―鳩山政権の半年を考える―
  マニフェスト型の政治は実現したのか

2010年4月06日

増田寛也氏×武藤敏郎氏 対談参加者:
増田寛也氏
(株式会社野村総合研究所顧問、元総務大臣)
武藤敏郎氏
(株式会社大和総研理事長、元日銀副総裁)
司会: 工藤泰志(言論NPO代表)


第1話 国民に向かい合う政治ができていない

工藤泰志工藤 鳩山政権はマニフェストの実行を国民に約束した政権です。ただその後の予算編成や国会の対応を見ると、政治主導での政策運営やマニフェストの実行に大きな問題が浮かび上がっています。
 増田さんと武藤さんは、かつては政府の政策実行に関わってこられた経験をお持ちです。マニフェストを軸とした政策の実行プロセスが実現したのか、という視点から、現状の鳩山政権をどう評価されていますか。

マニフェスト型の政治とは対極の政治

増田寛也氏増田 マニフェストを軸に、政権が政策をまさに政治主導で実行する。この立場は基本的に賛成ですし、マニフェストを中心にして政策を実行することは当然そうあって然るべきと考えています。ですから、マニフェスト至上主義は一般論としては正しいものだと思っています。ただ、問題は肝心の民主党のマニフェストがしっかりとしたものではなかった、ということです。これは言論NPOの評価でもかなり指摘されていた点ですが、それがその後の混乱を招いている。
 マニフェストを修正するときには、マニフェストをつくるときくらいに慎重なかたちで修正しないと駄目なわけです。ところが、昨年暮れの予算編成を見ていると、非公開の世界で決まった党の要望書をいきなり政府に突きつけて、政府の中でほとんど何の議論もなしに受け入れて、決着をつけた。その結果、マニフェストの修正も事実上決まるわけです。内閣のほうでは意見がいつまで経っても全然まとまらなくて、言いっぱなしや発言の修正が繰り返された。ある意味では小沢さんが出て行ったことで何とか年内に編成をしたという見方もできますが、これは内閣が守るべきマニフェストを、万難を排して総理のリーダーシップの下で決めていくというのとは対極にある政治です。つまり、マニフェストの実行に内閣が責任を持つという政治が骨抜きにされている。

工藤 民主党が進めようとしたマニフェスト政治のどこに問題があったのでしょうか。

増田 民主党政権がモデルとしていたのはイギリスの政治で、いわゆるウェストミンスター・モデルというスタイルにできるだけ沿ったかたちでやりたいということでしょう。ただ、本家本元のイギリスの政党のマニフェストというものは、ご承知の通りかなり分厚くて、策定過程についても、保守党からブレアさんが率いる労働党に政権が交代したときには、確か策定過程に2年くらいかけていたといいます。
 ありとあらゆる各界・各層から綿密に意見を聞いて、その上で政策を練り上げて議論して、最終的に党員の90%以上が支持したものを、労働党は総選挙にぶつけました。選挙に勝って政権についた後の労働党の姿勢も、マニフェストの修正はそれなりの手続きを踏みながらやりましたが、基本的にはマニフェストを実行するということでした。
 これに対して日本の場合を考えると、民主党のマニフェストは昨年の選挙の直前に国民に示されました。ただ、衆議院議員の人たちは選挙で忙しいという事情もあったのでしょう。マニフェストは参議院にいた5人の議員でつくったと聞いています。民主党内でもそれ以外の議員は知らなかった。結局、党内もほとんど知られていないものを、後でマニフェストとして「配布しろ」といって出てきたものだったのです。マニフェストの策定では党内で議論し、説得するという手続きを綿密にやるという過程が、民主党には全くありませんでした。それが、その後のマニフェスト実行での混乱につながっているように思えます。個々の政策については、事前の策定の手続きがそれほど簡単なものであり、政権に就いた段階で新しく得られる情報も多々あるわけですから、もう一度そこで立ち止まって、是か非かを考えた上で、それをそのまま実行するのか、一部を修正するのか、丁寧に国民を説得し、理解を求めるべきだったと思います。

「党の約束」と「政府の約束」

武藤敏郎氏武藤 マニフェスト自体が準備不足だった、という点は増田さんのお話の通りだと思います。内容も選挙のために国民にアピールすることを羅列したものというのが先の民主党のマニフェストだったと思います。したがって、成長戦略がないとか、日本の将来に関しての総合的なスタンスが分からないとか、そのような欠点は当然あるわけです。
 これは選挙時の言論NPOの評価にもありましたが、本来選挙で問われるべきマニフェストによる政策の体系が、政権をとってからの課題となった。ただ、その後もトータルとしての戦略づくりが政権で進んでいるという印象をなかなか受けません。昨年末に成長戦略の基本方針を示しましたが、あくまでも予告編のレベルです。
 長時間をかけて理想的なマニフェストをつくるのが理想ではあるけれども、色々な事情でできなかった、ということも理解できます。問題は、政権をとった後に、これからどうするのかということをしっかりと吟味して、まず「政府の約束」として国民に説明するところから始めないと 色々なことの判断基準が不明なまま、「やってみたけど駄目だった」という状況になってしまう。

