基調講演 : 三木繁光 (三菱東京UFJ銀行取締役会長)

2007年8月28日

p_070828_14.jpg三 木 繁 光(三菱東京UFJ銀行取締役会長)
みき・ しげみつ

1935年生まれ。58年東京大学法学部卒業後、株式会社三菱銀行入行。86年取締役、89年常務取締役、94年専務取締役、96年合併株式会社東京三菱銀行専務取締役、97年副頭取、00年頭取、01年株式会社三菱東京フィナンシャル・グループ取締役社長(兼任)。04年取締役会長、株式会社三菱東京フィナンシャル・グループ取締役(兼任)、05年合併株式会社三菱UFJフィナンシャル・グループ取締役(兼任)。06年合併株式会社三菱東京UFJ銀行取締役会長就任、現在に至る。06年株式会社三菱UFJフィナンシャル・グループ取締役退任。

「日中の戦略的互恵関係」の始まり

 ただいまご紹介いただきました三菱東京UFJ銀行会長の三木でございます。主催者より基調講演の依頼がございましたので、僭越ではございますが、日中の友好と経済的な互恵関係の一層の発展のために、考えるところを申し上げます。

 さて、まずこのテーマに関連して最初に申し上げたいのは、今年4月に温家宝総理が訪日されたことで、これにより日中関係の改善と発展を大きく前進させる為の大きな一歩が踏み出されたことでしょう。昨年10月に安倍総理が就任早々、最初の訪問国を中国とすることを決断され、訪中を実現し、氷を破る旅と評されました。それを受けて温家宝総理が、破った氷を溶かす為に訪日され戦略的互恵関係の枠組みと基本的な考え方が明確化されたと言えます。今回の両首脳の交流を機に、日中国交正常化35周年、日中平和友好条約30周年や北京オリンピック開催で一段と日中政府間のハイレベルな交流人事が活発化するとともに、民間レベルの交流も一層拡大する事が期待されますし、両国国民感情が飛躍的な改善を見ることとなり、両国関係が発展の為の新たなステージに入ったことを私自身大いに実感している次第です。

 東アジア地域で突出して大きな経済規模を有する日本と、今やアジアの成長の牽引車となっている中国の相互理解と協力関係が、東アジア並びにアジア全体の経済的な繁栄持続のために、極めて重要であることは異論のないところでありましょう。その意味においても両首脳の今回の交流により「日中の戦略的互恵関係の構築」という課題が両国政府で共有され、又、更なる交流促進が約束されたことは画期的なことと考えます。

「東アジアの第二の奇跡」と日中間の経済相互依存の深まり

 さて、ここで日中関係とアジアの未来を語る前に東アジアの経済成長の歴史を少し振り返ってみたいと思います。1993年に世界銀行が「東アジアの奇跡」と言うレポートを発表し、ASEAN諸国とNIEsの目覚しい経済成長が脚光を浴びました。その後97年から98年のアジア通貨危機により東アジアの高度成長が一旦足踏みすることになりましたが、2002年以降、東アジア全体で年率7%の成長を持続しており、高成長への回帰が認められます。

 90年代に比べた今日の大きな変化は、東アジアの経済の相互依存関係が一層深まったことでしょう。アジアの貿易総額の伸びは世界の貿易総額の伸びを超えており、域内の貿易比率は50%台半ばに上昇しました。この比率は北米自由貿易協定(NAFTA)の40%台を上回り、EUの60%台に次ぐ水準です。日中間で見ると、中国にとって日本は米国に次ぐ貿易相手国であり、一方、日本にとっては2006年度に中国が米国を上回り、第1位の貿易相手国となりました。貿易面でみるだけでも日本と中国はお互いに極めて重要な位置を占めていると言えます。

 以上申し上げてきましたように中国を始めとする東アジアの経済成長は目覚しいものが有りますが、幾つかの大きな課題を抱えていることも事実です。東アジアの二大経済大国である日本と中国が協力して対応すべき幾つかの課題、あるいは共有すべき認識について、意見を申し上げます。

第一の課題は持続的な成長維持の問題

 日中の識者の方々が様々な機会にご指摘されておられるので、私が申すまでも無いことかも知れませんが、アジア、延いては世界経済を牽引しつつある中国の持続的な成長を如何に維持していいけるかと言う問題です。大規模な投資と輸出による数量的拡大に依存し過ぎる経済成長方式が生産性鈍化、環境、資源問題等により制約を受ける可能性が高まっています。持続的な成長維持の為には、技術導入型から技術革新型への工業の転換、資源大量消費型から資源節約型への経済、社会の枠組みの転換が急務と言えます。同時に中国国民の購買力を付け、内需を拡大する事が大事です。

 相対的にエネルギー消費が少ないIT産業の振興や付加価値の高い製品製造を促進する為の研究投資の拡大、輸出に過度の依存をしない内需型経済への社会・経済構造の転換が望まれます。

