【座談会】「東京-北京フォーラム」次の10年に向けて

2014年9月30日

出演者:
明石康(「東京―北京フォーラム」実行委員長、国際文化会館理事長)
武藤敏郎(同副実行委員長、大和総研理事長、元日本銀行副総裁)
宮本雄二(同副実行委員長、宮本アジア研究所代表、元駐中国大使)
山口廣秀(同副実行委員長、日興フィナンシャル・インテリジェンス株式会社理事長、前日本銀行副総裁)

司会者:
工藤泰志(同運営委員長、言論NPO代表)



 2005年、日中関係が非常に厳しい局面の中で始まった「東京-北京フォーラム」は、節目となる10回目を終えた。昨年は民間レベルで「不戦の誓い」を合意するなど多くの成果を挙げてきた同フォーラムだが、未だ日中関係は厳しい状況にある。また、両国民の相互理解は改善できないでおり、多くの人が両国関係の将来の姿を描けないでいる。
 そのような状況の中、次の10年も引き続き同フォーラムを開催していくことを盛り込んだ「東京コンセンサス」が発表され、さらに今後10年のフォーラム運営は言論NPOと中国国際出版集団が共催して行うことを盛り込んだ調印も行われ、新たなスタートを切った。
 座談会では、同フォーラムの日本側の中核を担う4氏が、これまでの10年の対話を振り返り、さらに、日中関係の構造的な変化を踏まえながら、次の10年でどのような対話を何を目指すべきか、語り合った。


工藤泰志工藤:皆さん、お疲れさまでした。記念すべき10回目の「東京-北京フォーラム」は、次の10年につなげることができたという意味で、私は成功したと思っています。また、日中関係は非常に厳しい状況にありますが、両国政府が関係改善に向けて真剣に動き出そうとしていますので、それを強くバックアップするような対話ができたという意味でも成果がありました。皆さんは今回の対話についてどのように評価されていますか。

節目となる10回目のフォーラムを終えて

明石康氏明石:日中関係が非常に厳しい中で対話が行われましたが、予想以上に雰囲気は温かいものでしたし、日中双方の参加者がリラックスして、本音ベースで議論をすることができた、という意味ではこの10回目の対話は非常に良かったと思います。しかしながら、「次の10年は大変だな」という思いもあります。決してこれで安心できるというものではありません。また、日中共同世論調査の結果も非常に厳しいですし、島の問題や靖国神社の問題、歴史認識の問題なども確かに大変です。それ以上に、日中両国はこれから互いに構造的な問題にますます直面してしまうのではないか、と思います。隣国関係というのは得てして難しいものです。特に中国は今や世界第2位の経済大国になり、第1位の座もうかがおうとしている。そういう強い自信が中国に出てきたのですが、日本にも「そう簡単には負けないぞ」という思いがある。そうした両国が、いかにして平和で安定した関係を結ぶのか。それが次の10年の課題になります。ただ、お互いにそういうことを考えた経験はまだないわけです。2000年以上も中国の方が優位な時代が続いた後、明治時代の半ばからつい最近まで日本の方が優位な立場にあった。つまり、対等な時代がなかったわけです。これからはこの両国が何とか友好的な関係を結び、成熟した関係になろう、どちらかが上に立つ関係ではなく、お互いに理性的に問題を1つひとつ解決しながらやっていこう。そのための新しい対話をつくっていかなくてはならない。

 28日の全体会議の基調講演で、福田元総理が、「日本にも大国としての驕りの時期があったが、その驕りがくじかれてしまった。今、中国も驕りの時期に入っているのかもしれない。だから、中国も謙虚にやってくれ。日本も謙虚にやっていくから」という大きな自戒を込めた教訓を率直におっしゃっていました。これからの日本と中国は、肩から力を抜き、相手の立場を相互尊重しながら、政治でも安全保障でも経済でもメディアでも関係を結んでいくという、新しい時代に入ったという感じがしています。それを後押ししていくためにも、この「東京-北京フォーラム」の使命は依然として大きいし、気が遠くなるほど新しく、大変な問題が眼前に立ちはだかっていると思います。

