(同61.1%)で続いている。しかも、この二つを選ぶ人はこの一年で大幅に増加している。

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 もっとも、その背景には日本人の中国を認識するゆがんだ構造がある。中国に訪問経験がある日本人は、中国に対する印象が中国人ほどではないが、若干は好転することが確認されている。ところが、日本人で中国訪問の経験がある人はこの調査が始まってからほとんど変化もなく、むしろこの2年間は減少傾向にある。

 その結果、一般の日本人の中国に対する意識は、日本の既存メディア、とりわけ日本のテレビ報道に強く依存をせざるを得ない状況となっている。


両国民はまだ現状の日中関係が「良い」と判断したわけではない

 こうした中国人と日本人の意識の温度差は、多くの項目でも鮮明になっている。

 現在の日中関係の評価に関しても、政府間の努力が奏功して両国民の意識に改善傾向がはっきりと浮かび上がる。これも特に中国人にその傾向が堅調である。

 中国人で、現状の日中関係を「悪い」と見ている人は昨年の64.2%から45.1%に20ポイントも改善し、日本人は今年39%と4割を切っている。両国民ともに「悪い」が、半数を下回るのは8年ぶりである。

 ただ、両国民はまだ現状の日中関係が「良い」と判断したわけではない。
特に日本人に厳しい見方が存在する。中国人では現状の日中関係が「良い」と判断する人が30.3%と3割を5年ぶりに回復したが、日本人では7.2%しかいない。

 また、日本人は今後の日中関係を中国人ほどには楽観視していない。 
今後の日中関係を「良くなっていく」と期待する中国人は38.2%と4割に迫っているが、日本人は15.6%にすぎず、むしろ18.3%の「悪くなる」や37.6%の「変わらない」の方が上回っている。

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 さらに注目したいのは、日中関係の重要性に対する意識の変化である。
日中関係の重要性を二国関係でみると、両国民ともに7割が日中関係を重要だと感じており、日本人は71.4%(昨年は71.8%)と昨年と大きな変化はないが、中国では今年は74%(同68.7%)まで回復している。

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 ただ、さらに視野を広げて世界の中での双方の重要性を考えると、その違いが際立ち始める。中国人が世界の中で最も重要だと判断している国は、今年もロシアが30.9%(昨年32.6%)と最も高く、アメリカが23.3%(同28.4%)で続いている。特にアメリカが昨年に比べて大きく比率を落としているのに対して、三番につけている日本は18.2%と昨年の12%を大きく上回っている。

 これに対して日本人が世界で重要だと考える国はアメリカが57.8%と昨年(64.5%)よりは減少したが、それでも突出しており、中国は8.2%(同7.3%)にすぎない。

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中国人は、なぜ日本が世界の中でも特に重要だと感じ始めたのか

 では、なぜ中国人は日本の重要性をこの一年で意識し始めたのか。
調査結果から判断できることは、日中関係が重要と考える理由を「日本が世界第三の経済大国で自国の重要な貿易相手国だから」を選ぶ人が58.8%と昨年(55.6%)より増えていることぐらいである。この項目だけが昨年を上回っている。

 ただ日中の経済、貿易関係の発展を期待する中国人は67.4%と昨年(36.7%)からほぼ倍増しており、多くの中国人が日本との経済協力の重要性を意識していることは間違いない。

 米中の貿易戦争や経済対立が深まる中で、中国国民は日本との経済、貿易の発展に関心を深め、日本との経済協力で幅広く協力の項目を選択している。

 日中韓のFTAの早期実現や、中国が進める一帯一路構想での協力や、日本が主体的に進めるTPP11にもそれぞれ4割以上の中国国民が強い関心を示している。

 ただし、日本ではこうした中国との経済連携や協力に対する理解が広がってはおらず、中国のような具体的な協力に対する回答は多くない。

 日本人は7割が協力課題やその枠組みに「わからない」と回答しており、中国の一帯一路に協力すべきと考えているのは7.3%しかない。

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 中米の貿易戦争を軸に中国人の世界経済に対する関心も相当高い。