工藤 マニフェストの実行という点で考えてみますと、まず選挙時の「党の約束」と、政権後の「政府の約束」という問題があります。「党の約束」をそのまま「政府の約束」に落とし込むのは理想ですが、そうならない場合もあるのです。連立政権を組む場合はその合意が連立政権としての約束となります。そのほか、選挙中の約束はサービス重視になりがちです。そのため、どこに優先順位を付けるのか、という問題や、再検討の結果見直したほうがいいという場合も当然あり得ます。その場合は「政府の約束」が、当初の「党の約束」からの修正になるのです。ただし、その場合は選挙時の約束を変えるわけですから、国民への説明がとても大切になります。もうひとつ大事なことは、政権後は「政府の約束」を政府が責任を持って実行する、というマニフェストのサイクルが実現することです。この場合はプロセスが公開される必要があり、もしそれがうまくいかない場合は国民にしっかりとした説明を行ったのか、ということが問われます。国民に向かい合った政治とは国民への説明が問われる政治なのです。その2つの点でも鳩山政権はかなり問題があるように思います。こうした点はローカルマニフェストの方が進んでいるように思いますが。

増田 工藤さんのお話にあったように県レベルでも、政治家個人として首長が仮にマニフェストを掲げて当選したならば、それを県の政策に落とし込むということを、県庁の部長全員を集めてやる。その次からは、県の部長でも県知事と同じように、すべての政策を県民に説明していかないといけないのです。

工藤 そこからマニフェストの実行サイクルが始まりますよね。

増田 そうです。だから、県ではそこで1回、内部で候補者の政策を落とし込む手続きをとる。それを今度は、県全体の政策として外部に示していく。これは国政でも同じはずです。まずマニフェストに書かれていることをどう実現すのか、あるいは何を取捨選択して優先的に実行するのか、政府としてよく考えないといけません。さらには三党連立合意の問題もあります。ここもなぜそういう合意をしたのか、党の約束とどう違うのか、説明が問われます。今度は政府の政策として矛盾なく全て、各省を超えて説明できるようになるというプロセスをきちんと踏むべきです。多少の時間がかかってもそれをやらないと、隅々まで腰の据わった政策実行はできません。

武藤 政権を取った暁にはマニフェストを尊重することは当然です。ですが、微修正ではなくて書いてあることが丸々できないといった極端なマニフェストの修正が起こるということ自体が、マニフェストの策定過程に様々な問題があることを示しています。
 加えて二大政党制といいながら、極めて小さい2つの政党と連立を組んで、その中で民主党のマニフェストと相容れないようなことも主張されたため、連立合意が曖昧になってしまった。そこを詰めていくとマニフェストとの整合性がなくなってしまうので合意は曖昧なままにした、という不幸な出発点があると思います。現実的な対応として様々な妥協がなされていくというのが政治ということはわかりますが、今後のよりよいマニフェスト中心の政治のために何を活かしていくべきか、を再考すべき時期だと言えます。
 マニフェストを反故にするようなことは、例えば民間であれば詐欺に等しいことです。言っていることとやることが違うというのは、本当はおかしいと私は思います。しかし、そうは言っても、約束を全て実現することはできないかもしれない。その時は、なぜ実現できないのかという理由を国民に説明して、「なるほど」と納得してもらえれば許されるし、そうでないなら「選挙の時に嘘をついたじゃないか」という批判も起こりうる。そういう文化が根付かないと、マニフェスト選挙というものは地に足がついたものになっていかないと思います。

増田 連立政権を組んでいる諸外国を見ていると、連立のマニフェストというものが非常に重視されています。これは、選挙の結果次第での連立という事態もありうるので、事前にどうしても連立を組まないといけないということがある程度分かっている場合と、そうでない場合では若干状況が違ってきます。でも、それだけ連立のマニフェストや合意が約束としても重要になっているのです。日本では一応、選挙後に三党合意が行われましたが、あれは粗くて抽象的で、どうとでも読めます。要は、一番微妙なところを避けた三党合意なのです。ですから、選挙も重要ですけれども、ああいった三党合意をきちんとしたものに仕上げて、それを約束としてマニフェストをつくる時みたいに熱意を持って国民に説明しないと、正当性が出てこないと思います。

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