武藤敏郎氏武藤:日中の雰囲気が非常に厳しい中でも、予想以上に議論が深まり、対話に友好的な雰囲気さえ感じられた、というのが率直な第一印象です。背景には工藤さんも言われた政府間の動きというのもあります。私は経済対話に参加しましたので、その点から申し上げると、経済面での変化というのも大きいのではないかと思っています。というのは、日本も中国も、構造変化の真っただ中にあり、今後、経済発展のパターンも変わっていくかもしれない。その変化を模索していく中で、日中の経済協力の姿も、今までのものとは変わっていくかもしれない、という予感が双方にある。例えば経済対話の中でも、中国側から、今までのような補完的な関係から、補完性は変わらないけれど、レベルが上がっていく、すなわちモノの貿易から技術の貿易へと進化していく、という見方も提示されました。それから、これまでは日中2国のみの関係でしたが、これからは両国がアジアや世界に対してどういう責任を負うべきか、という大きな発想も提示されました。ですから、今までの10年と次の10年は明らかに違う展開になる。そういうことを前提にしながら、日中の将来についてみんなが考え始めたので、私は今回の対話が10年間で一番良かったのではないかと思っています。

工藤:私は経済対話がどうなるか心配していたのですが、パネリストの皆さんが「良かった」とおっしゃるので安心しました。

武藤:予想以上に良かったですよ。

宮本雄二氏宮本:去年の対話はお互いの社会において逆風が吹き荒れる中で行われました。その逆風の中で必死に踏みとどまって、「私たちは日中関係を安定的な協力関係にしなければならないという同じ考えを持っているのだから、日中関係を何とかして前に進めよう」という差し迫った対話でした。それから1年経ち、今年は社会全体の流れが少し変わってきました。私たちがつくろうとしていた流れに合流してくれる人がどんどん増えてきているわけです。中国も同じ状況です。ですから今回の対話は当然、去年よりはリラックスしたものになりました。

 私は安全保障対話で司会を務めましたが、今回の対話では中国からは海外に出ることのできる人たちの中で、一級の軍事・安全保障の専門家たちが参加しました。彼らは「中国はアメリカの地位にチャンレンジはしない。アメリカが我々の核心的利益に手出しをすれば正面から対抗するけれど、こちらから積極的に仕掛けることはない」という明確なメッセージを出しました。それからもう1つ興味深かったのは、「大国というのは一見良さそうに見えるけれど、負担が非常に大きい」という本音の発言でした。そうすると、今はできる限り経済建設に邁進をして、もう少し国内の運営をきちんとしなければならないので、なるべく外国と摩擦を起こさないようにした方がいいということになる。「日本との関係も改善しよう」と戦略的に判断している、という印象を受けました。

 それから、安全保障上の課題としては、この地域の現状は日米中の軍事力が日常的に接触しており、非常に危険であり、それを管理するメカニズムは早急につくらないといけないということでした。また、中長期的にも東アジアの安全保障をどうするか、ということを考えなければならない、ということについては明確なコンセンサスがありましたし、さすがに専門家らしく多くの具体的提案が出ました。

 したがって、去年の対話との違いは、去年は議論して、大きな方向性については一致した。今年は、一線級の専門家が集まり、さらに一歩現実の問題に近づいて、それを具体的にどうするか、というところまで議論できた、という点だと思います。

山口 廣秀山口:全体的に非常に明るく、友好的な雰囲気で非常に良かったと思います。私も武藤さんと同様に、経済対話に出たのですが、これまでの対話とはずいぶん雰囲気が違っていました。やはり、双方にこのフォーラムから「得られるものを得ようではないか」という強い意欲があったのではないかと思います。