 自国主義や保護貿易に対抗する多国間主義に基づく国際協力が重要と考える中国人は80.5%、日本人は65.1%であり、WTO改革を支持する中国人は75.6%に対して日本人は39.7%しかない。ここでは中国人がWTO改革などの内容をどう理解しているかは判断できないが、この関心の高さも日本人と対称的である。

両国民の関心は、アジアなどの多国間協力にも向かい始めている

 経済以外に目を転じて見れば、両国の重要性に対する国民間の関心はまだ抽象的な段階であり、未来に向けて具体的な方向を示しているわけでもない。
ただ、両国民の関心がアジアなどの多国間課題に向かい始めていることは調査結果から伺うことはできる。

 両国関係はなぜ重要なのかを尋ねる先の設問では「日本が重要な貿易相手」という理由だけが中国人でわずかに増加したが、依然、中国人に最も多いのは「隣国同士」の61.3%である。日本人の55.3%と最も多く選んだのは「アジアの平和と発展に両国の協力が必要だから」だが、中国人は30.3%しか選ばなかった。

 ところが、両国民は日中関係やアジアの課題で協力し合うことには賛成しており、その中身も多国間課題に関心が広がっている。

 今回の調査でもこうした二国間やアジアの多国間協力に賛同するのは日本人で63.4%(昨年は62.8%)と6割を超え、中国人の賛同は70.4%と昨年(58.3%)から大幅に増加し7割に達している。

 質問ではその中身も聞いている。日本人では7割が「北朝鮮と朝鮮半島の完全な非核化」(74.6%)で「大気汚染や水質汚濁などの環境問題」の62.3%が突出し、さらに「食の安全や安心」が38.8%、「北東アジアにおける安定的な平和秩序の構築」が35.3%で続いている。これに対して中国ではまだ焦点が定まっておらず、回答は分散しているが、それでも「北朝鮮と朝鮮半島の完全な非核化」の40.4%と、日中韓FTAなどの貿易投資の経済連携」(31.8%)の二つだけが3割を超えている。

 こうした多国間の課題意識が、今後の新しい日中関係を促すことになるのかは現時点で判断することは難しい。ただ、両国民が日中関係の新しい展開を全く期待していないかというとそうではない。

 世界経済や東アジアの安定的な平和に向けて、日中が新しい協力関係を構築すべきか、の設問では、中国人は63.5%(昨年は73.5%)と6割を超える人が賛同し、日本人も53.5%(同59.2%)と半数を超えている。

 留意すべきは、そうした機運が今年、両国政府が関係改善に動き出す中でも両国内に盛り上がっていたわけではないということだ。この一年で見れば、新しい関係を期待する人は日中それぞれでむしろ減少している。


日中の4割は、日中平和友好条約の理念は十分に実現していないと考えている

 日中関係の今後を考える上で重要なのは両国政府の立ち位置である。

 40年前の日中平和友好条約を含む、4つの政治文書では、日中両国が、このアジア地域の平和と繁栄に責任を果たす旨の覚悟が記されている。また、この平和友好条約では、全ての紛争を平和的な手段で解決し、武力の行使や威嚇に訴えないこと、さらには覇権を求めるべきではなく、覇権の確立するどんな試みにも反対することを明確に定めている。
今年、この平和友好条約締結の40周年を迎え、初めてこの条約の評価を日中両国民に聞いている。