 先端的製造業の発展やそれを支える部品産業の育成、消費やサービス産業の発展が一つの鍵を握るものと考えます。日本企業の海外現地法人の内、アジア・中国に進出している企業は製造業に限ると三分の二に達しているとの数字もあり、日本と中国は分業と協働による共存共栄戦略を積極的に推進し、様々な分野でのレベルの向上を目指すべきであり、人材育成や労働資源の有効活用、技術力向上等の面を含めて、両国企業が協力出来る余地が大いにあると考えます。

環境、エネルギー問題について

 先程申し上げたお話と密接に関連する問題ですが、経済成長に伴う環境破壊や地球温暖化、省エネルギー化等への対応の問題です。これは地球規模の課題でもあります。中国国家統計局から中国の環境汚染が引き起こした損失がかなりの規模に上ったことや、中国のエネルギー消費が前年比二桁近く増加していることが報告されており、これらの報告の例からも環境・エネルギー問題が持続的経済発展の大きな制約要因になり得ると懸念しております。

 ご存知の通り、日本も1960年代の高度成長時代に公害問題が大変深刻化しました。日本ではこれらの問題を機に1970年代以降は環境問題に対する官民の意識が高まり、様々な環境基準の設定とその遵守の枠組みが整備され、対応に努力して来ました。

 環境問題と並んでエネルギー資源問題も両国の共通の重大関心事です。日本は70年代の2度にわたる石油危機で長年続いた高度成長が終焉し、大変苦しんだのですが、これを克服する過程で、GDP一単位当たりでは先進国でも最もエネルギー効率の高い経済を実現するなど、エネルギー問題や環境問題に対応する多くの技術や経験を有することになりました。その技術と経験は中国においても活用され、効果を上げることが期待されるのですが、これは正に戦略的互恵関係の大きな第一歩と考えます。どうぞ活用して下さい。

 又、中国はエネルギーの多くの部分を石炭に依存する経済構造になっていますが、エネルギー供給多様化の面で、天然ガス開発、水素エネルギー開発等、日中が協働して取り組む将来の課題も多く、又、それらがお互いの新しいエネルギー社会の扉を開くことになることを期待しています。

金融制度改革について

 金融問題は今までお話した技術革新型工業への転換や環境・省エネルギー問題と共に、同時並行的に克服しなければならない課題と考えます。中国がWTOに加盟して5年が経過し、金融サービスの対外開放が完全実施された点において、昨年は画期的な年であったと言えます。 

 現在中国は特に米国との関係で、人民元切上げや内外資本移動の自由化を強く要求されていると認識しています。的確な人民元相場形成のメカニズムの確立が望まれます。市場の動きを勘案する必要が有りますが、当然の事ながら急激な乱高下等で金融システムが混乱しては困ります。慎重かつ漸進的な対応が重要と思います。巨額の外貨準備の有効な運用管理、不良債権処理の解消等も中国自身のみならずアジアや世界にとって極めて関心の高い問題です。

 中国では資金調達の多くを銀行借り入れで賄う金融市場の構造になっていますが、産業構造の転換、中小企業の育成等に資する制度、例えば中小企業専門金融機関や中小企業向け公的保証の制度の構築、成長性の高い企業の発掘と育成の為のベンチャーキャピタルの活用、あるいは農村金融等、日本の経験とノウハウで参考にして頂けるものも多いと考えます。

アジアの未来

 以上、これまで、幾つかの分野で期待される「日本と中国の戦略的互恵関係」について、私見を述べさせて頂きましたが、最後にアジアの未来と日本・中国の課題について一言述べさせて頂き、私の発言を締めくくらせて頂きます。

 安倍政権と胡政権は戦略的互恵で一致し、中国は日本を重視、日本も中国を重視することが表明されましたが、今後、この戦略的互恵関係を具体的に如何に体現して行くかが問われます。重要な事は、両国がアジア地域の平和と発展に重大な責任を負っていると言う事実です。戦略的互恵とはアジア及び世界の平和・安定・発展に共に建設的な貢献を行う事が、新たな時代に於いて両国に与えられた大きな責任であると言う認識に立ったものです。

 日中間と東アジア地域の共通の利益が何かをお互いに真摯に模索しあい、出来るだけ共通の利益を拡大すべく努力を続けることが肝要と考えます。当然ながら摩擦も色々出てくると思いますが、お互いが如何に多くの共通の利益を持っているかを常に意識し、アジア全体に対する責任感を忘れずに、強みを合わせ補いながらお互いに協力し合って行きたいと考えます。

 言い尽くされた言葉ですが、中国と日本の関係は一衣帯水であり、長い関係を有する隣国として互利互恵の精神を大切に、双方の忌憚のない対話の積み重ねを通じて、一層建設的、互恵的な関係への発展を目指して頂き度いと祈念し、私のお話を終わらせて頂きます。