 なぜかと言うと、1つは互いの強みと弱みが、これまでのこのフォーラムを通じて、ある程度分かってきた。そして、その強みと弱みをどのようにビジネスに生かしていくか、ということも少しずつ分かってきた。それによって議論が非常に具体的になったし、将来の発展の可能性さえ感じました。今回の対話はそのように総括できると思います。

 武藤さんもおっしゃっていた通り今、日中関係の局面は変わってきています。これまでは中国が急速な発展の最中でしたので、日本の基本的な役割も中国に対して補完すべきところは補完する、あるいはアドバイスすべきところはアドバイスする、というものだったと思います。政治的に困難な時期でも、中国側にはそういうものを求める気持ちが存在していました。しかし、すぐにそうなるとは思いませんが、今後の日中関係は競争関係になっていくと思います。そういった競争関係になったときの両国関係というのは、経済的に考えてもかなり難しい問題が起こってくるし、今までとは全く質の異なる、克服すべき問題になってくると思います。そういう意味で、今までも平坦ではありませんでしたが、新しい局面に入ったことによって、日中関係がより平坦ではない、より厳しくなる可能性はある。そういうふうに、日中の経済関係を見ていくべきであると思います。

 その状況の中で、私たちのフォーラムがどう機能していくのか。局面が変わり、日中間の意識も変わる。経済的にはストラクチャーも変わる、という中で、フォーラムのストラクチャーも変えていく必要があると思います。これはかなり大変な課題であると思います。


次の10年で何を実現するか

工藤:皆さんのお話を伺って、この対話では「まだまだチャレンジしなければならない」と思いを新たにしました。

 中国との間で次期10年の枠組みについて、私たちは最終日にチャイナ・デーリーとの協力関係を維持しながら、言論NPOは中国国際出版集団と協力して運営していくことで合意し、調印を行いました。つまり、新しい体制での再出発となります。次の10年については、現時点ではなかなか展望できないのですが、ただ、来年に向けてのスタートは切れました。ということで、最後に、次の10年のこの対話のあり方をどのようにしていくべきか、ということをお話しいただきたいと思います。

明石:来年からの10年で、より幅広く、より密度の濃い対話をしていくための枠組みについて両者の間で合意ができた。その合意からはこれまでの色々な欠陥を何とか直して、新しい関係を築いていこう、という決意が見られると思います。もちろん、それがどのように実行されるかは、まだ分かりませんが、少なくとも双方が問題の所在に気がついた、ということは大変良い第一歩だと思います。

 これから10年でも色々な問題が介在してくると思うのですが、1つひとつ解決していくしかないと思います。両国の社会を代表するような有識者をパネリストに迎えて、本音ベースで議論を交わしていく、という基本的なスタンスは崩さない。社会体制の違いなど、そういう点をきちんと踏まえながら、実りのあるかみ合った議論を構築していく。そのためには、日本側は工藤さんを中心にまとまり、中国側も数名の有力者がアドバイザーとして入るなど体制を固め、運営面をしっかりとしたものにした上で、臨機応変に、柔軟に対応していくことが必要です。

武藤:次の10年については、日本はもちろん、中国も非常に前向きです。今までの10年とは違ったものをつくり上げていこう、と双方が積極的に模索しています。よく中国人が「隣人は引っ越せても、隣国は引っ越せない」と言うように、日中両国はどうしても付き合っていかざるを得ないわけですから、しっかりとした関係の基盤をつくるためには、両国の対話がいかに大事か、という基本的な共通認識はあると思います。

 次の10年でどんな変化が起こるのか、正直なところ正確な予測はできません。しかし、先程も申し上げた通り、次の10年は今までの10年とは異なる新しいステージに入っていく、という予感があります。これまではどちらかというと、中国が日本に追いつこうとする過程で、両国の協力のあり方について議論していました。しかし、これからはある程度、お互いに成熟した上で、新たな課題を抱えるので、その新たな課題解決にどのようにして取り組むか、そして互恵的な協力関係、すなわちWin-Winの関係を構築していくか、ということを議論する10年になっていくのではないかと思います。