 注目されたのは、その理念が「実現できていない」と考える日本人は40.4%、中国人でも46.2%も存在していることである。

 特に日本では、「実現できている」とする人はわずか14.8%しかおらず、「わからない」の44.6%が最も多い回答となっている。

 実現できていないと判断する人は、日中関係やお互いの相互理解の状況に懐疑的な人が多く、また日中の軍事的な不安が、この条約の成果に疑問を投げかけている。

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なぜ、中国は日本に世界で最も強い軍事脅威を感じるのか

 最後に言及したい特徴は、安全保障に対する両国民の見方である。

 ここで注目されたのは、中国人の日本への意識の改善が進む中で、この安全保障面だけは、中国国民に意識の硬化が見られることである。

 68.7%(昨年は59.1%)という7割近い中国人は軍事的な脅威を感じる国がある、と回答しており、その国の中で、日本を選ぶ人は79.4%と昨年の67.6%を大きく上回った。中国にとって日本は、この一年間で最も軍事的な脅威を感じる国となり、67.7%(同65.7%)でアメリカが続いている。

 これに対して、日本人も72.7%(同80.5%)が軍事的な脅威のある国があると答え、その中で中国を選ぶ人は57.5%で、これもまた昨年(45.3%)を大きく上回っている。日中両国民の安全保障面での緊張感はこの一年で逆に深まったことになる。

 日本人の意識の動向は、同時に実施した日本の有識者意識を先行指標として考えると、分かりやすい。

 この一年で日本の有識者の中国への脅威感は86.6%(昨年79.7%)にまで増加し、逆に北朝鮮は昨年の87.2%から今年は70.9%まで落ちている。北朝鮮の非核化に向けた米朝協議が始まったことで有識者の関心は、北朝鮮から中国の脅威に戻り始めたのである。

 一般の日本人ではそれがまだ明確になっていないが、意識の方向は同じである。

 今年も日本人が最も脅威を感じている国は北朝鮮の84.8%だが、昨年(89.2%)よりは若干減少している。

 問題は中国人の意識にある。中国人が、日本に軍事的な脅威を感じる理由で最も多いのは「日本が米国と連携して軍事的に中国を包囲しているから」の70.1%である。だがこの理由も昨年の79.5%から減少しており、どの理由が今回の変化を招いたのか分かり難い。

 そこで、同時に行った中国の有識者の理由をここでは参考にする。そこではこの一年で起こった有識者層の意識の変化を観察できる。

 中国の有識者も64.1%が日本に軍事的な脅威を感じており、昨年(60.2%)より増えている。その理由で今年増加したのは、「日本の防衛計画が中国を仮想敵に位置付けていること」の71.2%(昨年は59.6%)と「日本が米国と連携して軍事的に中国を包囲しているから」の68.2%(同64.6%)しかなく、この二つが最も多い回答でもある。

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 中国側の意識は尖閣諸島での軍事紛争の可能性にも影響をしており、将来も含めると中国人の56.1%が軍事紛争は起こると考えており、昨年の53.3%を若干上回っている。

 これに対して日本人で軍事紛争が起こると見ているのは27.7%であり、昨年(27.6%)から変化はほとんどない。

 これに関連して、2018年6月には海空の連絡メカニズムが運用開始となったが、日中間の軍事衝突を避けるためには、この措置だけでは「不十分」と考えている日本人は36.7%、中国人で26%も存在していることも今回明らかになっている。


北東アジアには多国間の安全保障の対話メカニズムが必要である

 こうした状況下で、両国民ともに、この北東アジア地域で安全保障の多国間の対話メカニズムが必要だと考える人は昨年よりも増加しており、中国では59.7%(昨年は48.3%)と半数を超え、日本も42.8%(同37.9%)とそれぞれ昨年を上回っている。

 ただ、この対話に参加すべき国では両国民間の意識は若干異なっている。日本人は日本,中国、米国、韓国、ロシアなどの6者協議をイメージしているが、6割を超える中国人は中国。日本、米国の3カ国を選んでいる。中国人に日米と中国の対立を意識している傾向が強いことが伺える。

 最後に、北朝鮮の非核化の問題である、この設問は中国側の主催者の意向もあり、一問に絞られたが、外交努力で北朝鮮の核問題の解決を行うことに対して、その方向は「正しいが不十分である」と回答する中国人が36.6%、日本では40.2%存在することが明らかになった。日本では「外交努力だけは解決できないと思う」が19%存在し、中国でも5.7%がそう回答している。