工藤:これまでの10年でこの対話が得たのは、国境を越えた仲間だと思っています。その人たちが次の10年も力を合わせることで合意しています。

宮本:本当に仲間というのはありがたいですね。私は時々、このように申し上げています。「中国には2種類の人間関係がある。『知らない人間との関係』と『よく知っている人間との関係』だ」と。よく知っている人間との関係では、「死んでもお前を助ける」というまるでやくざの義理人情のような世界が中国社会の中には広がっているのですが、徐々に我々もそこに近づいてきているのではないか、という感じはします。

 そのように仲間であり、同じ目的意識を持った日中両国の仲間たちがこれから直面するのは、1つには山口さんがおっしゃったように、経済構造の本質的な変化です。それから、中国の国内状況は大きな過渡期にある。それが成功するかは何の保証もない。成功したときと失敗したときではシナリオが全く違うものになってくる。そういう中国自身の問題がある。そして、両国国民の相手に対する認識がどう変わっていくか、という問題もあるし、さらには、アメリカ、ASEANとの関係など広い視野で考えていかなければならない問題もある。そう考えるとやはり、これからの10年には不確定要素がたくさんある。その中で、安定し、良好な協力関係を巨大な隣国とつくるためにも、これからの10年の「東京-北京フォーラム」の一番大きな役割は、大きな方向性を打ち出すことだと思います。これは非常に難しいことですが、両国国民が考えるべき方向性を打ち出し、なおかつ、そこへ進んでいくために何をすればいいのか、具体的な提案ができればベストだと思います。もちろん、そのチャレンジ自体は押しつぶされそうなほど大きいものなので、「言うは易く行うは難し」なのですが、国民の多くの皆さんのご参加を得て、衆知を集めて実現したいですね。

山口:皆さんの言われたとおりです。今年のフォーラムでは「継続は力なり」という言葉がよく聞かれました。やはり、10年間一度も途切れずにやり遂げたことの重みというものがあると実感しました。ですから、これからの10年も「絶対に継続する。何があっても年に1回はフォーラムを開いていく」というこのベースラインはしっかりと守っていく、という意識は絶対に大事です。

 先ほど申し上げたことにも関連しますが、経済の観点から言えば、今回の対話で相当勇気づけられました。というのも、日中双方の中に一般論や抽象論ではなく、「実際にビジネスでどう生かしていくか」という具体的な意識がすごく強く出てきているからです。ですから、経済対話に関して言えば、双方のビジネスに向けての意欲をどうやって大きくしていくのか、ということが非常に重要だと思います。私の経験からすると、こういう意欲や機運というものは、大事に育てていかないと、すぐにしぼんでしまうものだと思います。日中で「良い思い、良い考え、良い方向感」というものを共有しつつあるので、あとはこういう意欲をどう育てていくのか。そういったことを経済の場だけではなく、政治の場でも考えていく必要があると思います。

工藤:今の皆さんのお話は、非常に重要だと思いました。中国側にもステアリングコミッティができる予定ですから、日本側の実行委員会と力を合わせて対話を運営することになります。私も今日の議論の内容を中国側に伝えますが、このような議論をお互いに事前に行って、テーマ設定をしていけると、この対話は大きく発展すると感じました。

 今回は岸田外相を筆頭に多くの政府関係者の方々にフォーラムやパーティーにお越しいただきました。やはり、政府も動いているし、色々な対話のチャネルがたくさんある。私たちの対話もそことも連携し、議論の幅を広げていく。と同時に、私たちの対話はもっと質の高いものを目指していく。宮本さんもおっしゃったように、日中関係の将来のあり方など大きなテーマを議論し、政府の一歩でも半歩でも先に行くことで、そうしたことを実現するための環境づくりを行っていく、そのような対話のサイクルをつくりたいと思います。では、皆さんお疲れさまでした。これからもよろしくお願いします。

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